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第63話 作戦決行?完璧に成し遂げて見せますわ!



 しとしとと、霧のような雨が降りしきる朝。

 いつもとは様子の違う後宮。

 女官達はバタバタと何かの準備に追われ、朝も早い時間だというのに慌ただしい。

 『薔薇妃様、失礼してもよろしいでしょうか。』

 ノックの音のあとに、カエラの声がした。

 許可をすると、モーニングティーと軽い朝食を持って、カエラとルカが入ってきた。

 「朝食をお持ちいたしました。本日は10時より、藤妃様のご家族様とお会いになりますので、朝食が済み次第、ご支度をさせて頂きます。」

 そう、今日は遂にカリーナの妹、リケーネの人体錬成及び、臓器移植をする日。そして、シノブに国宝を隠してもらう日。

 特にシノブの任務についてはエドワードにも内緒なので、慎重に行わなければならない。

 カエラに用意してもらった朝食を口に運びながら、頭の中で何度も何度もシュミレーションを繰り返した。そして紅茶を飲みほし、深呼吸をする。

 「さぁ、そろそろ準備を始めましょうか。」

 その言葉が合図となり、薔薇妃付きの女官達は主の身支度を開始した。



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 支度が終わり、カエラを引きつれて藤妃の間に向かうジュリア。すると途中の分岐点でセシリアと遭遇した。

 「薔薇妃様、今カリーナの所に向かうところ?」

 「えぇ。藤妃様とご一緒にご家族様をお出迎えしようと思いまして。百合妃様はどちらへ?」

 当然答えの知っている問いをわざとセシリアに向けるジュリア。

 「僕はたまにはクリスティアナの所にでも行こうかと思っているんだ。一緒に魔法実験もしてみたいし、新しく作った魔法剣を使ってもらいたくて。」

 お互いに女官に気づかれないようアイコンタクトを取り、笑うと、そのまま別れた。

 「本日は百合妃様はご一緒されないのですか?」

 いつもカリーナといるときはセシリアとも一緒にいるので、カエラが不思議そうに尋ねた。

 「えぇ。藤妃様のご家族のご意向でわたくしと陛下にだけお会いになるそうですわよ。」

 後宮に来たのであれば国王や筆頭側室と会おうとするのは何もおかしいことではないので、カエラはそれ以上取り立てて気にする様子もなく、再び歩き出したジュリアの後をついていった。

 


 「どうぞお入りください。」

 ジュリア達が訪れたことが分かると、カリーナ付きの女官がジュリア達を招き入れた。

 「ごきげんよう、藤妃様。ご家族様はまだの様ですわね。」

 藤妃の間にはそばに控える女官2人とカリーナだけしかいなかったのでそう聞いた。

 「はい。父達はもう間もなく後宮入りすると思います。」

 ジュリアの問いにそれだけ答え、椅子に腰かけるようにジュリアを促した。

 やがて、部屋の外が少しだけ騒がしくなると、扉をノックする音が聞こえた。

 『藤妃様。お父上様並びにお母上様が御来宮なされました。お通ししてもよろしいでしょうか。』

 カリーナの父達を案内したであろう女官の声が外から聞こえたため、カリーナは一言扉の前の女官に「お通ししろ」と告げた。

 藤妃の間の扉を開けると、そこにはジュリアの父とは異なり、小さめの口ひげを蓄えた素敵紳士と、これまたジュリアの母とは異なり、物腰の柔らかそうな素敵マダムが現れた。その後ろには大きな箱を抱えた女官達がいる。

 「お久しぶりです。薔薇妃様。ご機嫌麗しゅうございますか?」

 ジュリアとは社交界で一度面識のあるジェームズ・ポワティエ侯爵が恭しく頭を垂れ、妻のアイリーン・ポワティエもそれに倣い深々と頭を垂れた。

 「どうぞ、御顔をお上げになって下さいまし。こちらこそ、お久しぶりですわ。ポワティエ侯爵様、侯爵夫人様。」

 中々頭を上げようとしない侯爵夫妻にジュリアがそう言い、なんとか顔を上げさせた。その目には、ジュリアへの期待と感謝の想いがまざまざと現れており、侯爵に至っては既に若干の涙を浮かべていた。

 (・・なんて、感情が豊かなのかしら。まだ涙を流すのには早いと思いますわ。)

 面識はあったものの、人となりを詳しく知っているわけでもないので、涙もろい侯爵を見て半ば驚くジュリア。

 「お父様、お母様。早く中に入っていただけませんと、薔薇妃様をいつまでも経たせてしまうことになってしまいます!」

 しびれを切らした娘からの注意にようやくポワティエ夫妻は足を踏み入れ、藤妃の間の扉が閉められた。

 ポワティエ夫妻が女官達に運ばせた大きな箱は寝室へ入れるよう指示し、エドワードたちが訪れるまで、ひとまずティータイムをとるジュリア達。

 「薔薇妃様に置かれましては私どもの娘のために、多大なるご配慮を頂き、誠に感謝しております。」

 再び感謝モードに入ったポワティエ侯爵に、カリーナがきつく睨んで父に黙るよう威圧するも、感極まっているポワティエ侯爵は気づかないようで、ジュリアの手を取り、延々と感謝の意を述べている。

