旅行開始―野宿と得手不得手
夏の精霊がいるという西の火山地帯へ向かう旅行には、ラインという女性騎士が同行することになった。
「ライン・カラハ・シャールと申します。今回の旅の護衛を陛下より仰せつかいました」
胸と腰回り、脛と二の腕を覆う中装鎧と顔が見えるヘルムを被った彼女は、手にした槍を地面に起き、跪いてそう挨拶した。
ここ、馬車の前で、ラインが膝をつけているのは地面なんだけど……ラインは気にしないようだった。
というか、この人もこんな大げさなことするんだ……。なんだか格式高くて自尊心高そうな人なのに、どこの馬の骨とも知らぬ私に跪くんだ。それだけ、リュカの権威というものは強いのだろう。
「私はミオ。道中よろしくね」
「はっ。支度、お手伝いいたします。何をすればよろしいでしょうか」
「もう終わった。早く乗り込め」
ぶっきらぼうなものいいで、ロウがラインに言った。
彼は旅人がするような動きやすい麻の服を着ていて、腰にはそのラフな格好には似合わないくらいしっかりとした拵の剣が下げられていた。
「は、はい。遅れて申し訳ありませんでした」
「まぁまぁ、集合時間には間に合ったんだし、いいじゃない」
不機嫌そうなロウに私は言った。
「ミオ様、普通は主人より先にここに来るべきなんですよ?」
たしなめるように私に言ったのは、支度をするに当たって最も活躍してくれた私の侍女、エヴァンジェリン・イーニッシュ。
『私の』なんてつい思っちゃったけど、エヴァはリュカのものなんだ。勘違いしちゃダメ。
いや、そもそも、人は誰かのものになったりなんてしないはず。それが、一般常識。
と、とにかく。彼女の整理ノウハウと手際の良さのおかげで、出発にかかる時間が大幅に短縮できた。
お茶や着替えなどの嗜好品が大半を占めていたけど、エヴァ曰く私に必要なもの、らしい。なんだろうエヴァは私を良家のお嬢様と勘違いしていないだろうか。ファーストコンタクトだってお嬢様然としたものではなかったはずなんだけどなぁ。
エヴァがちょっと前の私を見たらどんな反応するだろうか。ちょっと楽しみ。
「申し訳ありません。陛下に呼ばれていたもので。ミオ様に言伝があると」
そう言って、ラインは腰のポーチから手紙を出した。
「陛下からのお手紙です」
私はそれを受け取ると、封を破る。
「あ、ラインは先に馬車に乗り込んでて」
「かしこまりました。失礼いたします」
そう言って、ラインは馬車に乗り込んだ。
私は手紙を取り出して、読む。リュカの字は綺麗で、文も文字を習いたての私に合わせて簡単なものばかりだ。
『いっしょに行けなくてごめん。ラインのこと、信じてあげて。向こうについたらえらい人に気をつけて』
短い文が三つ。翻訳するとこうだ。
『一緒に行けなくてごめん。
ラインは信用できる人間だよ。
火山地帯の街についたら領主に気を付けて』
と言ったところか。
よし、わかった。
「ミオ、準備はいいか?」
「あ、うん! 御者は誰がやるの?」
「御者を雇っているそうだ。信用できる会社の女性御者らしい」
「そうなんだ」
御者って力仕事っぽいけど、女の人にもできるのかな?
