第58話 天敵?そのような言葉では到底表現しきれていませんわ。
(なんでしょう、この状況。わたくしが招いたこととはいえ、演劇でも見せられている気分ですわ。)
寝室にいるのは華やかな出で立ちの国王、そして向かい合うのは対照的に真っ黒な装束に身を包んだシノビ。その周りを赤毛の妖精がプカプカと浮いている。そしてそれを少し離れた所で見守るド派手美女。
「で、王様。俺に話ってなんだい?」
口調は砕けた様子だがその表情には緊張が走っているシノブ。
「そうだね・・。私の薔薇妃に近づかないでもらおうか。」
こちらは至って平然とした笑顔で応えるエドワード。
「ちょっと待ってくださいまし、陛下。シノブさんを必要としているのはわたくしですのよ?後宮にいるわたくしでは上手く立ち回ることも出来ない事がございます。大賢者様も姿を見せない今、シノブさんの手助けがなくては困りますわ!」
大事な駒をここで失う訳にはいかないと、口出しするジュリア。
「と、いうのは冗談だよ、薔薇妃。どうせ私が言っても聞かないんだろうから、この者が出入りすることは許可する。だが、薔薇妃、約束してほしいことがある。」
へらへらとした顔から一転、真面目な顔になるエドワード。
「この者と会うときは必ず妖精の誰かを立ち会わせること。そして必ず私に報告すること。内緒で会おうとは思わない様に。」
一々エドワードに報告などしなくてもどうせまたストーキング行為をして、ジュリアを見張るのだからいいのではないかと思うジュリアだが、取り合えず頷いておかないとまた気持ち悪い行為に及びそうで素直に「わかりましたわ。」と返事をした。
「ふーん。強気の薔薇妃も王様の前だとしおらしいんだな。やっぱ天敵ってやつか?」
ジュリアとエドワードのやり取りと物珍しそうに見ているシノブにジュリアがきっと睨みつける。
(天敵どころか、すっぱりきっかり金輪際二度と顔を見たくないくらい生理的に受け付けない方ですわ!そして、一々陛下を逆なでするようなことは仰らないでくださいまし!せっかく陛下がわたくしとシノブさんが会うことを御許しになりましたのに!)
「天敵、とは随分な言い方だな?私と薔薇妃は愛し合っているのだぞ?そのように嘘偽りばかり述べる口を切り裂いてやろうか。」
エドワードの顔を見なくても、怒っていることはようく分かるジュリア。
(・・・前々から思っていたのですけれど、時々陛下の口調が変わられてしまうのは、やはり陛下の前世であるエドモンド王と融合したことによる弊害かしら。)
シノブが自分で蒔いた種なので特に助太刀する様子もなく、どうでもよいことを淡々と考えているジュリア。
(きっと物腰が柔らかい方が元々のエドワード様で、少し乱暴なほうがエドモンド様ですわね。覚醒される前はずっとやさしい口調の方でしたもの。)
などと、考えている内に、いつの間にかエドワードがシノブに剣で斬りかかっていたので、さすがに止めに入るジュリア。
「陛下、この場でそのようなことはお止め下さいまし!わたくしの寝室を血で汚されては困りますわ!」
あくまで、シノブを心配して止めているわけではなく部屋が汚れるのが嫌だと主張するジュリア。もしシノブを庇おうものなら余計にエドワードを怒らせてしまうかもしれないと考えたからだ。
「・・それもそうだな。私と薔薇妃が愛し合う部屋で血を流すことはよくない。すまなかった。」
途中の言葉が気になりはしたものの、おとなしく剣を収めたエドワードにホッと胸をなで下ろしたジュリア。
「では、話しの続きをなさってくださいまし。」
しきりなおして再び向かい合ったエドワードとシノブ。
「あぁ。話を続けよう。薔薇妃が危惧している通り、最近の後宮は安全とは言い難い。そこで、本来ならお前になど頼みたくはないのだが・・。」
顔中に『不本意』と書いてあるがの如く、渋い顔をするエドワード。
「もしもの時、私やジュダルが動けない状況にあったら、最優先で薔薇妃を守ってほしい。これは王命ではなく、1人の男としてお前に頼む。」
