4.「深夜の敗北」
王子と無言のまま帰ったその日の夜。多くの人が寝静まった深夜の時間帯。
篠山芽衣はまた現れた「歪み」を感知し、時速百キロを越える高速で現場へと向かっていた。その姿は既に魔法少女らしい少女趣味丸出しの赤いドレス姿だ。
当然、深夜だからといって人がいない訳では無いので人の目を避けた順路を選びながらビルの屋上や小さな足場を利用して忍者の様に跳躍を繰り返しながら深夜の深い闇に紛れて進む。
(…見つけた)
高速移動を始めて数分。芽衣の視線の先にはビルの屋上にてドス黒い奇妙な人型が踊る様に身をくねらせている姿があった。人の形なのに間接を無視し、あらぬ方向を自在に手足を曲げるその姿は魔法少女でなくとも人ではない何かと分かるだろう。
不快な気分を心の中で舌打ちをする事で誤魔化し、芽衣は「歪み」に気が付かれないよう静かに魔力を練り上げて身体強化の魔法を発動させる。体から赤い魔力が溢れ出し、体を少しずつ包み込む。
身体強化の魔法を終えると胸元から首に下がっていたネックレスを取り出し、先端部分に付いている赤い棒状の何かを握ると芽衣の体三分の一位大きく膨れ、芽衣唯一の武器マジカルステッキが現れる。
完全なる不意打ちの必殺を狙う準備がこれで整った。後はこの赤いステッキを「歪み」に打ち当て戦いに没頭するだけ。昨日は不意を完全に突いたが、敵が自分の危機的状況のさい自動的に発生させる強力な対物理シールドによって阻まれてしまった。今日は間違いなくシールドを貫通させ、一撃で仕留めてみせる。
そう意気込むと芽衣は現場近くの某ビル屋上を陣取り昨日の敵にもお見舞いした必殺技のポーズをとった。クラウチングスタートの体制を保ち、下げていた頭を上げ、敵を見据える。
ロックオンを終わった。このまま引き金を引けば芽衣は必殺の弾丸となって放たれ敵を貫通し、「歪み」は霧散。そして彼女は何時もとおり、何の感慨も無く引き金を引き、相手に特攻して行った。
■
場所は変わって此方も現場直ぐ近くの某ビル屋上。其処に二つの影が存在した。
「キヒヒっ! どうだ? もう一人の魔法少女を見た感想は」
小動物らしき一つの影が、もう一つの影に問い掛けた。問われた人型を持つその影は言葉に何も反応せず、ただ静かに前方三百メートル先にいる薄赤い光を保つ少女へと向けている。
陸上競技で使用されるクラウチングらしきポーズをとる少女を無表情なまま水色の光を湛えた瞳が捕らえていた。
やはり隣の影が何を考えているかなんて分からない小動物の影は返ってくる答えを待つのを止め、舌打ちをすると独り言を呟くように語り始まる。
「身体強化の魔法は見事の一言に尽きるが、何ともお粗末な魔力の隠蔽技術。風の噂じゃあ、歴代最強の実力を誇っているらしいが、さぁてどうなのかねぇ、どうなのかしらねぇ。キヒヒッ」
機嫌良く眼前の魔法少女が行っている魔法運用の実態を瞬時に理解し解説するも聞いているだろうが少女の気は惹きない。その事を理解しながら勝手に続ける解説が流れるが、数分後。唐突に閉ざされた口が開かれる。
「始まる」
その少女らしき声音を合図にして魔法少女の戦闘は始まった。
■
結果を言うと奇襲は見事に成功した。
自動防御のシールドすら反応出来ない速度で敵を貫き、断末魔の悲鳴を上げさせる事も無く瞬時に霧散させる。前回の失敗を生かした芽衣の完璧なる勝利。そうなる筈だった。
奇襲に成功し、勝利を得た筈の彼女は数分後屋上のビルで地面に倒れ伏している。外傷は特に無い。身につけている夏らしいサマードレスも綺麗なまま。そう、変身が解けていた。
通常魔法少女の変身を解くには自分の意思で解除するか、変身に使っている魔力を強制的に絶つしかない。そして前者は違う。家に帰るまでが戦いと意識に刷り込んでいる彼女が敵の策略が張り巡らされているかもしれない敵地で武装を解くなどと愚かな選択は間違ってもしない。
故に原因は後者にあり、確かに数分前。芽衣は何者かに襲撃され敗北していた。
少しばかり時を遡る。
「でりゃゃゃゃ!!!」
敵を無残にも貫いた後、少し遅れて裂帛の気合が辺りに轟く。
スピードを地面に足を付ける事で上手く殺し、火花と擦る音が響き渡る。完全に止まるとゴムの焼ける匂いが足元から漂う。芽衣はそれを気にせず、敵の状態を確認するために辺りを警戒。敵を貫き、霧散させたからと言ってそれが幻覚や身代わりである、という敵の策略を懸念しての行動だ。実際に一度か二度はそういう事があり、少なからず痛い目をみた反省の賜物だ。
直径百メートル位の周囲を索敵してみたが何の反応も無い。どうやら「歪み」は消えたようだ。
そう結論付けて家に帰ろうとすると瞬間、芽衣は何かを感じ全力で跳ねる様に後ろへ下がった。コンクリートを突き刺す音が響き、芽衣は目の前を凝視する。
芽衣が先ほどまで立っていた地点。其処に二つの影が並び立っていた。
