「追憶」
紆余曲折はあれど、依頼を終えたセイジとクロ。2人は寂れた集落から拠点である焼きの街へと帰る。
2人は汽車に乗り込み、座席へ体を預けた。生命の魔術師が起こした一連の事件は中々骨が折れるものだった。
「セイジ。眠いなら寝ても大丈夫だよ。僕が起こすから。」
「本当か。それじゃあ、そうさせてもらう。」
「おやすみセイジ。」
「あぁ。おやすみ。」
セイジは眠りにつく。微睡む中、彼のうちにあるのは後悔のみ。もし、彼があと少し強く賢くあれば。それこそ、兄のような存在であれば今までの依頼もうまくこなせていたかもしれない。そんなことを思った。
***
そうして眠りについたセイジの意識は遠い夢へと誘われた。それは彼が5,6歳頃の記憶。広い屋敷でセイジは空を見上げてほうけていた。
「セイジ。どうかしたのか。」
「!兄様!」
彼に話しかけたのは実兄、テレッソ・フォン・レアーヌだ。テレッソは才気あふれる若者だった。使用する武器は父譲りの斧ばかりでなく長刀、魔導書、杖等々全てに秀でていた。
尊敬すべき兄であるテレッソを前にセイジは背を伸ばし答える。
「いえ。その、勉強の息抜き…です。次は稽古もありますし…。」
「そうか。……勉強や稽古は嫌いか?」
「…………そうですね。正直なところ、面倒です。」
テレッソは頬を掻くセイジの様子を非難することなく、ただ同じく空を見上げた。彼が何を考えているのか、セイジは勿論、父親でさえ分からなかった。
静かな時が流れる。そんな中、ふと近くの茂みから飛び出す影があった。
「!猫…ですね。」
「そうだな。」
2人は飛び出してきた黒猫のそばによる。しゃがみ込み、手を伸ばした。だが、猫はテレッソが気に食わなかったのか毛を逆立てて威嚇する。
「…………兄様。猫に嫌われてますね。」
「みたいだな。………だが、偶然にも俺にはこれがある。」
意気揚々と取り出したのは猫用のペーストされた餌だった。麻袋から取り出し、猫へと近付く。
しかし、やはり猫は警戒を解かなかった。
「餌でもつれないみたいですね。」
「………………何故だ……。少し触れてみたいだけだというのに…。」
テレッソは肩を落とす。彼とは反対に、セイジには猫がよく懐いた。体を寄せ、ごろごろと心地よくのどを鳴らす。
「セイジ。そのまま猫を引きつけておけ。そのうちに俺が触る。」
「あっ。逃げちゃいましたよ。兄様。」
「…………………何故だ。」
「殺気とか…?」
「そんなものたてた覚えはない……。」
そう言ったテレッソ後ろ姿は哀愁が漂っていた。セイジは肩に手を置き慰める。優秀な兄でも叶わないものがあるものだと子供ながらに思う。
猫の逃げた方向を見ながら、セイジはふと息をつく。そろそろ休憩も終わらなければならない。ふらりふらりとほっつき歩いてばかりとはいかないのだ。
「猫は自由ですよね。少し、羨ましいです。」
「………………そうだな。………俺達は人間だ。だからこそ、縛られるものが多い。」
「まぁ、仕方がないですよね。」
「……………セイジ。俺達はレアーヌ家の人間として生き、そして死ぬ。その間に法や規律に縛られ続ける。………いや。俺達ばかりでないな。父も行く人も皆そうだ。」
テレッソはそこで口を閉じ、また空を見上げた。今日、彼が空を眺めたのはこれで2度目だ。
「人である限り、俺達は窮屈な思いをし続けなければならない。」
「でも、人だからこそこうして話しが出来るんです。……だから、私は人で良かったと思いますよ。」
「…………そうか。だが、これからもそう思うとは限らない。いつの日かその身の窮屈さが苦になる時がある。」
「………………兄様……?」
セイジはテレッソを見上げる。彼の表情は見えない。
「そろそろ稽古じゃないか。」
「!は、はい。それでは失礼します!」
「あぁ。」
急ぎ稽古へ向かう。その途中、後ろを振り返りテレッソの姿を確認した。彼もまた用事があるのか歩き出していた。その後ろ姿がセイジには妙な不安を掻き立てさせる。どこへ向かうのか分からない兄が、ひとりで歩く兄が、手を伸ばさなければいけない存在かのように思えたのだ。
***
「セイジ!そろそろ着くよ!」
声がする。瞼を開けるとすぐそこにクロの顔があった。
「ん…。そうか。」
セイジは目蓋を擦り、意識をはっきりとさせる。自身が夢を見ていたことを認識し、乗っていた汽車の窓へ視線を投げる。外はすっかり暗くなっていた。
「良い夢みた?」
「…………あぁ。兄の夢を。」
「そっか。良かった。」
クロの問いに頷きながらも、疑問に思う。何故、今になって昔の夢を見たのだろう。
やはり、自分が兄のようであればと願い眠りについたからか。それとも、兄を想起させるようなことがあったからか。
何れにせよセイジは兄ではない。兄のように優秀でなく、そして彼ほど悲観的ではないとの自負がある。故に、僅かな突っ掛かりを覚えながらもセイジは汽車を降りる。停車した場所には溢れんばかりの人が詰め込まれていた。




