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51  新たな時代

 新たな時代


 朝靄の残るスピネル城の城壁に、新たな旗が翻っていた。かつてこの地を支配していたスピネル王国の紋章は跡形もなく消え去り、代わりに風にたなびくのはベルシオン王国の威光を示す旗。その赤と黒の布は、静かにしかし確かに、新たな支配者の到来を告げていた。


 城下には、戦いを終えた兵士たちの姿があった。戦勝の喜びに沸く者、静かに佇む者、そして崩れた街並みを見つめる者。それぞれがこの変化を受け止めようとしていた。


 城壁の上に立つルーク・ベルシオンは、冷たい風にマントをなびかせながら、眼下に広がる城下の光景を見つめていた。戦火の残滓がまだ燻る街。かつて王国の中心だったこの地は、今や彼の手の中にある。


「……これで、すべてが終わったな。」


 彼の言葉は静かだったが、その響きには確かな重みがあった。


 傍らにはガリオンとケインズが立っていた。


「ついに、やったな。」ガリオンが腕を組み、満足げに頷く。


「これで終わりですね。でも、ここからが始まりですよ。」ケインズが眼鏡を押し上げながら言う。その瞳には、すでに次なる策を考える光が宿っていた。


 戦いは終わった。だが、統治という新たな戦いが始まる。


 ルークは、遥か遠くの地平線を見つめた。この戦の果てに何が待つのか、それはまだ誰にも分からない。


 だが確かなことが一つあった。


 ベルシオン王国は、今まさに新たな時代を迎えようとしていた。



 @@@凱旋


 冬の冷たい空気の中、ベルシオン軍の軍旗が誇らしげに風にはためいた。スピネル王国の完全制圧を果たした彼らは、祖国へと凱旋するべく堂々と進軍していた。兵たちは皆、戦いを勝ち抜いた誇りを胸に秘め、整然と馬を進める。彼らの鎧は陽光を受けて鈍く輝き、剣には戦いの記憶が未だに宿っているかのようだった。


 軍勢の先頭を行くのは、漆黒の戦装束に身を包んだルーク・ベルシオン。鋭い黒曜石のような瞳は遠く王都を見据え、その端正な顔には確かな自信が宿っていた。彼の背後には、忠実なる将たち――ガリオン、ケインズ、そしてベルク侯爵が従い、彼らもまた勝利の余韻を噛み締めていた。


 やがて、王都ベルシオンの城壁が視界に入る。最初は微かだった民衆の歓声が、まるで波のように広がっていった。


「万歳!」「我らが王よ!」


 四方から歓呼の声が轟き、道端には人々が溢れていた。老若男女が家々から飛び出し、勝利の軍勢を迎えようと道の両側に並ぶ。娘たちは美しい花々を兵たちの行く道へと惜しげもなく投げ、子どもたちは純粋な瞳で英雄たちを見つめていた。


「これほどの熱狂、見たことがあるか?」


 ガリオン将軍が馬上で豪快に笑い、銀の髪をなびかせながら叫んだ。彼の赤い瞳には、戦場で見せるものとは異なる興奮の光が宿っている。


「王都の民が、これほどルーク陛下を歓迎するのは当然のことです。」


 参謀ケインズは冷静に眼鏡を押し上げ、微かな微笑を浮かべた。「スピネル王国を平定し、ベルシオン王国の強大さを示したのですから。」


 勝利の喜びに沸く兵たちを鼓舞するように、ベルク侯爵が大きく腕を振り上げた。「兄上、これで我らの王国はさらなる繁栄の時代を迎えます!」


 しかし、ルークはただ静かに頷くだけだった。その内心では、戦の終結が新たな責務の始まりであることを深く理解していた。勝者として、これから如何に国を導くか――それこそが真の戦いだった。


 王城の前に到着すると、壮麗な石段の上に一人の女性が立っていた。


 イザベラ・ルードイッヒ。


 深紅のドレスを纏い、凛とした眼差しでルークを迎えるその姿は、まるで勝利の女神のようだった。風が彼女の髪を軽やかに揺らし、冷えた空気の中に彼女の温かな存在感が際立っている。


 ルークは馬を降り、堂々とした足取りで彼女の前へと歩み寄る。


「おかえりなさい、陛下。」


 イザベラの言葉は静かだったが、その声には深い感情が滲んでいた。


「ただいま、イザベラ。」


 ルークは微笑み、彼女を見つめる。その瞳には、戦いを終えた者同士の信頼と、新たな時代への決意が込められていた。


 王城の大広間では、すでに祝宴の準備が進められていた。豪華な食卓には豊かな酒と料理が並べられ、将軍たちは勝利の美酒を交わしている。しかし、その熱狂の中で、ルークは一人静かに執務室へと向かっていた。


 戦いは終わった。だが、王としての戦いはここからが本番だ。


 ベルシオン王国の新たな時代が、今、静かに幕を開ける。












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