「今のを避けるとは…。キヒヒッ! 中々やるじゃあねぇかぁ。なぁ相棒」
「……」
先に声をあげた奴の姿を確認すると芽衣は目を見開いた。猫とも犬とも取れる形を成した生物。その姿は王子と同じ形をしている。
だが、芽衣は王子ではない事を直ぐに見破った。形は一緒でもその生物の本質はまるで違う。王子を正とするなら目の前の生物は邪悪そのもの。その本質は思わず言葉を失ってしまうほどの狂気を孕んでいる。
王子に似た生物を注視していた所為もあって視界に入らなかったが芽衣はもう一つの影を確認す。先程よりも驚きはしなかったが、こちらも少なからず芽衣に驚きを与えた。
「…魔法少女か」
雪の様に白く染まった白いドレスを纏う白髪の少女。芽衣を見据えるその瞳だけは水色に怪しい光を湛えている。やはり王子に似た生物と同じ様に此方も芽衣とは本質が違うようだ。どちらが悪か正義かなんて芽衣には知った事じゃないが、間違いなく目の前に居る少女と自分は真逆の存在だと分かる。
あの生物を伴っている姿を見るとまるで自分と王子の関係を連想してしまう光景だった。
何も言わない少女を警戒して芽衣も口を開く事は無かったが、永遠にも芽衣に感じさせる均衡は閉ざされていた少女の口が開く事で終わりを告げる。
「死んで」
ただの言葉。
そうただの一言。
ぞくり、と背筋が凍る恐怖を芽衣はその身に抱く。
だが彼女は歴戦の勇姿に勝るとも劣らない経験を持つ魔法少女。恐怖が体を隅々まで駆け巡り、硬直させる前に赤い魔力を大量に噴出させて身体強化の魔法を施す。赤い魔力がその身をすっぱりと包み込み、手に持っていたマジカルステッキへと魔力を循環させ、硬度を上げ、戦闘体制を整える。その時間、何とコンマ四秒。 最速で最強の状態を再現させ、敵に必殺の一撃を与えようとそのままを前に倒れこむ様に身を沈め、特攻を決めようとする。芽衣の今まで一番の最良で最高のタイミングで必殺は成され様とされていた。
後は引き金を引くだけの問題。
その引き金を引く時間が芽衣の弱点だったとは知らずに。
今から数分前の事。白い少女は見ていた。相棒である獣を無視して芽衣を見詰めていた。必殺の一撃を「歪み」へ加えんとする行動。動き。癖。それらをただひたすら観察していた。
ただ一度きりの必殺技を見るチャンスを有効に使い、対自分戦のシュミレーションを脳内で何度も何千回も反芻。攻略の糸口を見出す為に。
少女と芽衣の差は恐らくそれ程に離れていない筈だが、その事前の情報収集は負けるに十分な敗因だった。
ギリギリ反応出来る速さで必殺の一撃の準備を芽衣が整えた瞬間。クラウチングのポーズで力を溜める、その時。少女は己が魔力を振るい、渾身の一撃をそのタイミングに合わせて発動させた。
グシャ、という嫌な音が響いた。
気が付いた時、既にその攻撃魔法は芽衣の体を上空から押し潰していた。
巨大なハンマーを振り落されたかのような攻撃。事実その魔法は「エアハンマー」という名を少女から付けられている。
芽衣は目立った外傷は無いものの巨大な魔力の塊に押し潰されたので体の中身、魔法少女や魔法使いに存在する魔法神経と言う魔法を使うのに使っている内部構造はぐちゃぐちゃだった。赤い光が芽衣から少しずつ抜けていき、衣装が変身する前まで来ていた赤いサマードレス姿へと変わる。
「キシシッ! 激弱っ。全く大したことなかったなぁ。前評判がいい奴に限って実際に戦うと大したことないんだよなぁ」
獣が芽衣を見下し笑う。霞む意識の中で内心腹が煮え繰り返るも芽衣は何も反応する事が出来ない。それほどのダメージを体に受けていた。
その姿を白い少女が確認すると踵を返す。その場から少女と獣が撤退しようとするのを感じ、芽衣はタダでは行かせまいと無理やり意志の力だけで立ち上がり、叫んだ。
「まだっ! …まだ私は死んでないわよぉ!!」
その言葉に反応して白い少女は首だけ振り返り、芽衣を一瞥す。無表情だった顔が動き、驚いたリアクションをとる。
「…エアハンマー」
芽衣の周囲に魔力が迸り、魔法が発動する。
またしても攻撃を直撃し、今度こそ物言わぬ屍状態と成り果てた。少女は獣を肩に乗せ、直ぐ側まで来て見下ろし、再度確認すると相手は生きているが死人に近い状態。もう動ける筈がない。
本当に殺す気など無いのでもう十分だとその場を後にしようとしたが、気が付いた時には少女の右足を芽衣の左手が掴んでいた。
その不屈の意思に少女は素直に感嘆し、敬意を持って気絶した相手に名乗りを上げた。
「魔王。あなたの敵。それが私。だからまた逢う」
それだけ言うと魔王は芽衣の手を強引に離すと魔法を発動させて、その場から離脱。
後に残ったのは死に掛けの少女が一人。物語は歪に加速する。不気味な呻き声をあげて。
天才敗れる。まぁ芽衣の場合は自称だから仕方ないけれど。
亀更新ですが今後とも駄文の愚作に御付き合い、ご愛読お願いします。




