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ある夜の談話―人選と、悪と

 かわいそう、か。幼い子を無理やりするのは嫌じゃないとか言っていたけれど、それも嘘だろう。あの反応は嫌で嫌で仕方がないという人のものだ。ミオが普通の感性をしていてよかった。

 私は執務室で昼ミオと話した内容を反芻していた。伝えるべきことは伝えた。何のミスもない。

 けれど、引っかかる。

「……優奈、手はずは整った?」

 書類を整理する傍らで、お茶を淹れている優奈に声をかける。

「まあ、だいたいはね。何も言われなかったけど、男性はとりあえず候補から抜いといたわ」

「ありがとう、優奈」

 男は信用できない。私やロウを含めたとしても。いくら外面が聖人で通っていたとしても、二人っきりになったら何をするかわかったものではない。男というのは、自分ではない獣を内に飼っているようなものなのだ。

「なんだか意地悪な問題出された気分だわ」

「試したつもりはなかったんだけどね」

 優奈の人選判断は見たことがなかったから、ついでに……という気持ちがなかったわけではないけれど。

「はあ。それで、この子でいいの?」

 せっつかれて、手渡された資料を見る。ライン・カラハ・シャール。武の名門シャール家の一人娘で、連綿と伝わる武術のすべてを叩き込まれたスーパーエリート。反面社交性は低く、18にもなるというのに許婚すら決まっていない。剣と結婚するのではないかというのがもっぱらの噂だという。

「話してみた感じ、コミュ障の武術オタクって感じ」

「わかる言葉で話してよ。日本語だよね?」

 私が聞くと、優奈はしまった、という顔をした。

「ごめんなさい。コミュニケーション取るのに苦労して武術以外はてんでダメ、ってこと」

 オタクはわかるけど『コミュショウ』ってなんだろうか。そんなことを思いながら報告を聞く。

「腕はぴか一で、忠誠心もものすごく高いわ。一言声かけてあげるだけでミオちゃんに尽くすようになると思うわ」

「そんなにうまくいくかな?」

「まあこの子はちょろいと思うわよ? 陛下のためなら火の中水の中ベッドの中……っていうタイプ」

「うーん? ちょっと想像つかない」

 会ったこともないのにそんな感情を抱くなんて……にわかには信じられない。

「それで、どうするの? ラインだけで大丈夫?」

「ロウに行ってもらおうかなって思ってる」

「本気?」

 私が頷くと、優奈は見るからに怪訝な顔をした。

「ロウのこと、信用できない?」

「なんでできるのよ」

「同じ好きになった者同士、きっと死ぬ気で守ると思うよ」

「手籠めにされたらどうするのよ」

 優奈の疑念を、私は鼻で笑う。

「七歳の時から一緒にいて一切手出ししなかった誠実な男が? 私という強力なライバルがいるのにもかかわらず? ありえないよ」

「ライバルがいるからこそ、焦って、っていうのあるじゃない」

 確証はないけどね。そう前置きして、私は言う。

「あの竜はわかってるよ。ミオもリュカも、汚されたくらいで距離が変わったりしないって」

「すごい自信ね。……それにしても、あの子、疎外感感じたりしないかしら」

 優奈の懸念はもっともだ。いくら絶対者である私からの命令だとしても職場環境はよりよいものがいいに違いない。ロウ、ミオ二人の間でラインが孤立しないとも限らないからだ。それにラインは人付き合いがうまいタイプではないらしいし。

「それについては大丈夫。たぶん、ミオはメイドのエヴァンジェリンと一緒に行くって言うと思うから」

「エヴァと?」

 エヴァと優奈は友達同士だ。休日は一緒に買い物に行くくらい仲がいいらしい。エヴァの人となりは優奈を通してリサーチ済みだ。ミオと順調に仲良くなっているらしいので、私の人選は間違っていなかったようだ。

 そして何の縁か、ラインとエヴァは親友なのだ。

「そう。エヴァから、ミオに仕えるにあたっての注意事項とかを伝えやすくなるだろうし、今回の旅行、道中はかなり円満になると思うよ。和気あいあいとした雰囲気は、きっとミオの心を少なからず癒すだろうし」

 いちいち『この人どんな人なのかな? 話しかけて大丈夫かな?』みたいな心労をミオにかけさせたくない。気軽に友達っぽく距離を縮めてくれればいい。

「それでエヴァの友人、なんていう珍妙な条件があったのね」

「まだ理由はあるよ。火山地帯……ヴァールミナはちょっときな臭いんだよね」

 ヴァールミナはこの国の西端だ。西の向こうには砂漠が広がっており、狩猟民族『コロウ』の領地がある。

 ヴァールミナの領主が不正にコロウと物品を取引している可能性があると、この前報告が上がってきたのだ。澪に危険が及ぶ可能性があるからには、ラインのような武人然とした人間はちょうどいい。

