ハラハラどきどきの場面?
「動けないのです」
彼は、ほとんど口を動かすことなくそう答えた。
「枝が朽ちていて、いまにも崩れるか折れそうなのです」
ほとんど聞こえないほどの声音で訴えてきた。
「なんですって?」
彼の座っている枝の真下に近づき見上げると、たしかに朽ちかけている。まるで小説のようにピンチを迎えるだけの朽ち方である。
ブラッドがすこしでも動いたら、崩れるか折れてしまって彼が落ちてしまう。この高さだと、体がやわらかくて身体能力の高いブラッドでも、どこかの骨を折ってしまうのは確実。打ち所が悪かったり運が悪かったりすれば、なにかしらの後遺症が残ってしまうかもしれない。
「ブラッド、わかったわ。じっとしていて」
ブラッドにそう言ったときには、すでに体が動いていた。
つまり、大樹の幹にしがみつきよじ登り始めていた。
わたしは、短気なだけではない。向こう見ずというよりか、考えなしに行動してしまうことがある。はやい話が、せっかちである。
ブラッドの手をつかめば、たとえ枝が折れても彼を救うことが出来る。
わたしが彼をつかみ、彼がそのまま幹にしがみつければいい。
もっとも、わたしの左腕が彼の全体重に耐えることが出来ればの話だけど。
せっかちなわたしはそう判断し、そのときには実行に移していた。
「さあ、わたしの手をつかんで」
もともと小柄なわたしである。腕だけが特別長いわけではない。必死にそれを伸ばしつつ、ブラッドに呼びかけた。
ブラッドは、すぐにわたしの意図を察した。彼は、わたしの作戦がうまくいくわけはないと判断したとしても、言いつけに従ってくれた。
彼は、慎重に左手を伸ばしてきた。
これ以上伸びないというほど、手を伸ばし続ける。ブラッドもまた、朽ちた枝に気を配りつつ手を伸ばしてくる。
それはもう永遠と思えるほどの時間が経過している気がする。しかし、実際にはそれほど経っていないはず。
小説だと、ハラハラどきどきの場面である。おたがいの指先が震え、触れるか触れないかの距離。
それこそ、息もつかない見せどころの場面。
多くの小説通り、読者の期待通りの結果となった。つまり、嫌な音とともに枝が折れたのだ。ブラッドが腰かけている枝が、である。




