復讐の果て …メッサーシュミットBf109戦闘機
メッサーシュミット Bf109G
最高速度:621km/h
武装:13mm機銃×2、20mm機関砲×2、30mmモーターカノン×1
乗員:1名
ドイツ空軍の主力戦闘機。
第二次大戦開戦前から第三帝国崩壊のその日まで、改良に改良を重ねて主力機の座を保ち続けた。
西部戦線ではイギリス軍の『スピットファイア』、東部戦線ではソ連軍のYak戦闘機などのライバル相手に奮闘し、352機撃墜のエーリヒ・ハルトマンを筆頭に多くのエースパイロットを生んでいる。
航続距離が短いためイギリスへの遠征では苦戦を強いられたが、それは運用上のミスであり、戦闘機としての性能は非常に優れていた。
弱点として、主脚構造が脆弱で離着陸時の事故が多発したことが挙げられる。
このG型は後期の主力であり、多数のバリエーションが存在した。
…………
……
…
私はドイツ空軍少佐・ハインツ・マインホフ。
バトル・オブ・ブリテンの時から、私は自機の機首に鷲の爪を模したエンブレムを描いていた。
働きが目立つようにと思ってのことだ。
私の撃墜数は96機……東部戦線の連中には100機や200機墜としている奴らもいるが、イギリスの『スピットファイア』やアメリカのP−51を相手にする西部戦線では、これは優れたスコアなのだ。
私は軍人としては、騎士道に忠実だったと思う。
ついこの間までの話だが……
……1945年 2月……
「馬鹿な……ドレスデンが……」
目の前に広がるのは、瓦礫と化した我が故郷。
そして、黒焦げになった私の恋人の体。
「何故だ……この街に軍事施設など……」
文化遺産が誇らしげに立ち並び、エルベ河畔のフィレンツェと呼ばれた古都・ドレスデン……
ドイツ第三帝国の敗北がほぼ確定した今になって、連合軍はこの街に無差別爆撃をかけた。
軍事的な目標など、何も無いというのに……
「ハンナ……嘘だと言ってくれ……何故お前まで……」
……私はひたすら噎び泣いた。
涙はやがて枯れ………憎悪へと変化した。
そして今。
私はBf109G−6を駆り、米軍爆撃機B−17の大編隊を追っている。
我々の任務は護衛機のP−51を撃墜し、爆撃機へ挑むFw190の道を開くことだ。
僚機のフリッツと編隊を組み、スロットルを開く。
「フリッツ、しっかりついてこい!」
《了解!》
Bf109は航続距離が短いため、イギリスへの侵攻作戦時は苦戦を強いられた。
しかし迎撃戦なら、大量の燃料を積んだ敵の護衛機よりはむしろバランスがとれている。
加えてパイロットの体力的な余裕もある。
機を加速させ、P-51に下方から食らいつく。
最も見つかりにくい位置からの奇襲だ。
戦闘が始まったのに直進飛行を続けていることから、敵のパイロットは大した奴じゃないことが分かる。
勝ち戦に驕って新米を出してきたか。
「恐怖を教えてやる!」
丁度コクピットの位置に当たるように、機銃を撃つ。
徹甲弾が装甲を貫通し、パイロットをやられたP-51は錐揉みしながら墜ちていった。
他のP-51は慌てて散開、こちらの背後を取ろうとする。
だが今更遅い。
適当に蹴散らしてやれば、Fw190隊の道は開ける。
「ふん!」
次のP−51に食らいついて、撃つ。
今度はかわされたが、カバーに入ったフリッツが攻撃をかけた。
フリッツの機銃弾が命中し、P−51はエンジンから火を噴く。
「フリッツ、まだ飛んでいるぞ! とどめを刺せ!」
《奴はもう戦えません! 放っておけば墜ちます!》
「馬鹿者! パイロットが生きている限り、勝ちにはならん!」
フリッツは優秀だが、まだ甘さがあった。
バトル・オブ・ブリテンの頃の自分を見ているようで、苛立ちを覚える。
私はよろよろと飛んでいるP−51にとどめの一撃を食らわせた。
燃料に引火して爆散するP−51……脱出は無い。
《少佐……!》
「これが戦争だ、フリッツ!」
……それからしばらくして、基地から帰投命令が出た。
Fw190部隊は、20機近くのB−17を撃墜した……たが、まだ数十機が爆弾を抱えて飛んでいる。
「くそっ!」
意地でも叩き落としてやりたいが、燃料も弾ももう僅かだ。
ならば、『別の物』を狙うしかない。
「……見つけた」
撃墜されたB−17の搭乗員たちが、パラシュートで脱出し空中に浮かんでいた。
奴らを生かして帰せば、また爆撃機に乗りやってくる。
私はパラシュートに接近し、照準を合わせ……引き金を引く。
軽快な発射音の後、パラシュートは20mm弾に引き裂かれ、のろしのような帯状の形になった。
速度制御の機能を失い、ぶら下がっている兵士と共に地上へと墜ちていく。
《少佐! お止めくださ……!》
「やかましい!」
私は通信を切ると、次のパラシュートに照準を合わせて、撃つ。
厚い装甲と大量の銃座に守られた爆撃機に乗っているならまだしも、パラシュートで降下中では恐怖を感じることしかできまい。
地面に叩きつけられて、汚らしい肉片となるがいい。
「貴様等の爆撃で死んだ民間人の気持ちを、少しは味わえ!」
…………バトル・オブ・ブリテンの頃、ドイツ空軍のパイロットは誰もが騎士道を胸に戦っていた。
