04 不運の星の下
倒したワイバーンの後処理を衛兵に頼み、オウルシティの城壁の内側に入る頃にはすっかり日は暮れていた。ロイゼルの指示の下、金になりそうな部分は剥ぎ取ってはいたが、そのままにしておくわけにもいくまい。
早めに探した方がネックレスの見つかる可能性は高いと思うが、もう店も閉まってしまうだろう。
「アンラックの泊まっていた宿はどこ? 今日の宿泊代は足りそう?」
アンラックは小銭入れを開き、あたふたと中身を確認する。
「〈幸運の分量〉亭に泊まっていました。1泊だけならお金も足りそうです。」
〈幸運の分量〉亭は南門の近くにあり、そこまでアンラックを送ることにする。
安全宣言が出されたこともあり、日が沈んだにも拘らず通りの人も多く行き交っている。天秤の看板が目印のその宿に入ると中も人が多く、特に観光客や行商人の多さが目立つ。
幸いにもアンラックが泊まっていた部屋はまだ空いていたようで、今夜もそこに泊まれるそうだ。
「明日朝一で迎えにいくから準備しとけよな。ちゃんと泊まった部屋の中も探しておきなよ」
ロイゼルがアンラックの背中をぺしぺしと叩く。
「すいません、色々とありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げるアンラックに手を振り、私たちはよくある漆喰塗りの建物を出た。
さて、この時間に済ませられる用事は魔術師ギルドへの依頼報告と、衛兵に落としものが届けられてないかを聞くぐらいか。
「私とJJは魔術師ギルドに行くとして、誰か衛兵の詰所にネックレスがないか聞きに行ってくれない?」
「盾を売るんだろ? 商人に売って、よく分かってない奴に回されたら危ないから、少し値は下がるが魔術師ギルドで売ろうぜ。だから僕も魔術師ギルドに行かないとな。詰所はティントとシェーラに任せていいか?」
ロイゼルの言葉に私は力強く頷く。間違いない。あの赤い盾は危険だ。
そしてティントとシェーラも軽く頷く。頷く顔の高さの差がすごい。
「別に構わないわよ。なんでLが魔術師ギルドに行くのが前提になってるのかは分からないけど」
「依頼主の話に興味があるからに決まってる。飛空都市の研究! ロマンが詰まってるなあ」
「はいはい」
ついつい拳を振り上げ、声が大きくなる私に、ティントは呆れ顔。しっしっと私を追い払うように手を振る。
飛空都市に熱くならないとか、ティントは冷めてるなあ。
というわけで、私たちは二手に分かれ、用事を済ませたら明朝〈幸運の分量〉亭で合流することにした。
雲が太陽を覆い隠す今日のような朝は、薄暗く気分が沈むという人もいることだろう。まあ、私には縁のない話だ。
まだ雨の匂いもしていないし、体を動かすにはむしろベストな天候だ。
仲間たちも今日も絶好調。JJは肩に乗せた箱から流れる音楽に合わせて体を揺らし、ロイゼルは〈幸運の分量〉亭の玄関近くの柱に寄り掛かり腕を組んでクールを演出している。
ティントはシェーラに両脇を抱えられ持ち上げられている。遠目に見える人の列が何なのか気になって、ぴょこぴょこ飛び跳ねているティントを、シェーラが勝手に持ち上げたのだ。
なんでもモチモチした食感の甘味が入った飲み物が流行り始めたらしい。前に試したことがあるが食感が気持ち良くて、結構おいしい。
ティントは顔を赤くして「もういいから、下ろしなさい」と言うが、シェーラはいたずらっぽい瞳をして、構わずティントを左右に揺さぶっている。
ほのかに漂うバラの香り。エルフは揺するとバラの香りがする。勉強になるな。
勉強といえば、昨日は中々有意義な話が聞けた。飛空都市のように物体を常に飛ばせ続けるには、自律的に魔力を巡らせられなければいけないらしい。外から魔力を籠める形だと手のひらサイズの粘土でも数分しか浮かんでいられないと実演してくれた。