「本当、すごく大切にしてるのね」

「当然。ようやく出会えたんだから。それで優奈、お返事は?」

 私が聞くと、優奈は膝を折って、頭を垂れた。

「仰せのままに、陛下」

 仰々しいしぐさに、ちょっぴりイケナイ何かがくすぐられる。ゾクゾクと、このまま優奈を支配してしまいたい欲求にかられる。それをため息一つで押さえつける。

「もう。大げさなんだから」

「本来これくらいが当たり前なのよ? 甘いっていうかなんて言うか……」

「これくらいの距離感のほうが仕事はしやすいの」

「全く。わがままねえ」

「王様だからね」

 私が笑うと、優奈も楽しそうに笑った。

「ねえ、リュカ。ちょっと聞きにくいこと聞いていい?」

「なぁに?」

「いいの、ロウと一緒にして」

 すっと、今まで楽しかった気持ちが冷めたような気がした。

「どういうこと?」

「わざわざ恋敵を――」

「優奈、ロウは恋敵なんかじゃないよ」

 そもそも私は、ミオを恋愛対象として見ているわけじゃない。

 何よりも誰よりも大切なだけだ。未来永劫、隣で寄り添いあいたいだけだ。心も体もずっとつながっていたいだけだ。

「私じゃ、きっと幸せにできないから」

 ミオは、汚れてない。私の真っ赤に汚れた手と違って、綺麗な体だ。虐げられたことはあっても誰かを害したことはない、優しい体だ。

 でも私は違う。苦痛を終わらせるためだとはいえ、私は何人も手にかけてきた。その差は、違う。一つ悪事を侵すと、もう歯止めは効かない。殺すことに慣れてしまった。害することに慣れてしまった。

 だから私は、快楽のために他者をむさぼることだって、ためらわないかもしれない――。

 女性を辱めることだって、一度経験してしまえば、その快楽には……。

「悪になるんでしょ?」

 ハッと、優奈を見る。

「『幸せにできないなら付き合えない』なんて言って身を引くのは、『善い女』がすることよ」

 優奈の言葉は、まるで魔法のようだった。

「そうだね、じゃあ――って、言いたいんだけどね。やっぱり、ダメだよ。王としての責務は、放棄できない」

 その魔法にかかってしまいたい。欲望赴くままミオと一緒にいたい。でもそれじゃだめだ。

「……悪になるんじゃ、ないの?」

「私はね、ずっと悪いことをし続けたいの。そのためには、盤石な地位がいるの。『この王に退いてもらっては困る。だから少しの悪事は目をつぶろう』そう貴族たちに思ってもらわないと困るの」

 ミオと一緒にいるため。ミオを学校に通わせてあげるため。そして悪いことをしやすくするため。そのために、基盤がいる。勤勉な『賢き王』としての土台がいる。

「魔法で国を滅ぼすんじゃだめなの?」

 こういう話をしていると、優奈も大概なのだな、と思う。故郷を……日本から偶発的に迷い込み、今までの人生で築いてきたものすべてが無駄になったのだ。多少極端な思考に走っても仕方のないことなのかもしれない。

「そんなの、楽しいのは魔法を使う一瞬だけじゃない。でもって罪悪感は国一つ分。やってられないわ。それに、私は今まで私たちに酷いことをしてきた男たちがどんな気持ちだったのかっていうの、とっても興味あるの」

 優奈はぎょっとしたように目を見開いた。それから、同情するような目を中空に向ける。

「今からでも同情するわ。その犠牲になる女の子にね。自分から死にたくなるような目に遭わせるんでしょ?」

「違う違う。何も感じなくなって何も考えることができなくなるまで痛めつけるんだよ。その『悪事』の瞬間が、今からでも楽しみだよ」

 いつになるだろうか。まず私とミオが痛めつけても罪悪感のわかない若い女の子を見つくろう必要がある。次に痛めつけるだけの時間と設備。道のりは遠いよ。

「……私、とかじゃないわよね?」

 優奈は怯えたように胸に手を遣った。

「まさか。私たちに、親しい人を拷問にかけられるほどの胆力はないよ」

「よかった」

 目に見えて安堵のため息を吐く優奈が、ちょっぴり可笑しかった。いつも気丈で、怖いもの知らずの優奈が、こんな私の戯言一つで怯えるなんて。

「何よ。リュカ、あなた私をどうにでもできる立場だってわかってるの?」

「え?」

「私戸籍なんてないし異端の技術に異端の容姿、知識も常識も全部この世界のものじゃない。ここを放り出されたら行く当てなんてないし保護してくれる人もいない。だから、もし、リュカが私を壊そうとしても……それを咎める人は、誰一人いないのよ? ……王としての責務が云々なら、私が一番『生贄』に剥いてるんじゃないかしら。どう? 明日から私の仕事場、『拷問室』に変えてみる? 仕事内容も『王の玩具』に変えたりして」

 自虐的に笑う優奈に、私は思わず目を細めた。

「優奈、もし優奈に酷いことをしようとしたら、一人だけ、私を咎める人がいるよ」

「誰?」

「ミオ」

 ぽかんと、優奈は驚いたような顔をした。

「ミオがけしかけて、エヴァだって処断覚悟で文句言ってくるだろうね。そんな親友を見てラインもエヴァにつくかもしれない。

 ほら、意外と君の味方はいるんだよ。それに日本の友人だってここにいるんでしょ?」

「いるけど、その子は、死んでまでして私のために怒ったりしないと思うわ」

「優奈がそう思ってるだけだよ。優奈はね、優奈が思ってるよりずっと素敵な女性ひとなんだから」

 ばっと、急に優奈が部屋の扉に向かった。

「どうしたの?」

「だ、黙って! な、なんで、そんなテンプレみたいなセリフ……! 落ち着け私、中身は女、中身は子供、中身は同性……」

「優奈?」

「陛下! 就寝の許可を賜りたく願います!」

「え? ……ああ、うん、いいよ。お休み優奈」

 変なの。急に敬語にしたりして。

「は! おやすみなさいませ陛下!」

 そのまま慌ただしく優奈は部屋から出て行った。

「……なんだったんだろうね?」

 私は天井裏に潜んでいるであろう『影』に向かって声をかける。答えはもちろん帰ってこない。まあいいけど。

「私ももう寝ようっと」

 適当に片づけると、私も自室に戻る。眠る前に、この世界の神様にミオの旅路の無事を祈っておいた。

 ミオ、どうか無事に帰ってきてね。

 祈りと共に、私は眠りについた。

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