第69話 形勢逆転?当然です。
「さて、次におかしい点を申し上げましょう。」
今や法廷はジュリアの独壇場。ジュリアを制する者たちの声はジュリアによって封じられ、異を唱える者などいない。声を封じられている者たちは何故自分たちが今、こんなにも苦しいのか分からない。一番そういうことを仕掛けそうなジュリアは手枷によって魔法が封じられているし、その他にこの法廷にジュリアの味方をするものなどいないはずなのだ。だから彼らは言い知れぬ恐怖に脅えていることしか出来ない。
「裁判長。わたくしは確かに、近衛兵の隊長様がわたくしの寝室のベッドの下から盗品を見つけ出されるのを見ましたわ。もちろん、陛下もですが。ですが、どう考えてもおかしいのです。」
ジュリアは聞き手に伝わりやすいように抑揚をつけて物語調に当時の状況を説明した。
「隊長様は、わたくしの寝室に入るやいなや、・・いいえ、むしろ薔薇妃の間に入るやいなや寝室をめざし、そして寝室に入ると一直線にベッドへ向かい、更にはベッドにたどり着くと、一切の迷いもなくベッドの下を探ったのです。お分かりですか?隊長様はあたかも、そこに盗品があると知っていたかのように、盗品を探し当てたのです。これがいかにおかしい状況なのか、裁判長様であればお分かりでしょう?」
「うぅむ。確かに、近衛兵の隊長の行動には少しばかり不審な点があるようだな。一度出廷をさせた方がいいかもしれない。」
ジュリアの思惑通り、裁判官たちは少しずつ、ジュリア側に傾きつつある。
(さぁ、どんどん行きますわよ!!)
人を言葉巧みに操り、自分の思い通りに行動させるのはジュリアの最も得意とすることだ。
「続けますわね。女官長様の話によりますと、当時倉庫の見張りが外れていた時間はたったの10分。そしてその時間は近衛兵がわたくしの元を訪れるたった1時間半ほど前なのです。後宮から王宮へは馬でも30分程かかりますわね。そしてこの広い後宮の奥、入り口から離れた所にあります。もちろん、わたくしの部屋からも離れていますわ。そうですわね・・。走ったとしても10分、入り口からですと20分はかかりますわ。では計算いたしましょう。倉庫から国宝が盗まれて、盗んだ物がわたくしの部屋に行くまでに10分。それを目撃していた女官が倉庫に確認しに行くのに10分。確認する時間も含めますと15分としましょうか。これで合計25分ですわ。それから女官長様を探しに行かれて、いないということが分かるのに・・・最低でも5分はかかりますわね。そして後宮の入り口にいらっしゃる近衛兵の方の元に報告に行くのに20分。これで発見から近衛兵への報告までにかかった時間が50分。それから近衛兵が王宮に向かうのに30分。報告を受けた近衛兵の属性は『火』でしたので、移動が出来る風魔法は使えず、馬で報告に行ったと考えるのがよろしいでしょう。そして、王宮に着いてから兵部卿様に報告するまでに取次などを考えますと最低でも5分、それから陛下、並びに宰相様がいらっしゃらないことが判明するまでに5分以上はかかりましたでしょうね。最期に陛下や宰相様がいらっしゃらないと分かり兵部卿様が近衛兵に後宮へ入る許可を出すのに、どれほどの時間が掛かったのでしょう。既にここまでで1時間半は経過してしまっていますわ。そこからわたくしの寝室まで向かう時間を考えますと、あり得ないのですわ!」
つらつらと長台詞を全て吐き終えるとジュリアは高らかにそう宣言した。
「だ、だがそれならば一体誰が薔薇妃の寝室のベッドの下に国宝を隠したのだ?当時薔薇妃の間には女官達もいたのだろう?その者らの目をかいくぐり、侵入して宝を隠すことなどできないのではないか?」
なかなかいいところをついてくる裁判官に、ジュリアはうんうんと頷いた。
「確かに、裁判官様の仰る通りですわね。ここで少し後宮の仕掛けについてのお話をさせて頂いてもよろしいですか?」
「後宮の仕掛け?」
後宮に棲まない彼らにとっては聞いたこともない話なので、興味をそそったようだ。耳をしっかり傾けているのが分かる。
「えぇ。実はエドモンド王と大賢者様の時代に、後宮にはありとあらゆる仕掛けが施されたのです。今なお発動することができる仕掛けが。その中の1つに、『称号付きの側室の間』への仕掛けというものがございます。」
「それはどのような?」
待ちきれないのか、ジュリアの話を遮ってまで催促する裁判長。
