「事の概要」
魔術結社『席連れ』を退け、休みをとったセイジは図書館へ向かっていた。理由はただひとつ、知りたいことがあるからだ。
今回戦った『席連れ』の男、トリルは草波族であった。彼が必死にもがくように戦っていた姿は、セイジにとってまだ新しい。
ふと、考えたのだ。トリルが『席連れ』に入ったのは己の出自が理由なのではないかと。
セイジは草波族が迫害されていることは知っているが、経緯までは知らない。いや、習ったはずであるが、彼の不出来な頭には残っていないのだ。
草波族というのは何もトリルだけではない。仲間であるケイヤだってそうだ。
以前、草波族の住む七林に連れて行ってもらったことがある。その時は、ケイヤが故郷を愛しているんだということだけ感じていた。
しかし、今は違う。セイジは知らないことが多すぎる。もっと、仲間のことも、世界のことも、知る必要がある。
ハリボテでない、真の強さを追い求めるセイジはそう思って図書館へ足を踏み入れた。
「おや?セイジさんじゃないですか!何かお探しですか?」
「お前は、確かケイヤの後輩…だよな?」
「はい!あっ僕の名前お教えしてませんでしたね!キサキって言います!」
人懐っこい笑顔を見せたキサキに、思わず絆されそうになり、はっとする。
確かに彼は明るく好青年といった感じだが、騙されてはいけない。
以前、2度ほどあった中で彼の趣味が中々特殊であることに気付かされたのだ。
蟻の巣に水を流し込んでみたり、人間問わず生き物の交尾を観察してみたり。とにかく、見た目にそぐわず素行がかなりアレである。
そんなキサキにやや怯えつつも、ケイヤの後輩なのでなるべく明るくセイジは接しようと試みる。
「実は草波族について調べていてな。」
「なるほど!それなら幾つか本を読んだほうが良いですね!偏るといけないので!確かあの辺りにあります!ご一緒してもいいですか!」
「あ、あぁ。よろしく。」
エネルギッシュなキサキに押されつつも、的確な選書のアドバイスを受けて、本を探しに行く。
草波族についてあまり詳しくないと考えて、なるべくフラットに知ってほしいと考えたキサキはポンポン本を紹介していく。
本当に、趣味嗜好以外は完璧だと、セイジは感じるのだった。
―――――――――――――――――――――――
キサキに紹介された本を読み終えたセイジは要領を得ない調子でありながらも、何とか頭の中で整理をする。
とりあえず、過去に草波族に関する大きな出来事があったということは頭に入れた。
出来事の名は『マルジノー征伐』。マルジノーとは悪辣な辺境人を指す言葉であり、無論、草波族のことである。
本来、マルジノーという言葉はただの辺境人を示していたのだが、時が経つに連れて変わったようだ。
『マルジノー征伐』は文字通り、国から依頼を受けた認定ギルドが草波族を一掃した出来事。今から十年以上前に起こった出来事である。
セイジはかなり大事になったのではないかと考えたが、どうやらそうではないらしい。
近隣住民や『マルジノー征伐』参加者は未だ草波族への偏見を持つものの、そこから離れれば後は皆無関心だ。
そんなこともあった、という具合だそう。しかし、当の草波族では『マルジノー征伐』の影響もあり、認定ギルドや国への不信感は拭えていない。
なんとも難しい問題だとセイジは思った。恐らく、一個人ではどうしようもない。それでもやはり、知ることは大切だと感じる。
「どうですかセイジさん!知りたいことは知れましたか!」
「あ、あぁ。おおよそはな。だが何とも難しい問題だな…。」
「ですよねぇ!でもだからこそ、僕は魅力的だと感じます!」
「み、魅力的…?」
図書館ということもあり、少しボリュームダウンをしているキサキ。それでもやや騒がしく思える。
彼の魅力的という言葉に引っかかりつつも、セイジは己の知見が広まるのを感じた。
壁にある広く縁取られた窓から外を見る。どれ程時間が経ったかと確認したかったが、あまり経っていないらしい。
昼には早いので特訓でもしてこようか。そう考えて、キサキの方を向く。
すると彼は何やら真剣な眼差しで本に目を向けていた。
一体、彼は何に真摯な視線を注いでいるのかと気になって覗いてみると、感心と後悔が同時にやって来る。
彼の読んでいた本は生き物の身体に注目した図録であった。見た瞬間は、生物の身体構造に興味があるのだと感心したが、忘れてはいけないことがあるのだ。
彼の趣味が生物の交尾観察ということ。つまり、この熱心さも趣味の延長だろう。有効活用すればものになると思うが。
引き気味に見つめていたのを気付いたキサキは、すかさずセイジへ迫る。
「もしや、セイジさんも興味あります?」
「い、いや。俺は遠慮しておこう…」
「そう言わず!僕もはじめはそうでした!ですが知れば知るほど面白いんですよこれが!そうですねぇ、まずは実際に生命の誕生の瞬間を…いや、やっぱり育まれる時を見てもらいましょうか…。」
ブツブツと思案し始めるキサキ。このままではセイジも交尾観察につきあわされてしまうかもしれない。
ないとは思うが、それで価値観が一変してしまうかも。いい意味というか、悪い意味でというか。
まくしたてられたセイジは密かに、ケイヤへSOSを送るのだった。先輩としてどうにかしてくれ、と。
まぁ届くはずもないのだが。