そんなことを思いながら私は馬車に乗り込んだ。
馬車の中はかなり広く、四人用の座席は、大柄なロウがいてもちっとも窮屈に感じない。私が小柄なのもあると思うけど。
荷物は全部、座席の下やら何やら細かいところに収納してある。貴族が長旅をするための馬車なので、外から見ると普通の馬車よりふたまわりくらい大きい。けど、中は普通の馬車と変わらないくらい。空いたスペースに荷物や食料を詰めているのだ。
「では、出発します!」
「よろしく!」
鞭を鳴らす音と共に、馬車が進む。
お友達を増やす旅が、はじまった。
ちなみに、エヴァとラインがいるから、アイとメグの二人は具現化させてあげられない。残念。
国を出て、草原が続くようになるまで半日を要した。昼食はピクニック気分でみんなと外で食べたのだけれど、それがいけなかった。
周りは文明の香りがしない草原。周りを少し見渡せば小動物が野を駆ける気配がする。
つまり血が騒いで仕方ないのである。
「どうかされましたか?」
「なんでもないよ~、はは……」
ラインやエヴァがいるからそれを開けっぴろげにするわけにもいかず、モジモジするしかないのが現状だ。ああ、外で野良犬が駆け回ってる。この近くに巣があるのかな? 狩りたいなぁ……。
「……ライン、リュカに何か言われなかったか?」
「不敬ですよ?」
「なぜ竜を統べる私が一国程度しか支配していない王を敬わねばならん?」
「む……。しかしですね……」
「そもそも私は人間が嫌いだ。なぜ人を敬わねばならん」
相変わらずの調子に、ちょっと可笑しくなる。まぁでも、とりあえずフォローしとこうかな。フォローになるかどうかわからないけど。
「まぁ、ロウってこういう人……じゃない、竜だから。仕方ないよ」
「ミオ様、仕方ないで陛下を呼び捨てなど……」
「歩み寄ろうよ、ライン。先に礼を失したのは人間だよ?」
私達がまだ出会って間もない頃、ロウの事情を聞いたことがある。悔しそうに、心の底からの憎しみを吐露する彼を見ていて、本当に思うのだ。
ロウは信じていたのだ。
信じていたのに、裏切られた。
だから、憎むことがやめられない。嫌う気持ちを止められない。ロウの気持ちはきっと、裏切られたことのある人しかわからないと思う。
「……ミオ様がそうおっしゃるなら」
ラインは意外にもあっさり引き下がった。こんなことをいう人がこんな簡単に意見を引っ込めるなんて、にわかには信じられなかった。
「ミオ様、つかぬことをお聞きいたしますが」
「ん?」
「ミオ様はなぜ、火種がくすぶる場所にわざわざ赴かれるのですか?」
なんて答えよう。というか火種くすぶるってなに? そんなに危ないの?
「精霊のお友達を増やしに行くんだよ」
私の答えに、ラインは目をまん丸くした。
「……は?」
「だから、精霊のお友達を増やすの。火山地帯にはね、夏を司る精霊が住んでいるんだよ?」
ラインはちらりと、私の隣に座るエヴァを見た。
「ふふふ、ミオ様は精霊さんとお友達なのですよね?」
「うん!」
私が元気に頷くと、ラインの顔はますます険しくなった。
「まさかとは思いますがミオ様、火山に向かうおつもりでは?」
どーなんだろ?
そう思っていると、頭の中で声がした。
『夏の精霊は火山のど真ん中にいるよ。祠があってね、そこで独り寂しくお話ができる人が来るのを待ってるんだよ』
アイの優しい声だった。
「ふうん、そうなんだ。ライン、火山の中心にある祠にいるんだって」
「もしかしてそれはイシュタル山の火霊の祠のことでございますか?」
「そうなんじゃないかな?」
「危険です」
断固とした物いいだった。
「でも、行かないと……」
「あそこは、年がら年中火のそばで過ごしている鍛冶屋が度胸試しに行く場所です。ミオ様も、熱いのは嫌でございましょう?」
「嫌、ってほどじゃないよ。無理矢理じゃなくて、自分から首突っ込むんだからね」
「何をおっしゃっているのですか! 自分から行くことと熱さに耐えられるかどうかは全く別のことでございます!」
「そうかな? ラインは、もし仮にこの旅路で賊に襲われて死んでも……覚悟の上でしょ?」
「それは……私は騎士ですから」
「でも、非番の時に通り魔に殺されたら、嫌でしょ?」
ラインは押し黙った。
「私、死ぬんなら覚悟の上がいい」
「ミオ様! 死に場所を求めるようなことをなさらないでください!」
「死に場所なんてそんな……」
そこまで言って、気付く。確かに、私の言い方じゃ死にたがりにしか聞こえない。
