「内なる問い」
古びた茶屋にて金雲饅頭を楽しんだハクエとホーリー。時間も時間なので解散することに。
仲睦まじく金雲街を歩く。そのまま平穏に帰路へ、なんてことにはいかなかった。
はじめに違和感へ気付いたのは、意外にもホーリーである。
「………ハクエちゃん、今日はにゃんだか霧が濃すぎますにゃ。」
「霧が…?天候のように変わるのではないんですか?」
「みーの知る限りでは何か起きなければ霧の濃度は変わらにゃいです。」
つまりこの街は今、異常だとホーリーは暗に言っていた。
学校へ行ったことのないホーリーであったが、地質や気候については学んだことがある。
というのも、彼女の主人であるレアンが教えてくれていたのだ。比較的興味のある分野だからか、学習は捗っていた。
そこで得た知識から、ホーリーは結論付ける。金雲街の霧が濃くなるのは、街の主が近くに居るからだと。
金雲街の主、マリアラコーン。それは神出鬼没の魔物。人間が街を作る前から生息していた先住民なのだ。
空気中に漂う金色の霧もマリアラコーンの仕業。
一見、停滞しているように見える霧だが、実際はそうでもない。
土地の影響もあってか、常に循環をしている。それを踏まえてホーリーはマリアラコーンが何処にいるのか、推測を始めた。
しかし、魔物は待ってはくれないようだ。
「っ!ホーリーさん、あれ、」
「マリアラコーン!?にゃんでこんなすぐ近くに!?」
彼女達の驚きを歯牙にもかけず、マリアラコーンは空へと鳴く。己の声を響かせて、始める。
人間への試練を。
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マリアラコーンの声が空気に響く。途端に、呆気に囚われた彼女達は霧に包まれて意識を失う。
目を覚ました時、ハクエは一人になっていた。一緒にいたホーリーがいない。
状況を把握しようと辺りを見渡すが、如何せん頭に痛みが走り続けている。
ズキズキと痛む頭を抱えながらも、ハクエは歩く。霧で先は見えていない。
この霧の中では、誰もが自身の存在に懐疑的になるだろう。朧げに頼りなく歩く。
何か大切なことを忘れている気がする。歩くごとに、進むごとに、彼女は自身の内で何かが擦り切れているのを感じた。
本当にこのまま進んで霧を抜けられるのだろうか。疑念が彼女の心にかかる。
そもそも霧を抜けることを目的としてよいのだろうか。いや、それ以前に自分は本当に白魔導士のハクエなのだろうか。
孤独の歩みは、猜疑心を研ぎ澄ます。
自分が白魔導士だとして。何故そんなものになって、ギルドへ入ったのだろうか。
ハクエは己の問いに答える。教師になるという夢の為に、稼ごうと考えたからだと。
ならば何故教師を志したのか。
人を導きたいからだと。
何故導きたいのか。
人は変われるからだと。
本当に人は変われるのだろうか。
彼女の疑問は問いと共にそこで途絶える。人は本当に変われるのだろうか。簡単な問いにさえ、今の彼女には分からなくない。
「変われる?ムリに決まってんだろ。俺から言わせれば、根っこが腐った奴は対処しようがないぜ?」
「そんなこと、ありません。環境が悪かった人間は、正しく導けば、きっと、」
「善き人間になるってか?どうだろうなぁ。」
誰だろう。ハクエの知らない人物が話しかけてくる。声は前後左右何処からするのか分からない。
だというのに、声だけは正確に彼女の元へと届く。
愉快そうに、軽い声は続ける。
「俺は知ってるぜ。人間は幸福の為には時として、魔物のようにもなるってな。」
「それでも、」
それでも、また歩き直せば良い。たったそれだけの言葉がハクエには出なかった。
考えが纏まらない。肌に触れるじっとりとした霧がうっとおしくて仕方ない。
返答がないのを好機として、声はまくし立てるように言葉を紡ぐ。
「どうせ人間は変わらねぇなら徒労だよな?あんたの目指す教師ってのは無意味だよな?あぁ、可哀想に。俺が同情してやるよ。」
いつの間にか、ハクエの足は止まっていた。今の彼女は、ただ声を聞き取るだけの機能しかないようだ。
ぼんやりとした頭で、声を聞く。
「そんな憐れな人間に良いこと教えてやるぜ。馬鹿で変われねぇ人間を変える力がある。それを俺は知ってる。」
カツカツと、足音がする。高いヒールだろうか。視線だけを動かしたハクエは、前からやって来る人物を瞳に入れる。
黒いローブを羽織った、男にも女にも見える人物。彼または彼女は手にヴェールを持っている。
「このヴェールを被れば、あんたの望みなんて直ぐに叶うぐらいの力が手に入る。良いもんだろ?ほら。」
差し出されたヴェールを、ハクエは無意識に手に取ってしまう。もはや、考えることなんて出来ていない。
ここで、白魔導士ハクエの意識と消息は途絶えた。