依頼に関しても納得してくれて、資料とロイゼルが記した地図を受け取り、依頼料を予定通りに支払ってくれた。アイアンゴーレムに関しては対処できるか研究してみるらしい。実に優秀な研究者だな。
赤い盾も銀貨300枚で魔術師ギルドに売り払えたし、さっぱりした。
一方ティントたちはネックレスに関する情報は何も得られなかったようだ。残念。
「すいません、お待たせしました」
アンラック君本日二度目の登場。
一度目は出てくるなり店前の清掃をしているおばちゃんに水をかけられ、着替えに戻ることになってしまった。晴れていれば乾かしながら行っても良かったんだけどね。
「今度は水を浴びるなよー」
笑いながら言うロイゼルに、アンラックは真面目な表情で「頑張ります」と答える。
頑張るような事なのかなと思うが、アンラックは店を警戒しながら進んでいく。変な動きになってるぞ、大丈夫かな。
心配していると、案の定アンラックはガニ股で周囲を威圧しながら歩いてくる見るからにガラの悪い兄ちゃんに思い切りぶつかった。
勢いよくぶつかられた兄ちゃんは少しのけぞり、すぐさまアンラックの胸ぐらを掴む。
「てめえ、どこに目をつけて歩いてんだ!」
「ひい、ご、ごめんなさい」
アンラックの腕が雲を掴むようにあわあわと動く。
「ベタだなー」
思わず声が漏れてしまう。
私の声に釣られ兄ちゃんはギロリとこちらを睨む。そして目を見開くとギギギと顔の向きを変え、シェーラの姿を確認する。顔を青ざめさせた兄ちゃんは、アンラックの胸ぐらからパッと手を放し、アンラックの服をパシパシと叩き整えた。
「よし、もう行っていいぞ坊主」
兄ちゃんは作り笑いを浮かべ、そう言うと回れ右をした。
「まあ、待て待て、ヨシュア君」
私はガラの悪い兄ちゃんことヨシュアを呼び止める。ヨシュアは振り返ると汗でテカっている顔を無理矢理笑みの形にする。
「やあ、Lにシェーラ、奇遇だなー。あ、いま、なんかそれとなく用事っぽいものを思い出したような気がする。名残惜しいけど行かなくちゃなー」
「傭兵団の人間が一般人に絡んだらいかんでしょ」
「とんでもない! ぶつかった相手が怪我をしてないか心配しただけですって」
私が冷たく言うと、慌てて左右に両手を振るヨシュア。傭兵団の若手である。
傭兵になるような奴は荒くれ者ばかりなので、このようなことは良く起こる。なので一般人に手を出すようなことは傭兵団で固く禁止されている。
ヨシュアは私とはそれほど面識があるわけではないが、シェーラは最近まで傭兵団に所属していた。年齢はヨシュアの方が上だがシェーラの方が先輩なので、その強さは身に染みているだろう。
「嘘はいけないよヨシュア君。そんなに元気が有り余ってるならバウディス先生に鍛えてもらいなよ」
「……(歩き方が悪いから、先生に矯正してもらえ。戦場で生き残れないぞ)」
「勘弁してくださいよ。あのおっさんのしごきは戦場よりきついんですよ。せっかくのオフの日なのに」
シェーラの視線を受け、ヨシュアは卑屈な表情で訴える。普段からあの歩き方をしているわけではないと思うが、シェーラに対してそのような言い訳は通用しないことは理解しているのだろう。
シェーラが更に「……(日々の鍛錬が生死を分ける)」と目で語ると、ヨシュアは「分かりましたよ」とため息をつき、バウディス先生の道場の方角へと去っていった。
「助かりました。怖い方とお知り合いなんですね」
アンラックは胸をなでおろし、私たちを見つめる。「まあ、冒険者だからね」と軽く答え、再度ネックレスの手掛かりを求め、アンラックの昨日の経路をなぞる。
「いつまで持ち上げてるのよ! さっさと下ろしなさい!」
シェーラに抱えあげられているティントは、顔を真っ赤にして手足をばたつかせた。