 ポワティエ侯爵の感謝の言葉に若干飽きてきたころ、再び藤妃の間の扉からノックの音が聞こえてきた。

 『藤妃様、エドワード国王陛下、並びに魔術師ウインド様が起こしになられています。』

 女官長マリアの声が外から聞こえ、カリーナみずから扉を開けた。

 「陛下、お久しぶりでございます。この度はご足労頂き、誠に感謝しております。どうぞ、中へお入りください。」

 入宮以来ほとんど顔を合わせることもなかったカリーナとエドワード。エドワード黙ってうなずき、人間バージョンのウインドを連れて中に入った。

 パタンと扉が閉まり、エドワードだけでなくウインドも椅子に腰を掛けたのだが、カリーナだけは扉の前で固まったまま動かない。

 「・・藤妃様?どうなさいました?」

 様子のおかしいカリーナにジュリアが声を掛けると、カリーナはハッとなり、慌ててポワティエ侯爵の隣に座った。

 「し、失礼いたしました。なんでもありません。」

 なんでもないと言われても、明らかに挙動不審なカリーナにジュリアはもしやと、嫌な予感がした。

 (あの紅潮した頬、そして意識的にウインドの方を見ようとしないのは・・もしや藤妃様、ウインドに一目ぼれ?いいえ、藤妃様に限ってそんなことはございませんわよね。)

 どうか気のせいであってほしいと自分に言い聞かせるジュリア。クリスティアナやセシリアの事もあり、完全に正体やジュリアとの関係を明かせない存在に恋などされた結果、大分厄介な目に遭ったため、それだけはなんとか避けたいのだ。

 「藤妃様、こちらはウインドと申します。この度術を施す魔術師でございますわ。」

 ジュリアの紹介があるとウインドは立ち上がり、美しいお辞儀をした。

 「どうも、初めまして。ウインドと申します。藤妃様、ポワティエ侯爵家様のために最大限力を注ぐ所存です。どうか、私を信じてお待ちください。」

 何も確固たる証明にはなっていないのだが、その声にが信じられると思わされるような説得力のある声色だったので、またエドワードが連れてきたということもあり、ポワティエ侯爵はウインドを信頼し、すがる思いでウインドの手を握り締め、「どうか、娘をよろしくお願いいたします。」と絞り出すような声で言った。

 

 ここで、エドワードとウインドを藤妃の間の寝室に入れ、先に待機してもらった。そのタイミングで、ジュリアはこっそり、誰にもわからない様に自然と窓辺に立ち、窓を背にしたまま魔法で使った蝶を飛ばした。

 これがシノブへの合図となる。

 蝶を飛ばすとすぐにジュリアも寝室へと向かう。

 「くれぐれもわたくしたちが姿を現すまで、この扉を開きませぬよう、お願い申し上げます。」

 途中で集中が途切れると失敗することもあると、説明をし、絶対に中に入らないよう、扉を開けないよう、念を押して忠告し、寝室へ入っていった。

 

 藤妃の間のベッドの脇には大きな箱が置いてある。

 「この中に、リケーネ様がいらっしゃいますのね。」

 「そうみたいだね。」

 「では、箱を空けます。」

 ウインドがふうっと息を吐くと、箱がみるみる解体されると、そこには氷づけにされたカリーナと同じ髪色の美少女が浮かび上がった。ウインドはそのままカリーナの身体をベッドに横たわらせる。

 「さてと。ここからは時間との勝負ですわ。リケーネ様の髪の毛を採取するにはリケーネ様を仮死状態にしているこの魔法を解かなければなりませんもの。ですが、魔法を解いてしまえばリケーネ様に掛けられた呪いが侵攻し、あっという間に内臓が壊死してしまいますわ。その前に素早く移植できるだけの内臓を錬成し、移植する。陛下とウインドは可能な限り、呪いが侵攻しないよう癒し魔法で食い止めてくださいまし。」

 「分かった。」

 「承知しました。」

 2人とも特に異論を述べることなく頷いた。

 ジュリアは一旦深く深呼吸をし、目を閉じた。一瞬、間をおいて、目を見開く。

 横たわるリケーネの身体の上に手を当て、リケーネに掛けられた魔法を解除する。真っ白な肌だったリケーネの顔はほんの少しだけ赤みを取り戻したが、すぐにまた土気色へと戻った。

 「そのまま眠っておいてくださいまし。」

 途中で起きぬよう、眠り魔法を掛け、リケーネを眠らせると、髪の毛を数本抜き取り懐に入れておいた材料が入った麻の袋を取り出した。

 「あぁ、行きますわよ!」

 勢いづけてそう大きく声をだし、左手にはめた手袋を脱ぎ、放り投げた。

 「薔薇妃・・それはっ!!?」

 「薔薇妃、もしや、印を刻まれたのですか?」

 エドワードとウインドが目を見張っている。

 その視線の先には露になったジュリアの左手がある。その手の甲には巫女の身体を赤子として錬成した際に見せた魔法陣が真っ白な光を灯して描かれていた。




作戦決行編は長くなりそうなので、おそらく3話くらいになると思います。


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