竜族の現状
こちらの世界でも、俺は母親を失ったということ。
それは悲しいことだ。
しかしそう思ってはいても、眠り続けていたリムドはイザリアの顔を見たことがなく、実感が薄い。残酷な話だが、涙は流れそうになかった。
「俺の父親は……皆の口ぶりから察すると、もういないんだろうな」
俺を王子と呼ばず、王と呼ぶ。
そしてイゼンは王が不在のため、その代理を務めていた。
ならば、訊かずとも明白だろう。
「はい……先代の王、フラニス様は昨年、賢族共の卑劣な手によって、命を奪われてしまいました」
イゼンがそう説明する。
母イザリアと違い、父フラニスはつい最近まで生きていたらしい。
だがどちらにせよ、俺は顔を見ることができなかった。
もし、俺があと少し早くこちらの世界に来ていたら、せめて父とは会えたのだろうか。
仮にそうであったとしても、もう実現はしない。人生は結果を突きつけられるばかりで、過去に戻り、やり直すことなど不可能なのだ。
とにかく今は、感傷に浸っている場合でもないだろう。
「俺の両親の墓はあるか?」
「城の裏手にございます」
「そうか。なら、後で行くとしよう」
「フラニス様もイザリア様も、お喜びになられるでしょう」
竜族も死者を埋葬し、死を悼む。
ツノが生えていることや瞳が爬虫類じみているという特徴はあれど、やはり人は人であり、思いやりのある生き物なのだろう。
さて、両親の話は一旦終わりだ。
ただ本題である竜族と賢族の話に移る前に、一つ確認をしておく。
「俺はずっと眠っていたらしいが、その間の食事等はどうした」
食事だけではない。入浴や着替え、そして排泄関連だが……。
これといって自分の体臭に不快感はない。
排泄に関しては、何も飲まず食わずならば生成されないのでは、と思う。ただ、二十年どころか一日すら飲食を絶ったことはなかったので、実際どうなるのかは分からない。
何にせよあのメイドか、あるいは他の誰かがずっと俺の世話をしてくれていたのだろう。
「食事に関しましては、眠っておられるリムド様に関しては必要ございませんでした。それ程までに、リムド様のエーテル自然回復量が膨大であったのです」
「そのエーテルとは、何だ?」
「アリル、説明を」
イゼンは隣にいるアリルに目配せし、それにアリルが応じる。
「はい。エーテルとは、簡潔に言いますと全ての生物が持つ生命エネルギーのことです。我々竜族はエーテルを消費し、竜の力を行使することができます。今我々は人の姿ですが、『竜化』や『半竜化』によって全身、もしくは身体の一部を竜と成すことが可能です。そして現在我々が敵対している賢族は、エーテルを消費して『魔法』と呼ばれる術を扱うことができます」
その魔法とやらに、竜族は苦しめられているらしい。まだ実際に目にしたことはないが、今の状況から推察するに厄介なのだろう。
アリルの説明は続く。凛とした声が、聞いていて心地良い。イゼンも渋い声でよかったが。
「人は生命活動を維持するため、竜の力や魔法を行使せずとも常に、少しずつエーテルを消耗していきます。消耗したエーテルを回復する方法は、基本的には食事です。そして食事よりは回復量が劣りますが、睡眠によっても回復ができます。この食事と睡眠は、本来どちらも欠くことはできないのですが……」
竜の力を使えばより多くのエーテルを消費するのだろう。
そうなると失ったエーテルを回復するため、いつも以上に食べるか、より長く眠る必要があるということか。
食べなければ生命を維持できず、やがて死に至る。
エーテルという言葉に置き換えてはいるものの、それはこの世界に限らず元の世界でも、生き物として当たり前の仕組みだった。
「つまり、俺は眠り続けることによってエーテルを回復し続け、生命を維持できたということか」
そこが俺の知っている生き物とは異なる。
竜族は眠っているだけで生きていられる。
それどころか、しっかりと成長しているのだ。
「リムド様のおっしゃる通りなのですが、補足させていただきます。確かに睡眠によりエーテルを回復することは可能なのですが、ならば眠っている限り食事が不要、ということには本来なりえぬのです。空腹状態となれば、身体は生命を維持するためにエーテルを消費するようになります。その消費量は、睡眠による回復量を上回るはずなのですが、リムド様は違いました」
「イゼン。お前が言うには竜族は通常、俺のように二十年眠り続けながら生命を維持し続けるのは不可能だということか?」
「その通りでございます。他種族よりも群を抜いてエーテルの総量、及びその回復力に優れる竜族でも、食事をせず体内で生成するエーテルのみで生き続けるというのは、同じく王の血統であられる先代のフラニス様でも不可能だったと思われます」
どうやら先程の竜族は眠っているだけで生きていられるというのは、俺の思い違いだったようだ。
竜族も人間と同じく、食わねば餓死する。
だがこの俺、リムドがその常識を覆したらしい。
王族だから可能かと思いきや、イゼンが言うには父フラニスにもできなかっただろう、と。
とにかく、このリムドという身体は尋常ではない力を持っている。
俺はまだ竜族としての力を何ら発揮してはいないが、既にそう実感しつつあった。
「俺自身のことは大体把握した。次は、竜族の現状について知りたい」
苦境に立たされているという、俺たち竜族の現実は今どうなっているのか。
「それにつきましては、実際に見ていただくのが一番かと。リムド様、あちらの窓際まで来ていただけますか」
そう言うとイゼンは立ち上がり、窓のある方へ行く。
外を見てくれ、ということらしい。
玉座から立ち上がり、イゼンのいる窓際へ行く。その俺の後ろをアリルが続いた。
「あれをご覧ください」
窓から見えるのは広大な森。遥か遠くまで続いている。
そしてその森の中、この城から数キロ離れた先に、明らかに不自然な人工物があった。
「あれは、塔……か?」
暗い青色をした塔が、自身の存在を主張するかのようにそびえ立っている。
距離があるため正確な大きさは測りかねるが、森の木々と比べると倍以上も背が高い。
ここからだと小さく、そして長細く見えるが、それは遠近感による錯覚だ。実際のあれは、かなり巨大な建造物とみていいだろう。
「今は日が昇っておりますので分かりにくいのですが、あれは青く発光しております。夜の暗闇でも、はっきりとそこにあるのが分かるほどです」
忌々しげに語るイゼンの口調から、あれが竜族にとって良くないモノであるということが伝わってくる。
俺は、問う。
「あれは何だ?」
「あれは賢族が我々を騙し建造した魔法の発生装置です。奴ら賢族は『エーテル・タワー』と呼んでいるようですが……。あの塔は全部で八つあり、我々竜族の住むこのラド村を、円を描くように取り囲んでおります。その八つのエーテル・タワーによって、竜族は『檻』の中に捕らわれているも同然なのです……」
説明するイゼン、そして静かに佇むアリルの表情は暗かった。
なるほど。
俺が為すべきことが見えてきた。
あの塔を、俺は破壊しなければならない。