「それは、『称号付きの側室の間』に認められ、その資格をもつ称号付きの側室になると発動します。1度それが発動しますと、その部屋は資格を持つ称号付きの側室を守る砦となり、その側室に対して邪な考えを持つ者がその部屋に1歩足を踏み入れればたちまち呪いによって命を落とすでしょう。何故、わたくしがこのような話をしたのかと言いますと、わたくしもまた、部屋に認められた真の薔薇妃の資格を持つ側室であるからなのですわ。このことの真意については女官長様にお尋ねいただければわかりますわ。勿論陛下も周知の事実です。」
「その話が本当ならば、薔薇妃を捕えようと部屋へ入った近衛兵たちが無事なのは何故だ?」
これまたいいところをついてくる裁判官に、ジュリアは内心ニヤリと笑う。
「そこなのです。本来ならばわたくしを捕えようと入室した時点で命を落としてもおかしくないのに、彼らは無事どころか、元気なままでしたわ。もしあの仕掛けを解くことが出来るとしたら、それは大賢者様と同じ『闇の魔力』の、それもかなり大きな力をもっている方に限られますわ。ここでわたくしは1つの仮説を考えました。もし、わたくしを排除しようと企む輩が、わたくしを陥れるために『闇の魔力』をもつ者に協力を仰いだのであれば、『闇の魔力』をもつ者であれば空間を行き来することくらいできるはずですもの。きっと扉から入ることなく、わたくしの寝室に忍び込み、ベッドの下に忍び込むことが出来るはずだと。その際わたくしの部屋に掛けられている魔法を解除し、去っていったのであれば、わたくしの部屋に入ったとき近衛兵の方々が無事だったのもうなずけますわ。」
もちろん、ここでいう『闇の魔力』をもつ協力者というのはジュダルの事であるが、そのことまで言う必要はない。どうやったかはわからないが、ジュダルがジュリアを捕えさせるために近衛兵たちを薔薇妃の間に入れるようにした。あの時はあまりの同様に薔薇妃の間の仕掛けのことなど忘れていたが、そうでもなければあの時、あの状況で彼らが無事でいられたはずがない。
「これが、あの日に起きた事の真実だと、わたくしは思っておりますわ。ですが、これはあくまでも状況証拠のみであり、わたくしにも物的証拠がございません。物的証拠を提示できないわたくしを、同じく物的証拠を提示できない罪で裁くというのであればわたくしはそれを甘んじてお受けいたしますわ。ですが、もう1つの罪状である、『国家転覆罪』については、わたくしにとって全くあずかり知らない事であり、寝耳に水とはまさにこのことですわ。よくもまぁ、そのようなありもしない罪をでっちあげられたものだと、感心までしております。」
ここでジュリアはようやく法廷中にかけていた圧力を解いた。息が出来るようになった彼らは、だがすぐには野次を飛ばそうとしない。次にいつあのような目に遭うか分からないため、出方を窺っているようだ。
「検察官の方にお伺いいたします。あなた方はわたくしが陛下を洗脳した、と仰いましたが、何故そのようにお思いになるのでしょうか?」
突然自分たちに問いが投げかけられたので、顔を見合わせて誰が答えるか視線で問いかけあっているようだ。そして代表になった真ん中の男がすっと立ち上がり、強張った表情でジュリアを見た。
「我らは独自の調査により、罪人が陛下を洗脳し国政に口を出しているという事実を掴んだ。それに何故陛下は罪人が入宮して以降罪人の元しか訪れないのか。これは陛下が罪人により洗脳され、罪人を寵愛していると思わせているとしか思えないのだ。更にはあの聡明な陛下が王位を返納しようとなさっていること自体が洗脳されているということの証明だ!」
(・・・どうやら王位返納については皆さん既に周知の事実の様ですわね。まったくタイミングが最悪すぎますわ。陛下も何故こんな勇み足で自分の考えを周りに伝えたのかしら。)
別の検察官からの補足説明により、1週間前の円卓会議でエドワードが王位返納についての立案書を読み上げたそうだ。もちろん、そこに居合わせた大臣たちは皆それに大反対をしたようだが、その時既にエドワードには確固たる策があり、エドワードを諌めることが出来たものなどいなかった。何より、宰相のダミアンがそれに賛成しているのだというから、誰もが頭を悩ませた。
「フフッ随分熱いご様子ですが、どれもこれも皆、あなた方の勘違いですわ。」
