目覚め・2
遅れてやって来た白髪の女は、既に集まっている人々の間を通り最前列まで出てくると、イゼンの隣で跪いた。
「リムド様、こちらの女はアリルといいまして、今は賢族討伐隊の副隊長を任せております」
イゼンが紹介したこのアリルという女だが、このアリルを一目見た瞬間から俺には思うところがあった。
なんというか、気の強そうな目のあたりが、俺のよく知る人物の雰囲気にそっくりなのだ。
「我らが王リムド様のお目覚め、心よりお待ちしておりました。どうか、我々竜族をお救いください」
アリルが言う。
雰囲気は似ているが、やはり顔や声、話し方は違う。
まあこの話は後で考えるとして、今はアリルやイゼンと話をするべきだな。
賢族や竜族に関しても説明が欲しい。
「救う? 何かまずい状況になっているのか。詳しく話してくれ」
「はい。ですがリムド様、まずはお食事になさってはいかがでしょう。恐らく、かなりの空腹かと思われますが……」
イゼンにそう言われ腹に意識を向けてみると、確かに胃の中が空っぽに感じる。
だが飢餓状態、ということもない。
俺は二十年眠っていたそうだが、その間食事はどうしていたんだ?
「腹は減っているようだが……」
俺の言葉を訊くや否や、アリルが動いた。
「料理長、すぐに食事の用意をしてください。我らが王が満足されるよう、食材は惜しまぬように」
「かしこまりました」
アリルがその場にいた鎧を着用していない男に指示を出すと、その男は周りの数名を連れて部屋を出ていった。どうやら厨房のスタッフらしい。
この場は一旦解散となり、皆は退室していった。
食事ができるまでの間、俺は部屋に残ったメイドに衣装をチェンジしてもらうことになった。
それもそうだ。この黒いガウンは、明らかに寝巻だからな。
「リムド様、先程はノックもせず突然お部屋に入ってしまい申し訳ありませんでした」
「いい、許す」
アリルやイゼン達からも、部屋を出る前に謝られた。皆、よほど気が動転していたらしい。
これに関しても、俺は咎めなかった。
まだ王様としての実感が薄いというのもある。
だがそれ以上に、俺が王様になるとしたら、優しい王になりたいと思う。
だからちょっとした事に目くじらを立てることはしない。
「終わりました」
お召し物とやらへの着替えが完了したようだ。
「ああ、ご苦労」
救ってほしい、とアリルから頼まれた。
そしてそれは、ここに暮らす人々の総意なのだろう。
まだ現状は殆ど分かっていないが、俺は救ってやりたい。
俺はずっと眠っていたから、皆とはまだ出会って間もない。
だが俺が生まれてから今まで眠っていた間、皆は俺の世話をし、見守ってくれていたのだ。
だとしたら、その恩は返すべきだろう。王として、人として。
俺は救世主になる。
そう決意し、姿見で自分の姿を確認した。
「…………」
俺のツノに合わせているのか、黒く刺々しい鎧だった。
これじゃ救世主というより、魔王だ。
いや、これはこれでいいんだけども。
なんというか、これではとても悪い奴みたいだ……。
着替え終わった後、そのままメイドに食堂まで案内された。来る途中の廊下や階段、そしてこの食堂と、何から何までスケールがでかい。ここは城だというのだから当然なのだが。
席について、料理が運ばれてくるのを待つ。
食事と聞いて、一体どんな料理が出てくるのか想像もつかなかった。
例えば虫などのゲテモノ類を出されたら非常に困る。味はさておき、口に入れたくないというのが正直なところだ。幼い頃は平気で昆虫を手掴みしていたが、いつの間にかそういった行為には抵抗を覚えるようになっていた。
だがどうやら、要らぬ心配だったらしい。
白いテーブルクロスの上に並べられたものを、それぞれ味わう。
何の肉かは分からないが、やたらと固く噛み応えのあるステーキ。しかし肉の味が濃厚で美味い。
葉菜類であることは間違いないが、ドレッシングもかかっていないのに不思議とジューシーなサラダ。見た目は生野菜だというのに、食感は果物に近い。
赤いスープ。具は見当たらない。辛そう、もしくはトマトかと思い口に運んでみれば、甘い。ただトマトの甘酸っぱさとは違う、もっと優しい甘さだった。
そもそもこの世界にトマトがあるのかどうかもまだ不明だが。
他にも幾つかの料理を出されたが、感想については割愛。
俺は用意された料理全てを完食した。
基本的にコンビニ、ファミレス、牛丼チェーン店をローテーションして食事を済ませてきた俺にとっては、新鮮な味ばかりで大満足だ。
やはり手料理というのは、良いものだな。
「美味かったぞ。特に、この肉料理が気に入った」
「お口に合いましたか。でしたら今後も肉料理を中心にご用意いたします」
メイドと共にずっと俺の傍で見守っていた料理長に礼を言って、席を立つ。
ちなみに料理長はこの食事中、ずっと緊張しながら俺の様子を窺っていた。不味いと言われることを恐れていたのかもしれないが、俺の言葉にほっと胸を撫で下ろしたようだ。
「アリルとイゼンは玉座の間で待っているのだったな、ではメイド、案内してくれ」
「かしこまりました」
そして、玉座の間。
華美な装飾を施された玉座に腰を下ろす。既に待機していたアリルとイゼンは、俺の前に跪いている。俺はその二人を少し高い位置から見下ろしている状態だ。
俺としては話し合いなら適当な空き部屋で十分なんだが、身分というのはその辺りを不自由にする。
王様の権限で少しマナー関連を緩くしてもいいが、そうすると王としての威厳がどうこうという話になり、周囲から反対されるのだろう。
「まずは俺の事を簡単に説明してくれ」
「はっ。では私がご説明させていただきます」
俺の言葉にイゼンが応じる。やはり見たところ、発言権はアリルよりイゼンの方が上のようだ。
イゼンは俺の代理と言っていたので、実質ここのナンバー2なのだろう。
「リムド様は二十年前、母イザリア様の胎内からお産まれになりました。しかしその時から既に、赤子であったリムド様は眠ったまま目を覚まされなかったのです。呼吸はしっかりとしていたのですが、まるで魂がそこに入っていないかのようでした」
そうして今日に至るまで、この身体はずっと眠っていたということか。
「そのイザリアという俺の母親は、今どこに?」
俺の質問に、イゼンとアリルが表情を暗くさせる。
それだけで、俺にも想像がついた。
「イザリア様はお身体が弱く、リムド様を産まれた翌年に、病で亡くなられました」
「…………そうか。せめて一目、会いたかったが」
病で命を落とした、か。
俺の、リムドではなく境竜一にとっての母親と一緒じゃないか。




