第60話 秘密?いつまでもわたくしに隠しとおせると思っているのですか?
3日後の晩、ジュリアが願っていた、エドワードの渡りがあった。
カエラに案内され、薔薇妃の間の寝室に入ったエドワードはいつもと違って、エドワードを待っていた、という表情のジュリアに、少しだけ目を大きくして驚いたものの、すぐにいつものさわやかフェイスに戻った。
カエラが扉を閉めたのを確認し、ジュリアはエドワードに椅子に座るよう促し、エドワードもそのままジュリアの向かいの椅子に座る。
「陛下。この後宮の事でわたくしに話さなければいけないことがあるのではございませんか?」
いつもの、エドワードを心の底から迷惑に思いつつも愛想笑いをするジュリアではなく、その顔は真剣そのもので、まるで戦場に出向くかのような顔をしていた。
「・・何のことだい?」
ジュリアの真剣な眼差しを感じても、エドワードが姿勢を変えることはなかった。そんなエドワードにジュリアはギリッと奥歯を噛みしめ、ダンっと机を叩いた。
「もう一度聞きますわ。陛下、わたくしに後宮の側室のことで何か話さなければならないことはございませんか?」
しばらく、ジュリアとエドワードの間に沈黙が流れた。こんなに長い間2人が見つめ合ったことはないだろう(その前に必ずジュリアが目を逸らしていたから)。
やがて根負けしたエドワードの方から視線を逸らし、息を吐いた。
「どうやら黙っているのは得策ではないようだね。・・・いいだろう、何が聞きたい?薔薇妃。」
その顔は何もかもを知っている、と言わんばかりの傲慢な顔。
(『何が聞きたい?』ですって?この期に及んでも知っていることを全て話すつもりはないということですの?あくまでもわたくしが導いた考えに対してしか教えて頂けないということですのね!)
これがあの戦乱の時代を収めた伝説の国王。ジュリアが後宮に入るまでに相手にしてきた男達とは格が違いすぎるのだ。
「・・では伺いますわ。牡丹妃、アイリス様のことについてです。彼女はわたくしやエドワード様よりも、エドモンド様やジュダル様とかかわりのある方ではございませんか?」
ジュリアの問いに、一瞬、エドワードのこめかみがぴくりと動いたが、その表情は一切変わらない。
「どうして、そう思ったんだい?」
口調は優しくても、ジュリアはこの国王に何故か恐怖を覚える。
(答えを誤ればこの御方はわたくしに一切教えようとはなさらないおつもりですわ。慎重にいかなくては。)
ごくりとつばを飲み込み、深呼吸をして息を整える。かつてこれほどまでにエドワードの事を怖いと思ったことがあるだろうか。
意を決してジュリアはエドワードの目を真っ直ぐに見据えた。
「牡丹妃様がお持ちの薔薇と、牡丹の模様が入った、守り刀は、エドモンド様の時代の薔薇妃様が、当時親交を深めていらっしゃった牡丹妃様に親愛の証にとお渡しになったものではありませんか?そして、その守り刀こそ、当時の薔薇妃様の御命を奪った魔導具・・・。違いますか?」
前半はほとんど日記に書いてあった内容なので、おそらく事実だろう。後半については、ジュリアの憶測に過ぎないが、ジュリアは何故かそれが正解であると確信している。
注意深くエドワードの表情の変化を見つめる。それでもエドワードの表情は揺らがない。
「・・・何故、君がそれを知っているかは分からないが、当時あった出来事としては正解だ。」
その言葉に、ジュリアはやはりと、自分の考えが正しかったことへの安堵と、同時にエドワードとジュダルへのぬぐえない不信感が芽生えた。
「では教えて頂きたいのですが、何故その守り刀を今の牡丹妃様がお持ちでいらっしゃるのですか?あの方は昔の牡丹妃様と何かつながりがおありになるのでしょうか?」
もしアイリスが当時の牡丹妃の子孫だというのであれば、その守り刀を受け継いでいても何らおかしくはない。だが当時の牡丹妃に子供がいたかどうか、史実には残っていない。エドモンドの後を継いだ子供は最初に生まれた当時の蘭妃の子供であったと歴史の本には残っていたが、それ以外の側室とその子供たちの情報はほとんど記されていなかったのだ。
もし、当時の牡丹妃に子供がいなかったとなると、アイリスは誰からそ守り刀を、何の目的で受け取ったのか。それがアイリスの不審な行動とあの変わり果てた姿の理由とつながっている気がすると、ジュリアは考えている。
「・・・本当はこれを話すのはまだ早いのだけれど、自力でそこまで導き出したのなら、少しだけ教えてあげよう。―――今の牡丹妃は、私がエドモンドだった時代の薔薇妃か牡丹妃の生まれ変わりだと私とジュダルは考えているのだよ。」
「なんですって?!」
エドワードの答えにジュリアの心臓が早鐘のように脈打っている。自分でも驚くくらい動揺しているのだ。
(何故?何故ですの?何故わたくしはこんなにも、言い知れようのない不安と、悲しみで一杯になっていますの?!)
