ハプニング
別荘は、さほど大きくはない。贅を尽くしているわけでもない。
ログハウスで、じつに機能的に出来ている。
大きくはないとはいえ、それでも二階建てで寝室は六部屋ある。居間と食堂と執務室があり、談話室の本棚には本がたくさん並んでいる。厨房も機能的に出来ていて、事前に連絡をしておいたので管理人がいつでも使えるよう食材を準備してくれている。
ここには、三人だけでやって来た。
ロックウエル公爵家の使用人たちには、休みを取ってもらうことにした。
みんな、予期せぬ休暇におおよろこびしていた。
それはともかく、この別荘では自分の身のまわりのことは自分でする。
そういうルールにした。
料理や洗濯はおもにわたしがするけれど、掃除はおもにクラークとブラッドが担当する。
とはいえ、手伝いは大歓迎。
というわけで、料理や洗濯もふたりに手伝ってもらった。
別荘では、眠るときとトイレとお風呂以外は、三人でいっしょにすごした。
朝は海岸を散歩し、朝食と昼食用のサンドイッチを作って朝食はテラスで食べる。朝食後は勉強。クラークとわたしとでブラッドの勉強に付き合う。そのあとは海に行って釣りをするか、ピクニックや乗馬をする。サンドイッチを食べたあとは、読書やアウトドアやさまざまな遊びを楽しみ、夕食を作って食べる。
夜は、星を見たり焚火をする。そして、就寝。
洗濯や掃除といった家事は、合間を縫ってする。
とにかく、三人でいっしょにすごすことが今回の旅行の意義なのだ。
クラークがどう感じていようと、いっしょにすごすことでブラッドにたいして愛着がわく。
そのわたしの推測は正しいはず。
とはいえ、とくにこれといった変化や進展のないまま日々だけがすぎていく。
そして、いよいよ別荘ですごす最終日を迎えた。
そんなギリギリのところで、まるで小説のストーリーのごとくちょっとしたハプニングが起こったのである。
ことのはじまりは、近くにある樹海に探検にきたことだった。
その樹海は、大昔には魔物や精霊がウジャウジャいたと伝えられている。
そこで探検ごっこをしようということになった。
が、突如クラークが告げたのだ。
「ブラッド、王都の学校に行くように」
そのように。
あまりの唐突さに、ブラッドだけでなくわたしも呆然としてしまった。
が、そうと気がついたブラッドは、途端に唇を噛みしめた。
血が滲みそうなほどプックリとして形のいい唇を噛みしめ、両拳もまた血が出そうなほど握りしめていた。
ブラッドは、別荘ですごすうちにわずかながらクラークに心を開きかけていた。クラークもまた、ブラッドに心を開きかけていた。
ふたりは、わずかずつでも歩み寄っていたはずだった。
それなのに、クラークのこの仕打ちである。ブラッドは、ショック以上のものを父親から与えられた。
こういう場合、ブラッドがとるであろう対処はなにか? 数種類あるけれど、彼がとった手段は、最悪なものだった。
つまり、なにも言わずに樹海の奥へと走り去ってしまったのだ。
ブラッドは、「行きたくない」だとか「僕は嫌われているんだ」とか、捨て台詞さえ叫ばなかった。
おとなしくて控えめで、なにより自分のことより他人を気遣う彼らしい。
ブラッドにしてみれば、父親の前から走り去って姿を隠すということが、せいいっぱいの反抗だったのかもしれない。
彼が出来る最大にして最強の表現方法だったのかもしれない。




