第59話 ウインドの変身?国王的にはNGです。
「よく分かりましたわね、ウインド。」
いつもよりかなり大きくなったウインドに、ジュリアが微笑みを向けている。
「勿論です。薔薇妃の事情をよく知っていて、いつでも駆けつけられて、人受けも良く、知的に見え、更に信頼できる風体をしている、そんな都合の良い人物など、私以外にいないでしょう?」
どこからその自信が来るのかは分からなかったが、まさにその通りなので黙って笑っているジュリア。
「後宮からそう離れなければ私でも一旦後宮の外に出ることは出来ます。この人間の姿なら、エドワードの後に続いて入れば、優秀な魔術師と思われるでしょう。これでよろしいですか?薔薇妃。」
「えぇ、その通りですわ。ウインドであれば、きっと藤妃様からの印象もよろしいでしょうし。ですので、陛下。よろしくお願いいたしますわ。」
ウインドと共にエドワードを見たジュリアに、エドワードがずかずかと近づいてきた。そして並んで立っていたジュリアとウインドの間にグイッと割り込んでジュリアを見てニッコリ笑う。
「必要以上にウインドとひっつかないなら引き受けるよ、薔薇妃。」
「陛下・・・ウインドにまで嫉妬なさらないでくださいまし。」
自分の後宮を守る存在である妖精にすらこの様なのだ。ジュリアの頭痛が治まることはきっとないだろう。
「それがたとえどんな存在であっても、薔薇妃に近づく男やオスは全て敵だよ。」
(オスって、ペットとかもNGということですの?)
もはや呆れを通り越して感心してしまう。
「分かりましたから、陛下。わたくしは藤妃様と予定を立てますので、それに会わせて諸々の御手続きをお願いできますでしょうか?早めに手続きを取りませんと、手続きにはかなりの時間を要しますもの。」
通常側室達の家族が側室達に謁見するのにかかる時間は1ヶ月程度だ。それだけ後宮という場所は隔離された場所である。『庭のお茶会』でエリザベスが期間をそれほど要せず参加できたのは単に彼女がその時はまだ王宮住まいの王族であったからと、『庭のお茶会』という特殊な場であったからだ。それ以外だと王宮に棲んでいたころのエリザベスでさえ、ジュリアに会うのに2週間程かかってしまう。
「分かったよ、薔薇妃。本当は私にはまだやらなきゃならないことがあるんだけど・・。王室管理庁にはダミアンを通じて話を通しておくから、こちらのことは心配しなくていいよ。」
「ダミアン様の御手もお借りするのですか?お勤めの邪魔にはなりませんでしょうか。」
宰相とは、後宮の側室の頼みを一々聞いていられるほど暇なわけがないのだが。なにより今はエドワードの草案のせいでてんやわんやしているところだろうに。
「いいんだよ、アイツは少し追い込むくらいがちょうどいいんだ。」
追い込むレベルが少しどころではないと思うジュリアはダミアンの事が気の毒になった。が、使える者は国王だろうと、他国の暗殺者だろうと、妖精だろうと、2000年前の大賢者だろうとなんでも使うと決めているので、ダミアンに同情したのはほんの少しの間だけだった。
「では、話も済んだし、私はそろそろ王宮に戻るよ。」
「え?もうですか?」
まだ来てから3時間ほどしか経っていないため、思わずポロリと素の感想がもれてしまったジュリアはすぐにそれが失言だったと気づく。
「なんだい?薔薇妃。そんなに私との別れが惜しいのかい?君のお望みとあらば、私はこのままずーっと君のそばにいてあげるよ。」
「け、結構ですわ!陛下もお忙しいことでしょうし、早々にお戻りくださいませ!」
ベッドに押し倒そうとしてきたので、それを避け、風魔法を使ってエドワードを寝室から追い出したジュリア。寝室の外では突然エドワードが文字通り飛び出してきたので、慌てふためいたパメラが見える。
「パメラ、陛下はもうお帰りになるようですわ。お見送りを。」
パメラにだけそう指示し、ジュリアはそのままパタンと寝室の扉を閉めてしまった。
「あ!そうでしたわ。・・フレイム。今すぐ侍女の姿に戻って頂けるかしら。」
すっかり蚊帳の外にいたところに急に話しかけれられて気が抜けたのか、ベッドの上を飛んでいたフレイムは落下してそのままベッドにダイブした。
『あ?なんでだよ!今その必要はないだろう?』
ここにはジュリアとシノブ、そしてウインドしかいないのだから、わざわざ侍女の姿になる必要はないと、断るフレイム。