抑えきれな自分の感情に顔を歪ませるジュリア。
「・・ほら、だから君にこの話はまだ早いのだよ。今からでもいいから、この話は忘れた方がいい。」
エドワードがため息をついて、席を離れようとする。が、エドワードの袖をジュリアが掴み、それを阻止した。
「平気、ですわ。続きを御話しになって下さいまし。」
いまだに鼓動は早く、心は理由も分からないぐちゃぐちゃな感情に覆われていたが、それでもジュリアは今、それを知りたいのだ。その強い意志の現れた瞳に、エドワードは手を上げて再び椅子に腰かけた。
「やれやれ。私の薔薇妃は好奇心が旺盛すぎるのが問題だね。いつかその好奇心が身を滅ぼすかもしれないよ?」
「たとえ、そうなったとしましても、わたくしは本望ですわ!何も知らないまま平凡に過ごすことより、知らない事を学び、体験し、そのせいで命を落とすことになりましても、わたくしにはその方が幸せなのです!」
ジュリアの確固たる信念を聞き、これ以上ジュリアに何かを言っても、無駄だとエドワードは諦めた。
「仕方がないな。だが私が話せることは限られている。中途半端な情報しか与えられないだろう。くれぐれもその情報に踊らされることなく、冷静に物事を見て判断しなくてはいけないよ?」
「陛下にご忠告いただかなくとも、もとよりそのつもりでしたわ。」
おそらくエドワードがここまで口を堅くしている理由の1つはエドワード自身にもその情報に対して確信が持てないからなのだろう。あくまでも1つの判断材料としてしか、エドワードの話を聞くつもりはない。
「それならば話そう。当時、薔薇妃と牡丹妃はとても仲が良かったんだ。お互い同じ年で、共に後宮に暮らす者として、側室同士ではありえない程ね。当時の後宮は薔薇妃がいた時代は他の側室同士もとても仲が良かったんだよ。そして薔薇妃は牡丹妃に親愛の証としてその守り刀をプレゼントしたんだ。」
ここまではジュリアも『薔薇妃日記』を呼んで知っていた事実。
「だが、私が薔薇妃を愛すると同時に、牡丹妃も私に想いを寄せていたんだ。親友と愛する人とのはざまで薔薇妃はかなり苦しんでいたようだよ。そして事件は起きんだ。」
その事件の事は『薔薇妃日記』載っていない。何故ならその事件によって薔薇妃は・・・。
「牡丹妃は嫉妬の果てに私を殺めて自分も死のうとした。その時薔薇妃が私を庇い、その守り刀によって命を落としたんだ。その後すぐに牡丹妃は捕えられ、獄中で命を落とした。凶器である守り刀は騒動に紛れてどこかに消えてしまったんだ。」
「・・では何故、その行方知れずの守り刀を今の牡丹妃様が所持なさっておいでですの?」
こらえきれず、再度尋ねたジュリア。
「先ほども言ったが、おそらく今の牡丹妃は当時の薔薇妃、もしくは牡丹妃の生まれ変わりと思われる。もし薔薇妃の生まれ変わりならば、守り刀は無くなったのではなく、薔薇妃が刺された時に薔薇妃の中に入り込んだということも考えられる。魔導具とは身体の中に入れることも可能だからね。そしてもし牡丹妃の生まれ変わりならば、同じように理由は分からないが守り刀を身体の中に隠したのだろう。そしてどちらの生まれ変わりにせよ、私のように覚醒した時にその守り刀が出現した、というのが今の時点での私の見解だ。」
確かに、これほど憶測にすぎない話を完全に真実として受け止めるのには危うすぎる、とジュリアは思った。そして同時にもう1つの疑問についても問いたださなければとエドワードを見る。
「エドワード様とジュダル様が今の牡丹妃様を生まれ変わりと思った理由もお聞かせ願えますか?」