「……ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」
「ミオ様……」
「私、死にたいわけじゃないの。友達を増やしたくて……必死なの」
一人でも多く、少しでも深く。私はまるで何かに追われるように、がむしゃらに『友達』を増やしたかった。
友達ができて、またたくまに友達が増えて。それだけで胸があったかくなって、優しい気持ちになれる。友達を増やせば、きっともっともっとその気持ちは強くなる。だから、多少の危険なんてへっちゃらだ。手足が千切れるくらいなら許容範囲内だ。
「そう、ですか。……差し出がましいことを……申し訳ありませんでした」
「いいよ、私を想ってくれてるっていうのは、すごく嬉しい」
私が言うと、ラインは不意に顔を赤くした。
「面と向かって言われるというのは、その、中々に照れるものですね」
そして、照れを隠すかのように笑った。
その仕草が、可愛らしい。
ふと、馬車が止まった。馬車の扉が開いて、御者が顔を出した。
「どうした」
「どうしたのですか?」
ロウがじとりと、エヴァが柔らかい表情で聞いた。
「そろそろ馬達も限界です。今日はここで野宿しましょう」
「嘘でしょう?」
意を唱えたのは意外にもラインだった。
「この近くに宿屋は見当たりませんし、やむを得ません」
御者の人は額に汗をかいていた。こんなところで馬が疲弊するのは計算外だったのかな?
「だいたい一日かければいける距離に宿があるはずですよ?」
不思議そうにエヴァが聞いた。
「この馬車はかなり重いので、その分遅いのです。どういうわけか馬達も緊張していて体力の消耗が激しいのです」
「それなら、ちょっと無茶すれば宿につくんでしょ?」
野宿したくない一心なのか、ラインは必死の様子だった。
「それは……」
「野宿しよ」
私はきっぱりと言った。
「ミオ様はよろしいのですか?」
「もちろん」
ラインのこめかみに冷や汗が流れたのを私は見逃さなかった。
「ま、待ってください、私野宿は初めてで、その……」
「それなら教えてあげる」
「は? ミオ様が?」
頷く。
「野宿はね、楽しいよ?」
もう私はわくわくうきうきが止まらなかった。大いなる大地を背に眠ることを思えば、動物と命のやり取りをしたあと手に入る充足感を思えば、仕方のないことだろう。
「う……。ミオ様が、おっしゃるなら……」
「野宿が嫌ならお前一人だけでも歩いて行ってくれても一向に構わんがな」
「私ではなく、ミオ様が心苦しいかと思ったのです!」
「このミオの顔を見てか?」
きっと私の目はキラキラとしていたのだろう、ラインはがっくりと肩を落とした。
「……わかりました。野宿、しましょう」
「よし、そうと決まれば狩りと薪集め! ロウ、西を探って、私東を探す!」
「うむ。……メグと遊んでくるといい」
返事もせずに、私は馬車を降りて駆け出す。
直後にこけた。
「がうっ!?」
「ミオ様!」
慌てた様子で、ラインとエヴァがやってくる。
「お怪我は?」
「大丈夫! 服に引っかかっただけだから!」
いつものようにスカートの裾を切って詰めようか、と思ったところで、この服が自分のものではないことを思い出した。手早く服を脱いで下着姿になると、獲物を探すために駆け出した。
「ミオ様!」
ところで、エヴァに手を掴まれた。
「なに!?」
「いきなり淑女が何をはしたないことをなさっているのですか!」
「淑女じゃないし! どうせ着てても返り血で汚れるんだからいいじゃん!」
「そもそも狩りなどラインに任せればよいのです!」
「野宿したことない人が狩りなんてできんの!?」
「ハンティングは貴族の嗜みです! ねぇ、ライン?」
当然、という風に話題を振ったエヴァだが、振られた本人は顔を俯かせて震えていた。
「……その……あの……」
「ライン?」
「……ません……」
「あなたまさか」
「……私が苦手とするのは、遠距離攻撃なのです」
「狩りの基本は弓だよ?」
私は爪だけど。
「も、申し訳ありません……」
なんだかラインが地面に沈み込みそうな勢いだ。
「もう、いいじゃない、騎士様なんだし。じゃあついてきて、狩りの仕方を教えてあげる」
「ミオ様、本気ですか?」
エヴァが呆れ返ったように聞いてきた。
「もっちろん! ダメなら木の実とか集めてくるよ!」
「そちらも大変だと思うのですが……」
「それに関しては大丈夫! 私にはメグが……恵みの精霊がついてるから!」
私が拳に力を込めて力説すると、エヴァとラインは微笑ましいものを見る目で私を見た。し、信じてないね!?