戦闘機乗りは傷ついた敵機を撃墜して手柄を立てるのを恥とし、急降下爆撃隊も爆撃目標を見失った際には民間人に被害が出るのを防ぐため、爆弾を無責任に投棄することはなかった。
私もそうだ。
ドーバー海峡で、被弾して辛うじて飛んでいる英軍機と遭遇したとき、わざわざ敬礼までして見逃した。
後1機墜とせば撃墜数10というところだったが、手負いの敵機を墜として手柄を立てることを、私のプライドが許さなかった。
しかし、我が軍の爆撃隊がロンドン市街を誤爆したことにより、戦争は変わった。
連合軍が報復としてベルリン夜間爆撃を実行し、民間人の犠牲も厭わぬ無差別爆撃の時代が始まったのだ。
戦争には善悪も、人道も無い……しかし連合軍は何の軍事目標も無いドレスデンを爆撃し、生きている一般市民には片端から機銃掃射をかけた。
神が彼らを裁かぬと言うのなら、私はむしろ悪魔に魂を売ろう。
否……戦乱の世で神の存在を求めることが間違いなのだ。
「二度とドイツの空を飛ぶな!」
3つ目のパラシュートを撃った。
機を横滑りさせて、4つ目を狙う……が。
突如フリッツの機が、立ちふさがるように私の機の前へ出た。
「フリッツ! 邪魔をするな!」
通信機を入れ、怒鳴る。
《お止めください、マインホフ少佐! 我らルフトバッフェの誇りは何処へ行ったのですか!?》
「誇りだと!? そんな物で国が守れるか! 敵兵を一人見逃せば、その分だけ罪もない民間人が死ぬ! それが今の戦争だ!」
《そんな時代だからこそ、我々だけは誇りを守るべきです!》
「くどい! そこをどけ! まとめて撃ち落とすぞ!」
だがその時、別方向から曳光弾の光が飛来した。
私は咄嗟に機を反転させる。
「新手か!」
後方から飛来する四機の戦闘機……イギリス空軍の『スピットファイア』だ。
フリッツ機が攻撃を受け、煙を噴く。
「フリッツ!」
《少佐……どうか……! 誇りを……我らの誇りを……!》
その言葉を最後に、通信は途絶えた。
フリッツの安否を確かめている暇はない。
今の攻撃は未来位置を見越しての、正確な射撃……手練れだ。
「くっ!」
機体を垂直にし、急旋回する。
敵の隊長機は私を追い越さないよう、速度を落として半径の大きい旋回で食らいついてきた。
燃料が心配だ、上手く振り切ることを考えなくては。
だがパラシュートを追って降下してきたため、この低高度で急降下はできない。
他の仲間はすでに飛び去ってしまったようだから、援護も頼めない。
私は緊急用のメタノールブースターのスイッチを入れ、機首を上げた。
エンジンの出力が上がり、機体は上昇する。
……しかし。
鈍い音の直後、エンジンが黒煙を噴いた。
「な……っ!」
見越し射撃を喰らったのか。
急上昇する私の機の未来位置を予測し、更に地球の重力による弾道変化まで計算に入れての攻撃。
こんな芸当のできるパイロットが、連合軍側にもいたとは……。
「……これまでか」
エンジンの出力が落ち、私は辛うじて機体の姿勢を保っていたが、もう逃げられない。
かといってパラシュートで脱出するほど、私は虫の良い人間ではない。
憎しみに駆られて冷静さを失い、部下さえも巻き込んでしまった。
死の間際にあって、私は不思議と冷静だった。
考えてみれば私も、長く飛びすぎたかもしれない。
いい加減に疲れた。
これだけの強敵に墜とされるなら、文句はない。
これで、私も……。
「……?」
『スピットファイア』は、なかなか私にとどめを刺さない。
機銃が故障したのだろうか。
突然、隊長機と思われる『スピットファイア』が、私の真横に並んだ。
パイロットは風防を開け、私の方を見た。
「!」
その男は、以前私がドーバー海峡で見逃したパイロットだった。
私の機体のエンブレムを覚えていたのか。
彼は私に敬礼をすると、機を反転させた。
他の『スピットファイア』もそれに続いて、飛び去っていく。
……あの頃の私への、返礼ということか。
私は死に損なった。
神とやらの悪戯か、それとも悪魔からも見放されたのか。
私にこれ以上、何処へ飛べと言うのだ……?
…
さて、フォッケウルフFw190と双璧を成すドイツ空軍主力戦闘機・Bf109です。
問題を抱えながらも改良を重ね、最期までドイツを支え続けた名機です。
作中に書いたように、どちらかというと迎撃戦闘機に向いていたようです。
バトル・オブ・ブリテンでは航続距離の短い機体に無理矢理爆撃機に随伴させようとしたのですから、これは傭兵側のミスでしょう。
連合軍のドレスデン爆撃は本当に悲惨なものでした。
軍事施設などなく、様々な芸術品が保管されている古都に対し、しかも戦争の趨勢がすでに決まっていた時期に行われたこの爆撃は、ナチスを憎んでいたイギリス国民からも非難されました。
血で血を洗う、戦略爆撃の応酬……結局のところ、戦争に正義など無いのでしょう。
春秋に義戦無し、という中国の故事もあります。
しかしそんな世界だからこそ、兵士達は誇りを求めるのかも知れません。
さて、次回は究極の短距離離着陸機・フィーゼラーFi156『シュトルヒ』を、と思っております。
なにせ観測・連絡機ですので、メッサーシュミットなどに比べればかなりマイナーですが、私としてはかなり好きな機体です。
では、失礼します。