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風が吹いたら  作者: 和林
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第十九話

「合唱コンクール、出れそう?」


 とある平日、マヤは担任と向き合って話していた。


「まぁ……なんとか合わせます」


「でも、無理しちゃいけないから」


「伴奏、やりたいので」


「……そう」


 合唱コンクールの日は、手術の三日後だった。


 本当はまだ入院していなければいけない日数なのだが、担当医に頼んでなんとか合唱コンクールに出れるようにしたのだ。


「車椅子って、大丈夫なんですか?」


「うーん……会場も大きいし、車椅子用の席もあるから、大丈夫だと思うけれど」


「無理だったら、頑張って歩くので」


「いやいや、それはさすがにだめよ……」


 合唱コンクールに出ていいという許可は出たものの、まだ病状は不安定だろう、という担当医の判断により、車椅子で出場するように言われていた。


 まだ手術すらしていないため、どうなるかは分からないが、念の為にも車椅子移動を考えておいて、とのことだった。


 マヤは合唱コンクールに出ないという選択肢はないと思った。


 最後のイベントを、逃すわけにはいかないのだ。


「じゃあ、練習頑張ってね。無理しない程度に」


「はい、期待してて下さい」




 ユウマは、自室で熱心に勉強に励んでいた。


「三人で暁星、暁にはマヤも暁星……」


 まるで呪文のように志望校を言い続けるユウマを、母親の千里(チサト)は心配していた。


「あんた、大丈夫? 呪われてるの?」


「おう……大丈夫……大丈夫」


「……そうですか。お茶、置いとくからね」


「暁星……暁星……」


 チサトの言葉も聞こえないぐらいに猛勉強をしているユウマは、ここ数日全くと言っていいほど睡眠を取っていなかった。


 偏差値は十分伸びてきたのだが、部活を引退してからの三者面談で、担任に「内申が足りない」と言われてしまったのだ。


 内申を上げるには授業態度とテストの点数を上げるしかないと思い、過去問や参考書をひたすらに解いていた。


「はぁ……だめだ、まだ、内申が……」


 ついに力尽きたのか、ユウマは布団に倒れ込み、眠ってしまった。


「もう、だから寝とけってあれ程」


 ユウマが数日間寝ていないことを知っていたチサトは、またさらに、心配な思いが増していたのだった。




「えっ」


「えっ?」


 カイとマヤは、伴奏の練習をしていた。


 今まではそれぞれ個人で練習していたのだが、たまには相手の伴奏を聞きあってみたいというカイの要望に、マヤは快く応えたのだ。


「やっぱり、ここ違うって」


「え、印刷ミス?」


 二人が永遠と困惑していたのは、楽譜通りに弾くと音痴になってしまう箇所があったからである。


 どうしても上手く繋がらなく、試行錯誤を繰り返したのだが、結果的に、これは印刷ミスだということになった。


「今さら楽譜修正とは何事」


「んー、まぁ大丈夫やて」


「カイじゃないじゃん、私のじゃん!」


「いや、マヤなら出来る!」


「……少しだけだし、平気か」


 マヤが伴奏をする曲は、サキが気に入っていた曲だった。


 サキに良く影響されるマヤは、そのときも見事に影響され、よく聴くようになったのだ。


「この合唱曲、いい曲やね」


「でしょ? すごい好きなんだよね」


「なんか、深いっていうか……」


「落ち込んでいた心を無理やり納得させれば、光は見えてくるのか」


「最初はそう思ってたけど、実はそんなことなかったんだよね」


「……それは、サキさんのこと?」


「うん」


「サキがいなくなった後、何もかも分からなくなって、悲しみで心がカラカラになった」


「だから、物凄く勉強を始めたり、性格を無理やり明るくしてみたり」


「自分が忙しくなれば、その心は埋まると思った」


「光が、見えるんじゃないかなって」




「すみません。すみません」


 アコは朝から取引先にペコペコと頭を下げていた。


「もう、宇美床さん。ちゃんと仕事してよねー」


「はい。すみません」


「謝るだけじゃ、何にも変わらないから」


 課長に送るはずのメールを間違えて取引先に送ってしまい、個人情報が流出するという騒動になってしまったのだ。


 取引先の社員が温厚な人だった事もあり、そこまで大きく広まることはなかった。


 だが、課長の厳しい目には止まってしまったようだ。


「宇美床さん」


「は、はいっ」


「……新入りだからしょうがないと言えど、このミスはちょっと……ねぇ?」


「はい、十分承知しております。本当に申し訳ございません」


「それは、俺じゃなくて取引先に言うことでしょ」


「はい」


「あ、それと。もうすぐこの会社潰れるから、他のとこ探しときな」


「え?」


「もうね、こっちも手に負えないんだよ。資金は足りないし、人手も少ないし」


「……私だけじゃ、務まらないですよね」


「そりゃ、か弱い女性だけだとね」


「ユミコさんは、何とおっしゃってるんですか?」


「あの人はね、悪いやつなんだよなぁ。倒産するのをいいことに、会社を自分のものにしようとしてるよ」


「それは……どういうことですか?」


「だーかーら、会社乗っ取ろうとしてんの」


「え……」


「ま、頑張って次の職場探してね」


 そう言い放ったあと、課長はエレベーターへと向かって行った。


 課長の態度は今までとは違っていた。まるで、何かに対して怒り狂っているような、ストレスが滲み出ている態度だった。


 アコがミスをしたことなのか、倒産寸前のことなのか、それともユミコのことなのか。


 アコは課長の話を信じる気はなかった。


 ユミコがそのような事をする人物だとは到底思えないし、課長への嫌味や噂は絶え間なく聞こえてくる。


 課長は、信用されていないのだ。


 次の職場をどうすればいいのか、アコには分からなかった。


 ユミコに誘われてここに派遣されたが、短期派遣ということもあり、職場をすぐに探さなくてはいけないという事実はどちらにせよ変わらなかった。


 アコは迷った。


 ユミコを支えて倒産を防ぐべきなのか、課長を信じていち早く次の職場を探し、ここは手放すべきなのか。


 信用できる人間というのは、いないものなのだろうか。

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