「とにかく行こう、ライン! さあ、鎧脱いで!」
「は?」
「近付くんなら音を消さなきゃ!」
「いえ、あの猪や熊が出たらどうするのですか?」
「人を食べたことがない熊なら襲ってこないよ? この辺人通り少なそうだし、一目散に逃げるんじゃない?」
「そうではなく! 仮に獰猛な動物と戦闘になったら……それに魔物も出るかもしれませんし」
まもの?
そんなのこの世界にいるの? 今まで出会ったことないんだけど。
「魔物? はともかく動物に関しては大丈夫! だから行こ!」
「しかし……」
もう! 埒があかない!
「早く早く、日が暮れちゃうよ!」
「……わかりました。もしものときは我が命を賭してお守りしますゆえ、ご安心ください」
ちょっとむっとなる。
「命と引き換えになんて守って欲しくない! 自分の身くらい自分で守る!
というか! 今は私が先生なの! 生徒なのに生意気言わないで!」
森や草原での経験は私の方が上なんだ。自爆覚悟でついてこられても困る。
「……それは、申し訳ありませんでした。では、参りましょうか」
ゆっくりと、ラインは鎧を脱いでいく。成人している女性だけど、起伏は乏しい。メリもハリもなくてまるで子供体型のまま大人になったみたい。兜を脱いで露わになった素顔はびっくりするくらい美人さんだ。騎士やってるより深窓の令嬢をやってる方が似合いそう。でも手先は武人らしく生傷だらけで、絹のような手触り、とはいかなそう。
でもこの起伏のなさはなんでだろう。
ちらりとエヴァを見る。出るところは出て引っ込むところは引っ込む男受けしそうな身体。今まで仕えていた人に酷いことされなかったかな。ちょっと心配。
いやいや今はラインだ。
あ、たしか狩猟民族は弓の邪魔になる片方の胸を切り落とすんだったっけ。それなら、ラインも鎧の邪魔になる胸を切り落とした……のかな?
騎士って、大変なんだなぁ。
「……ミオ様?」
「ううん、なんでもない。騎士を目指すってすごいことなんだなって思ってただけ」
「そうですか? 私は生まれた時から騎士になるべく育てられましたから」
ということは胸を切り落とすことを『当たり前』だと思うように教育されたのかな。でもラインは騎士であることを誇りに思っているみたいだし……可哀想、っていうのは違う気がする。すごいなぁ、でいいのかな。
「じゃ、ライン、ついてきて。この近くに雑木林があるから」
「わかるんですか?」
「匂いでね。結構走るけど、大丈夫?」
私が聞くとラインは得意げな顔をした。
「訓練時は全装備の鎧と同量の重しをつけて走り込みをするのです、今の身軽になった状態なら、十キロダッシュでも軽いですよ」
「じゃあ五キロ全力疾走なんて余裕だね。レッツゴー!」
私は風のように駆け出す。半竜としての力は、私の基礎体力に多大な影響を及ぼしていた。なにせ三週間近く無補給で死なずに済むほどなのだ。体力測定はまだしてないけど、子供なのに大人みたいな数値が出ると思う。
これが、大人の早さ。成長したら得られるだったはずのもの。
今更ながら、今までの人生で十歳を越えず死んでいたことが悔やまれる。成長していたら素晴らしい力が手に入っていたのに。




