第70話 ついに、追放?あの男さえいなければっ!
法廷は当初のジュリアを排除しようという空気から一転、今ジュリアに対して野次を飛ばせば、裁判官たちからの印象を悪くし、ジュリア寄りの判断を下してしまいかねないため、皆、口をつぐんでいた。
そんな廻りの様子を確認し、そしてジュリアはゆっくりと口を開いた。
「…裁判長様。先ほどから申し上げています通り、わたくしは紛れもなく無実なのです。ですが、この法廷が開かれたからにはわたくしは何らかの罰が与えられても仕方がないと思っております。確かにわたくしという存在がなければ、陛下があのような考えに至ることもなかったのですから。」
そこにいるのは後宮の毒妃と呼ばれた悪女ではなく、ただ1人の美しい女性。
「それにこのようなことまでされて後宮に残るのはわたくしにとっては屈辱以外の何物でもありませんわ。ですので、裁判長様、並びに裁判官様にお願いがございます。」
何かを決心したようなその瞳は強い光を灯し、裁判官たちの心を揺さぶる。
「わたくしから『薔薇妃』の称号をはく奪し、わたくしを後宮から追放なさってくださいまし。」
「!!!?」
ジュリアのその決心に、その場にいる誰しもが自分の耳を疑った。世間のジュリアの印象と言えば権力とお金が大好きな強欲な悪女。国王を誑かし国政を揺るがし、邪魔な者はいかなる手を使ってでも排除するというような毒妃。そのジュリアから自分を罰しろ、自分を後宮から追放しろなどという言葉が出るなど思いもしなかったのだ。
「な、何故そのようなことを・・。薔薇妃様はご自分が無実だと仰っていたではないですか。罰を受ける必要などないのでは?」
どうやら裁判長は既にジュリアへの評価を変え、すっかりジュリアに対して敬語を使うほどになっている。ここに来た当初はジュリアを罪人として扱っていたので、無礼な言葉遣いになっていたのに。
「いいえ。裁判長様。わたくしはわたくしの存在がいかにこの国を揺るがしているか、自分でも分かっているのです。そしてわたくしの実家の罪も承知しております。わたくしはこれ以上わたくしの実家が権力を握り、民を苦しめるようになるのは望んでおりません。ですが、わたくしがこのまま後宮に残り、その地位を確固たるものにすればわたくしの実家が力をつけていくのは目に見えております。そうなる前に、わたくしのような存在は後宮から出て行った方がこの国のためになりますわ。」
少し哀しそうにそう語るジュリアはもうすっかり裁判官たちの心を鷲掴みにしている。
(フフフっいい感じですわ!これなら後宮から追いだされても何の問題もなく冒険者ギルドに登録できますわ。夢の冒険者まで、あともう少し!!)
内心満面の笑みなのだが、それを面に出すジュリアではない。
裁判官たちが話し合い、最後の判断を下そうとしていた。
その時、突然法廷に光が差し込み、入り口の方から誰かが入ってきた。
「なにやら私のいないところで楽しそうな話をしているではないか。」
聞くだけでその場にた者を虜にしてしまいそうな美声、きらめく金の髪。そこに立っていたのは紛れもなくエドワード・ローゼンタール国王である。
「へ、陛下!何故こちらに?」
その場にいる誰もが驚いていたが、中でも1番驚き、そして1番焦っているのはジュリアである。
(ま、まずいですわっ!!まさかここに陛下がいらっしゃるなんて…非常にまずいですわ!)
法廷は本来1度開廷すると閉廷するまで入退室が禁止されている。ジュリアは入廷した際、エドワードがいない事を確認したため、『脱☆後宮大作戦!』に打って出たのだが、いつも、どんな時でもジュリアの期待をとてつもなく悪い意味で裏切ってくれるのはエドワードだ。
「何故と言われても、私の愛する薔薇妃がよってたかって腹黒い狐どもに責め立てられているというのに、私がそれを黙って許すわけがないだろう?…さて、まずは裁判長。お前に問いたい。」
「は、はひっ!!」
突然エドワードに射抜くように見つめられ、緊張のあまり噛んでしまった裁判長。
「確か薔薇妃が捕えられたのは昨日の事だと記憶しているが、何故、こんなに早く裁判が行われている?」
「え?そ、それは…。」
「そして、何故薔薇妃側に弁護人がいないにも関わらず裁判が続行されているのか。公平であるべき裁判長が何故それを許しているのか。私にも分かるように説明してくれるか?」
「それは…その、えっと…。」
「この国の法廷の場はいつから誰かの都合で罪なき人間が裁かれることをよしとするようになったのだ!!!」
エドワードの怒号が、法廷中にビリビリと響き渡り、ジュリアを陥れようとしていた聴衆たちは皆、固まって微動だにすることが出来ない。
裁判長も、今やジュリアに傾いていたのだが、当初はジュリアを穿った目で見ていたため、この裁判の異常な状況にも目を瞑っていた。それゆえ、エドワードに返す言葉がない。
「陛下。そのように裁判長様を責めないでくださいまし。きっとどこぞのお偉い方が強行しただけにすぎませんわ。裁判長様はそれに逆らえなかっただけです。それにわたくしであれば急な裁判であっても、弁護人が1人もいなくとも、全く問題ありませんもの。」
見かねたジュリアが口をはさんだ。事実、ジュリアはたった1人で完全アウェーだった法廷を自分の空気にし、裁判官たちの心を掴んだのだから。
(それにわたくしは別に無実という訳ではございませんし。国宝を隠そうと画策はしたのですから、一応は罪人ですわ。)
あまりにも脅える裁判官たちに少し心が痛くなった。
「薔薇妃。平気だというのなら、何故君は1人で後宮を出て行こうとしているのだい?」
「うっ。」
そこを突っ込まれると何も言えなくなってしまう。
(あぁ、陛下さえ、陛下さえいらっしゃらなければわたくしはこのまま後宮から追いだされてうまい具合に陛下たちからも逃れ、無事に冒険者として世界中を見て回れたはずですのにっ!!)