「お忘れでしたの?フレイヤが後宮にいられるのは本日までですわ。このまま陛下と一緒に一旦後宮から出て、それから妖精の姿に戻ってまた後宮に入ればよろしいではありませんか。それとも今後もずっとあの御姿のまま、後宮で過ごされたいのですか?」
『嫌に決まってんだろ!すぐ変身すっから!』
燃えるような赤い髪とは対照的に真っ青になったフレイムはすぐにボフンという音を立てて、ガチムチ系のオカマ侍女へ変身した。
ジュリアはそれを確認すると再び寝室の扉を開け、パメラたちに見送られながら薔薇妃の間を出て行こうとするエドワードに声を掛けた。
ジュリアに声を掛けられたエドワードは一瞬花が咲いたようにぱぁっと表情を明るくしたが、ジュリアの後ろにフレイヤに化けたフレイムを見つけると、吐き気を催したのか、一気に土気色になっていった。
「陛下、この者はもうわたくしの実家に戻らなければなりませんわ。女官長様には話を通してありますので、ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか。」
「よろしくな!」
ジュリアに次いで手を上げながら声を上げたフレイムの無礼な口調に今度はパメラが青ざめている。
エドワードは本気で嫌そうな顔をしたが、ジュリアの頼みを断れるわけもなく、しぶしぶフレイムを連れて薔薇妃の間を後にした。
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色々あった日から5週間の日にちが経過した。
あの後、カリーナの元に出向き、人体錬成をする準備が整ったことを告げ、リケーネの身体を後宮に運び込む日を相談し合って決めた。カリーナには、実際に人体錬成を行うのはジュリアの知り合いの魔術師であること、ジュリアはそのサポートに回る必要があることを説明してあり、ジュリアとその魔術師の手にかかれば、人体錬成から移植まで全て可能であることも話した。その話を聞いたカリーナはその場に膝から崩れ落ち、涙を流して喜んだ。
手続きの事や、ポワティエ家の事情もあり、決行はリケーネの話を聞いたあの日から1か月半後になった。この季節はポワティエ侯爵領は行事がたくさんあり、ポワティエ家は繁忙期なのだという。どちらにせよ手続きに1ヶ月程度はかかるので、ちょうどよい頃合いでもあった。
リケーネを継続して仮死状態にするための氷の魔法についてはエリザベスの手紙により、無事エリザベスの手によって完了したことが分かった。エリザベスはそれはそれは手厚いもてなしを受けたらしい。
後宮の様子はというと、フレイムの事を思って眠れない日々を過ごしているというクリスティアナによって、連日ジュリアは手紙を受け取るという奇妙な朝を毎日すごし、午後からはシノブに会いたいセシリアが薔薇妃の間に押しかけてきて連日魔法やシノビの術の談義に明け暮れるという、平和な日々を過ごした。もちろんそこにはカリーナも同席し、すっかりジュリアに対しての害意が無くなった彼女たちは薔薇妃の間に入っても特段何か具合が悪くなる様子もなく、健康的なままだ。
実はカリーナもセシリアも称号付きの間の扉に施された陣のことを知っており、カリーナに至っては薔薇妃の間の扉の陣が発動したことまで知っていたので、薔薇妃の間に入る際の注意点をセシリアに事前に説明していたようだ。
アイリスやその周辺の様子はというと、相変わらず夜になるとどこかへ消えてしまい、その後の様子がつかめないままで、取り巻き達の様子についてはこの3週間の間で変化は特になかった。
だが、アイリスの消息が分からなくなる時間が今までは30分くらいの間だったのに、この3週間で、その時間はどんどん長くなり、現在では2時間ほどになっている。アイリス自身は日が経つにつれ、どんどん顔色が悪くなり、最近では人相がすっかり変わってしまっている。
アイリスについてのそれ以上の情報はつかめず、未だ安心できない状態にある。
すっかりお腹の大きくなったシャーロットとはジュリアは経過観察のため、カリーナに様子を何度か見に行ってもらっていた。シャーロットは女官の数も増え、現在は何不自由なく過ごしているとのことだ。
エドワードは相変わらず忙しいらしく、1週間に1度くらいしか後宮に訪れない。後宮に来たら勿論、ジュリアの所にしか行かないため、ジュリアは牡丹妃側の側室や女官達から益々疎まれていた。
