第71話 初めての共同作業?これが最初で最後ですわ。
「今、なんと言った?」
法廷に突然訪れた伝令によって、その場の空気は一変した。
皆が固唾をのんでその伝令とエドワードのやり取りに注目している。
「は、はい!先ほど後宮の女官が後宮の門にいる衛兵の所に駆け込み、シャーロット妃が何者かに襲われ危篤のため、すぐに助けてほしいと叫んでいました。で、ですが、陛下も、フランドール様も、サリンジャー様もおられないため、後宮に兵を送り込むことが出来ず…」
シャーロットが襲われた、という言葉に何人かの視線がジュリアの方に注がれているのが分かる。エドワードもそれを感じ取り、叱責しようとするが、ジュリアは首を振り、制止した。
「陛下、今はそのような時ではございません。一刻も早くシャーロット様の所へ向かわねば!」
「だが、しかし、この者たちはこの期に及んでそなたを疑っておるのだぞ?放っておけるか!」
(いやいやいや、この期に及んでは、貴方様の方ですわ!わたくしへの疑いよりも今はシャーロット様の安否の方が大事ですのに…仕方がありませんわね)
「――裁判長様!」
意を決したジュリアは高らかに裁判長へ向かって叫んだ。
「このような一大事にわたくしごときに時間を割いている場合ではございませんわ。陛下には一刻も早く後宮へ向かって頂かなければなりません」
「そ、そうですな。裁判は一旦休廷ということにしましょう」
当然裁判長もジュリアに同意し、裁判を切り上げる。
「それと、わたくしも陛下と共にシャーロット様の所へ伺いますわ」
「そうですな…って、え?!」
声に出して驚いたのは裁判長だが、周りの聴衆たちもこのジュリアの発言にはありえないという表情でジュリアを見ている。そして、口々にジュリアを罵り始めた。
「罪人が陛下と行動を共にするだと?」
「そもそもシャーロット妃を襲ったのは薔薇妃ではないのか?」
「後宮を出ていくと言ったそばから後宮に行こうとするなんて、どこまで傲慢なんだ」
等々。学習しない彼らにジュリアは頭が痛くなった。彼らがジュリアを罵れば罵るほどエドワードの機嫌を損ねていくのがまだ分からないのか。案の定、せっかくジュリアが窘めたのに、すっかりエドワードの頭はジュリアの悪口を言った聴取たちのことで一杯になっていた。
「貴様ら、どうやら命が惜しくないようだな。その無礼なことばかり紡ぐ口を切り刻んでやるっ!!」
「陛下!!!」
今にも飛び出しそうなエドワードの裾を掴み、なんとかとどめることが出来た。
「皆様、わたくしに思うところがあるかと存じますが、断じて、わたくしはシャーロット様に危害を加えてなどいませんし、そのつもりもございませんわ!信じてほしいとまでは申しませんが、もし、シャーロット様の身が危うい状況なのであれば、わたくしがお助けするのが1番良いと、思っております。わたくしを疑わしく思い、罰したいのであればいくらでもお相手致しますが、それは今ではございません。…さぁ、陛下、行きましょう!」
ジュリアは掴んでいたエドワードの裾を放し、今度は手を握って法廷から去ろうとした。
「ば、薔薇妃様!手枷をされたまま行かれるのですか?!」
後方から裁判長が言っているのを聞いて、「あぁ」と気づいたジュリアは腕に力を込めて、文字通りその手枷を力ずくで引きちぎった。
その光景に呆気にとられている観衆に向かってにっこり微笑み「では、ごきげんよう」と言い放つと、再びエドワードの手を引っ張って法廷から出て行った。
「陛下。大賢者様は何をなさっておいでなのですか?」
移動魔法を使いながら後宮へ向かう途中、ジュリアはジュダルの事をエドワードに尋ねた。
「どうして急にアイツのことを聞くんだい?」
「…ご存じないのですか?わたくしが捕えられたあの一件には大賢者様が関わっていますのよ?」
「なんだとっ?!……あぁ、成程、そういうことか」
驚きながらも1人で納得し始めるエドワード。
「何か、ご存じなのですか?」
「え?…いや、詳しくは知らないが、アイツが何をしたかったのかぐらいは分かるかな」
「それはなんですの?――あぁ、つきましたわね」
エドワードを問い詰めたかったが、移動魔法を使っていたためあっという間に後宮の門へたどり着いたジュリアとエドワードは門の前で立ち往生している近衛兵たちの前に降り立った。
「へ、陛下っ!と、薔薇妃様?!何故ここにっ!」
驚いて狼狽えるその顔には見覚えがあった。
(わたくしを捕えた兵隊長ですわね。この狼狽ぶりを見ますと、純粋に驚いているだけではなく、何か後ろめたいことがある、と言ったところかしら。って、今はそんなことどうでもよろしくてよ)
「兵隊長、お前たちはこのままここで待機しろ。シャーロットの所へは私と薔薇妃で向かう」
「?!で、ですが――」
「口答えは許さん」
何か言いたげな兵隊長をバッサリと切り捨て、エドワードはジュリアを連れて後宮の中へと入っていった。チラリと門の方を見たジュリアは、念のため、と門に結界を張り、誰も後宮に入れない様に、誰も後宮から出られない様にした。
「どうかしたのか?」
「いえ?別に」
エドワードに尋ねられすぐに視線を前方へと戻し、ジュリアは再びエドワードと共に移動魔法を使ってシャーロットの部屋へと向かって行った。
(それにしましても、何故ウインド達は出てきませんの?)