この状況で悪女の笑みを浮かべたジュリアの表情は検察官たちの感情を逆なでするのに最高の材料だ。検察官たちは皆一様にいつまでも高圧的な態度のジュリアに憤りを覚え、声を荒げて罵倒している。因みに、その悪女の笑みは検察官たちにしか見せていないので、その光景を見て、裁判官たちは検察官に対する嫌悪感を覚え始めているのもジュリアの計算の上だ。
「まずはじめに、わたくしが陛下を洗脳し、国政に口を出した、という話でございますが、確かに陛下に意見を求められたことはございます。あれは、そう、食物研究の機関を設ける話でしたわね。その期間が発足してからもう2ヶ月も経ったとか。そして、既にあらゆる功績を出していると、わたくしは伺っているのですが、その辺は裁判長様もご存じでしょう?」
「あ、あぁ。確かに新しく発足した研究機関により、少量の水でも問題なく育つ穀物や、あらゆる病に効くといわれる薬草など、数多くの新しい植物が創られたとかいう話は聞いている。」
裁判長の話をしっかりと聞いた後、ジュリアは再び検察官を見た。
「さて、歴代、国政に口を出した毒妃と呼ばれる方々は、確かにそれによって国を滅ぼすところまでいったそうですが、わたくしが出した案はどうでしょう?何かわたくしの利になる事でしょうか?国を滅ぼしてしまうようなことでしょうか?」
「うっ」
ジュリアの問いに何の反論も出来ない検察官たち。
「これは現在の、ひいては将来の我が国のためになると思い、陛下に1つの案として提示したものですわ。それを採用するもしないも、陛下と宰相様のご判断に委ねました。それを採用したのは彼らです。このようなことをわざわざ洗脳せずとも、国のためになりますから、彼らが採用するのは当たり前だとは思いませんか?」
ジュリアの発言は段々演説のように聴衆の心を掴んでいくようであった。もちろんここでいう聴衆というのは裁判官たちであり、仕込みの聴衆たちは除外される。
「次に、入宮して間もないわたくしの元にしか陛下が訪れない件ですが、それについてはわたくしも頭を悩ませているのです。そもそもわたくしの入宮は陛下の強い要望により決まったことですわ。わたくしは元は勇者、ライル様の婚約者。その婚約が破棄されて間もないのに、側室として入宮するなどあってはならないと申し上げたのですが、陛下がぜひにと望まれたので入宮したまでです。わたくしから申し上げますのはなんだか気が引けてしまいますが、陛下はわたくしが入宮する以前よりわたくしの事を気にかけておいでだったそうですわ。このことについては陛下付きの内官長さまでいらっしゃる、ハンジ・メドベージェ様にお伺いをされればお分かりになられると思います。入宮前より気にかけていたわたくしが後宮入りしたとなればわたくしのところばかりに通うのも何もおかしいことではないはずですわ。」
エドワードがジュリアが後宮入りする前に気にかけている令嬢がいるらしいという噂はここにいる何人かも耳にしたことがあるらしく、ジュリアの話にハッとなった人たちが何人かいた。
「最後に、陛下が王位を返納なさろうとしている件について。これについてはわたくしも実は以前より陛下から伺っていました。ですが、わたくしはこの件には反対なのです。国を治めるにもっとも適した方がいらっしゃるというのに、何もまだ生まれてもない子供に王位を譲るなんてもってのほかですと。検察官の方々は裁判の冒頭で、わたくしが御子を養子にし、その御子に王位を継がせて実権を握ろうとしていると仰いましたが、指示が下ったという何人かの御大臣様方はご存じのはずですわ。御子が育つまでの摂政政治を誰がなさるのか。」
その話に聴衆は互いに顔を見合わせてどういうことかとざわつき始めた。当然裁判官も事情を詳しくは知らないため、ジュリアが一体何を言おうとしているのか分からず、困った顔をしている。
「裁判長。わたくしが陛下から伺った話は、御子に王位を継がせ、御子が育つまでの間は陛下の妹君であらせられるエリザベス様、そしてその夫であらせられるグレン・ローゼン・ラージラス次期公爵様に摂政政治をして頂くという内容でしたわ。そのための準備も既に進んでおり、グレン様は国政について日々学んでいらっしゃるとか。これを聞いてお分かりになるでしょうが、検察官の方々が仰った内容は、全て矛盾しており、なに1つとして真実は述べられていませんわ!」
顔を上げ、堂々としたその出で立ちは、その身で自分は潔白であると体現しているかのようだった。
主人公のセリフがちょっと長いかなーとか思いつつも、裁判ってそんなもんだろうと自分を納得させました。