そして、ジュダルは、やはりこの3週間の間、1度もジュリアの前に現れることがなかった。ウインド達によると、後宮にいるときもあるのだが、すぐにまた気配が無くなるという。エドワードに1度尋ねたが、
「薔薇妃が心配することではないよ。」
と軽く牽制され、聞き出すことが出来なかった。きっとエドワードはジュダルがどこで、何の目的で何をしているのかを知っているのだと思う。
「薔薇妃様、何をお読みになっているのですか?」
薔薇妃の間の寝室には今日もカリーナとセシリアが訪れている。女官達はここ最近の称号付きの側室達の密会に随分慣れ、最初にお茶を運んだ時以外は一切干渉しないということを徹底してくれているおかげで、この薔薇妃の間の寝室は完全にカリーナ達の憩いの場と化しているようだ。勿論、外に音が漏れないようにしていることはカリーナ達は知らない事だが。
セシリアとシノブの魔法談義は最初の内はジュリアもカリーナも興味津々で聞いていたが、すっかりシノブに惚れ込んで、魔法談義を口実にシノブに会いに来ていると言っても過言ではないセシリアに遠慮し、ジュリアとカリーナはベッドの脇の所で他愛のない談笑をしたり、読書をしたりといった時間を過ごしていた。
「あぁ、こちらはちょっと魔法で分からなくしていましたが、実はいつの時代か分かりませんけれど、昔の薔薇妃の日記なのですよ。」
ジュリアがこの後宮に来た最初の頃からの愛読書、『薔薇妃日記』は現在9本目となっている。
「へぇー。それは興味深いですね。・・って、9巻ですか?日記なのに?長くないですか?」
ジュリアが本にかけていた魔法を解いたので、正しい表紙が見えるようになったカリーナは、巻数を見て驚いた。
「そうですわ。こちら、なんと10部作なのですよ。暇つぶしにと思って読み進めていたのですが、これが中々面白くて、すっかり愛読してしまっていますわ。」
日記が愛読書というのも変な感じだが、それくらいこの日記の内容はジュリアにとって興味深いモノだったのだ。
「そうなんですか。私も読ませて頂きたいですね。」
才女と知られたジュリアがこれだけはまっているのだから、カリーナが興味を持ってもおかしくない。
「わたくしもお貸ししたいのは山々でございますが、残念ながらこの日記、薔薇妃の資格をもつ者にしか読めない様になっているのですわ。ほら。」
そう言ってジュリアが本の中身をカリーナに見せる。
「な、何ですか?これは・・。白紙ではないですか!」
そう、この『薔薇妃日記』は読むための条件があった。薔薇妃であること、そして扉に認められた資格をもつ者であること。そしてもう1つ、その薔薇妃が後宮から出たいと思っている事。何故当時の薔薇妃がそのような施しをこの本にしたのかは、その内容を読めばよく分かる事だった。
「この本はね、いつの時代化は分かりませんが当時の薔薇妃の在ってはならない心情とかが描かれていますの。その他に彼女が経験してきた数々の出来事などもございますが。だから、本に認められた者にしか読めない様になっていますのよ。ですから、この本を藤妃様にお貸しすることは出来ませんわ。」
読めないのだから貸してもしょうがない。そう説明すると、カリーナは少し残念そうに、「そうですか、分かりました。」と言った。
しばらくして、カリーナもジュリアが貯蔵している別の本を読んでいたころ、ジュリアの本を読み進める手が、ある頁のところで、ピタリと止まった。
『どうしたの?薔薇妃。』
シノブと会う際は必ず妖精を同席させるようエドワードに言われていたため、本日はアクアが同席している。因みに毎日のようにシノブと会っていることはエドワードも了承済みだ。
「こ、これは・・・。」
その頁を開けたまま、本を持つ手が震えている。ジュリアの様子がおかしいと、カリーナ、セシリア、シノブも気づき、ジュリアに声を掛けようとしている。だが、ジュリアの表情が強張り、ジュリアを覆う空気が重く、気圧されてしまい3人とも声を掛けることが出来ない。
「何故、アレがココに描かれていますの?・・・いいえ、何故、コレをあの御方がお持ちですの?!」
答えが返ってくることのない問いを自分の中で反芻しながら、だがどこかでジュリアは1つの答えを既に導き出していた。そして、その答えを、確実に知っている人物に会わなければいけないと、強く思った。
ちょこちょこ登場していた『薔薇妃日記』にようやく触れられそうです。