ジュリアの夢が目の前まで、届きそうなところまで来ていたのに。と、そんなことを考える前にまずはエドワードをどうにかしなくては。
「へ、陛下。お言葉ですがここは既に裁判の場。わたくしに罰が下されることは必須でございます。陛下の御気持ちにお応えできなくて大変申し訳ないのですが、わたくしが後宮から去るのがこの国のために1番良いのですよ?」
そう口に出して言いながら、ジュリアは『闇の魔力』を使ってエドワードの頭に直接語りかける。
『エドワード様。エドワード様はいずれ王位を返納してわたくしとともに王宮から離れるおつもりなのでしょう?ならばわたくしが先に後宮からでても問題ないではありませんか。わたくしがこの場に呼ばれた理由は陛下の王位返納の件もかかわっているのですよ?このままではわたくしを裁くと共に、陛下の王位返納という計画もとん挫してしまう可能性もございますわ。ここは一旦わたくしだけ後宮から出て、皆の気持ちを落ち着かせてから事に及んだほうがよろしいのではございませんか?』
エドワードを黙らせるためにエドワードのためだと言って聞かせる。実際にはそうならないよう、エリザベスにも協力を仰ぎ、なんとかエドワードをこのまま王位につけておくつもりだが。そして、正妃でもなければ御子を宿したわけでもない後宮を追い出されたジュリアが再び後宮に上がることは難しい。つまり、1度後宮から追いだされてしまえば、こっちの物なのだ。
(さぁ、陛下。ここは大人しくわたくしに従ってくださいまし!くれぐれも余計な真似などしませぬように!)
願いを込めて、エドワードを見つめた。
「…それもそうだな。薔薇妃の言うとおり、私のわがままで薔薇妃を縛り付けてしまうのはやめることにしよう。だが、薔薇妃が汚名を着せられて後宮を出るのだけは我慢ならない。裁判長、どのように薔薇妃に処罰を下すつもりだ?」
再びエドワードに見据えられた裁判長はたくさんの汗を額ににじませ、プルプルと唇が震えている。
「は、はい、本来は今回の罪に対して薔薇妃様が犯人であると立証できるものはなく、薔薇妃様はここに立つべき御方ではありませんでした。で、ですが、薔薇妃様も仰ったとおり、この場に立ち、裁判が開かれた時点で何らかの結果をもたらさなければなりません。大変心苦しいことですが、薔薇妃様には後宮から退いていただく、ということになります。――ただ、その理由としましては、シャーロット妃様が心安らかに御子を出産できるようにするための処遇であり、薔薇妃様に何か問題があったということを公にするつもりはございません。もちろんそんな問題などなかったのですから、当たり前の事ですが。」
つまり、ジュリアは後宮追放という形ではなく、ジュリアよりもシャーロットとその子供を優先するための処遇として後宮から出て行ってもらう、ということにするらしい。
(後宮追放の方が後々都合がよろしかったのですが、まぁ後宮を正式に出られるのであれば上々ですわ。これでやっと、わたくしは、冒険者にっ♡!!)
早くも胸が高鳴り、まだ見ぬ冒険への期待で頭がいっぱいになっている。エドワードもしぶしぶ裁判長の判断に了承し、ジュリアにとっていい方向へと向かって行っている。――だが、再び法廷に差し込んだ光と、その光を差し込んだ人物によって、ジュリアの喜びは絶望と怒りへと変わってしまった。
そう、開廷中立ち入り禁止となっている法廷へ止むを得ず入らざるを得なかった伝令の近衛兵による、「シャーロットが襲われた」という衝撃の報告によって………。
最近、というか以前よりかなり誤字が多くなってしまっており、このままではいけないと思いましたので、更新と並行して既に投稿済みの分の話を精査、修正していこうと思っています。
PCの不調と加えて修正作業が入りますので、更新が若干遅くなってしまうかと思いますが、ご了承お願いします。
元々投稿する前にもっとチェックしておけばよかったことなんですけどね(・・;)