ジュリアには分からない、だけど過去の記憶をもつエドワードと、その時代に生きていたジュダルだけが分かる何かサインのようなものがあったはずなのだ。
「・・最初に驚いたのは彼女の顔だったな。」
エドワードが静かに、そしてかすかに愛おしさをのぞかせながらポツリと話しはじめた。
「牡丹妃のあの顔は、当時の薔薇妃にとてもよく似ているんだよ。いや、似ているどころではないな。あの顔は髪や瞳の色は違えど、薔薇妃そのものと言っても過言ではない。私が覚醒して、その事実に気づき、考えられた理由は2つ。彼女の血縁であるか、それとも生まれ変わりであるか。でも1つ目の方の考えはすぐに打ち消されたよ。今の牡丹妃の系譜をたどっていっても昔の薔薇妃とは何の血縁関係もなかったのだから。」
「では、昔の薔薇妃様の生まれ変わりなのでは?」
(と、いいますか、そうであってほしいですわ!そもそも陛下も大賢者様も、昔愛した人とそっくりな方がいらっしゃるというのに、何故わたくしに構いますの?わたくしとしましては牡丹妃様とよろしくやって頂いた方がうれしい状況なのですけれど・・。)
エドワードの話を真剣に聞いていたはずが、1つの可能性を感じ、頭の中が脱線してしまうジュリア。
「私も最初はそのように思っていたのだけれどね。でも既にエドワードとしての私は君の事を心の底から愛していたし、今の牡丹妃にはそれほど興味を持てなかったんだ。」
(えっ?)
エドワードのその言葉に、ジュリアは頭の中で何かが引っかかった。その違和感が何なのかは分からなかったが、でも、エドワードが嘘をついていると何故か感じたのだ。だが、それは今エドワードに尋ねても、おそらく答えてはくれないだろうと思ったため、それを口にはしなかった。
ジュリアの心の動揺に気づいているかは分からなかったが、エドワードはそのまま話を続けた。
「同じように牡丹妃を見たジュダルも、牡丹妃の顔があの時の薔薇妃とそっくりであることに気づいたそうだよ。でもアイツは私とは違うもう1つの見解を持っていた。それは、今の牡丹妃は、当時の牡丹妃の生まれ変わりであるということ。」
(そういえば、以前陛下と大賢者様が牡丹妃様の事でお話していたことがありましたわね。アレはこのことだったのですね。)
牡丹妃の顔にひどく動揺していたジュダルを思い出した。
「牡丹妃は私を想うあまり、薔薇妃にひどく嫉妬していたからね。彼女を友と想う感情も持っていたから次第に牡丹妃は壊れて行ったんだよ。もしかしたら、その想いが強すぎて、薔薇妃になりたいと強く願い、それが薔薇妃と同じ顔になって生まれ変わるという現象を生み出したのではないか、というのがジュダルの見解だった。私もその考えには一理あると思っている。だが、人の想いだけでそのようなことがはたして出来るのか、その点の疑問が残るので、この見解も絶対とは言い切れなかった。」
人がどのようにして生まれ変わるのか、ジュリアには分からない事なので、ジュリアもエドワードの話を聞いているだけだと、何1つ正しい答は見つけ出せそうになかった。
「私から今、話せるのはこれだけだよ。続きは私とジュダルが、君に話してもいいと思えるようになるまで、お預けだよ。」
(・・・それならば、何故、どうして貴方様はそのよう寂しそうにしていますの?)
今すぐにでもジュリアに話したくてたまらない、というようにも見えるエドワードの顔を見て、ジュリアの心は今までになくエドワードによって揺さぶられていた。