ジュリアは後宮にさえ入れば妖精たちがきっとジュリアの元へと情報を持ってくると思っていたのだが、彼らの姿どころか影さえも見えず、疑問に思った。
(それに、シノブさんは一体どちらへ行かれたのかしら)
ジュリアが捕えられたとき、薔薇妃の間に潜んでいたシノブだが、それ以降ジュリアの近くに彼が来たことはなかった。シノブが近づいたのであれば気配で分かるので、それは確実だ。
(そして、何より、この禍々しい魔力!シャーロット様の部屋へ近づくたびにどんどん強くなっていっていますわね)
額に汗がじわりと滲み、それと同時に背筋が寒くなる。
「薔薇妃も気づいているかい?」
気づけばエドワードのいつも涼しげな顔も、険しく強張っていた。
「えぇ。あれは『闇の魔力』ですわね。それもかなり大きな。一体何が起きたというのでしょうか?」
「私にも詳しくは分からないが…もしや、また…」
「また、とはなんですの?やはり陛下は何かご存じでは?!」
歯切れの悪いエドワードに苛立ち、つい声を荒げてしまう。だが、またしてもジュリアはエドワードの口からその答えを得ることが出来なかった。移動魔法を使ったジュリア達は既にシャーロットの部屋の前までたどり着いたからだ。
「薔薇妃、すまないが話は後だ」
「えぇ。そうですわね。それどころではございませんものっ」
咄嗟に顔を手で覆ってしまうほどの瘴気がシャーロットの部屋の扉の隙間から漏れ出て辺りに満ちていた。
「入るぞ、薔薇妃」
警戒をしたまま、エドワードはゆっくりとその扉に手を掛けた。そしてギイッと扉を開いた瞬間、一気に部屋の中に籠っていた瘴気が放たれていく。
「薔薇妃!」
「お任せをっ!」
エドワードの言わんとしていることを瞬時に理解し、ジュリアは瘴気がこれ以上外に漏れださないようシャーロットの部屋の周りに強固な結界を張った。そして体の中をめぐらせていた『闇の魔力』をすぐに『光の魔力』に切り替え、それを風魔法に乗せて広げていく。その風魔法がふれたところから瘴気は正常な澄んだ空気へと変わっていった。
「さすがだな」
「当然ですわ」
かつてこれほどまでにジュリアとエドワードの意志が疎通したことがあっただろうか、などとどうでもいいことを考える間もなく、シャーロットの部屋の中から風の刃がジュリア目がけて飛んできた。もちろん、ジュリアはそれが自分を斬りつける前に無効化させた。
「…やっぱり、来てしまったのね。」
扉の奥から聞こえてきた少女の声。ジュリアはその声に聴き覚えがあった。
「――牡丹妃様」
ジュリアが呼ぶと、声の主、牡丹妃アイリスがシャーロットの部屋から現れ出てきた。
「牡丹妃、これは一体どういうことだ?薔薇妃に刃を向けるなど、あってはならない事だぞ!」
エドワードは怒り心頭である。が、そんなエドワードをグイッと後ろへ追いやり、ジュリアはアイリスと対峙した。
「…牡丹妃様ではありませんわね。一体誰なのです?!」
「?薔薇妃、何を言って…」
ジュリアの言葉にエドワードが混乱しているのが分かるが、ジュリアの言っている言葉が正しいとすぐに分かることになる。
「一体誰だ」とジュリアに問われた、アイリス、否、少女はくつくつと顔に手を当てながら笑い、指の隙間からジュリアを見ていた。
「誰だ、ですって?私を忘れたというの?そんなわけないわよね。だぁって、2000年前、貴女を殺したのは私だもの」
「「!!?」」
衝撃の言葉にジュリアとエドワードが目を見開いていると、少女のハニーブラウンの髪の毛が濃いめのピンク色に変わっていき、その頭からは2本の角が生えてきた。肌は元の色からは想像もつかない程黒くなり、瞳は怪しい光を灯した血のような真赤な色になっている。
「貴様は、やはりっ!!」
少女から魔人へと変貌を遂げた姿を見て、エドワードが身構える。
「あーら、王様は私の事を覚えていてくれたようね。んー、でも、ジュダルよりも気づくのが遅かったから減点ね」
くすくすと妖艶に笑う姿は、とてもきれいなのに身体の心から凍っていくのがわかる。
「っていうかさー、ねぇ。まだ思い出さないの?そもそもまだ覚醒していないこと自体想定外だわ。…あ!ならこっちの姿の方がいいかしら?」
そういうと生えていた角が消え、元のハニーブランの髪の色に代わり、目も薄桃色に戻っていった。だが、その顔はアイリスの顔と違い、目が少しつり上がり、元の顔が可愛い系ならば今の顔は綺麗系の顔になっていた。
「どう?これでもまだ思い出さない?」
ニヤリと笑うその顔に、ジュリアは額に脂汗をにじませ、ごくりとつばを飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「け、ケイティ……いいえ、ケイティの姿をした、リリス!!」
ジュリアの答えに少し驚きつつも、リリスと呼ばれた女は口の端を吊り上げ不敵に笑うと、再び魔人の姿へ戻った。
「ご名答。目は覚めたかしら?――フィオナ」
気が遠くなるような思いにかられながら、ジュリアはどくんどくんと脈打つ自分の鼓動に意識を集中させ、かろうじてその場に立っていた。