そう言って本当は身体が拒否しているのか、プルプルと震えながらなんとか頭を下げたエドワードを見て、シノブが口笛を吹いた。
「へー?王様ともあろう人が俺みたいな怪しい奴に頭を下げるなんて・・。よっぽどの状況なんだな?んー、そんな王様に免じて頼まれてやらないこともないけどー。でもなー?さっきから俺、王様に命狙われてばっかりだし。まぁ、気分はよくないよな?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるシノブ。
「・・・何が望みだ?」
どうやら今は下手に出ることを決めているエドワードだが、その威圧感はとても下手に出ている者のものとは思えない。
「そうだなー。とりあえず、今後一切、俺に刃を向けない事とー。あと、さっきのことも含めて今まで俺にしたこと、謝ってくれる?」
完全に調子に乗ったシノブが立ち上がり、飢えからエドワードを見下しフフンと鼻で笑っている。
「・・分かった。今後一切お前に刃は向けないと誓おう。・・・そして、今までの事、すまなかった。」
きっちりと頭を垂れ、真摯な姿勢を見せたエドワードに、さすがにシノブもやりすぎかと反省し、「も、もういいよ。」とすぐにエドワードに顔を上げるように言った。
「―――あのー、シノブさん?勝手に陛下の頼みごとを引き受けていらっしゃるようですけれど、わたくしの依頼の件はどうなりますの?」
一部始終をハラハラと見ていたジュリアだが、ふと気が付き声を掛けた。
「あ・・。忘れてた。」
案の定な反応に頭が痛くなるジュリア。
「どうして半日も経っていない事を忘れることが出来ますの?信じられませんわ!」
ジュリアが頼んだ材料集めは、どんなに早くても全部合わせると1ヶ月はかかってしまう。ジュダルは『闇の魔力』を持っており、かつその材料がある場所に行ったことがあるため簡単に集めることが出来たが、おそらくそんなことが出来るのはジュダル以外にいないだろう。
「あー・・。どうすっかなー。どう頑張っても1ヶ月はかかるもんなー。」
思った通り、シノブもジュダルの真似をすることは出来ないようだ。
「先ほどから言っている薔薇妃の依頼とは何のことだ?」
自分にはわらかない事を話しはじめる2人にイライラとし始めたエドワードが口を挟んできた。
「あ・・さすがにこの話まではご存じではいらっしゃらなかったのですわね。」
いつもストーカー行為ばかりしてジュリアの行動を見張っているエドワードにちくりと嫌味を言ってみたジュリア。
「薔薇妃が望むのなら、君の一挙一動、食事をするところから、御手水に言っているところまで逐一見張ってもいいんだよ?」
「お止め下さいまし!」
もはや隠す気もなくストーカー発言をされ、真っ青になるジュリア。
「わたくしが悪うございましたわ!これからはきちんと報告いたしますので、そのようなことはお止め下さいまし。陛下。」
泣く泣く業務報告を約束することになり、心の中で涙を流した。
「わたくしがシノブさんにお願いしましたのは、わたくしの人形を作った魔法と同じ魔法をするための材料集めですわ。いつもなら大賢者様にお願いしようと思っていましたのに、最近は御姿をとんとお見かけしませんので、シノブさんにお願いしようと思ったのです。」
「・・・成程、藤妃の妹、リケーネ嬢のためだね?」
「!!」
ジュリアのたったあれだけの説明ですべてを把握したようなエドワードにジュリアは心の底から驚いた。
(やはりこの御方、わたくしへの執着を除いたら国王としては最高峰のレベルの御方ですわね。魔力も申し分ありませんし、何よりかなり頭が切れていらっしゃりますもの。他に類を見ない賢王となったでしょうに・・。本当に残念ですわ。わたくしへの執着心だけで全て台無しですものね。)
残念すぎる国王に少し哀しい気持ちになったジュリア。
「陛下のご推察通りですわ。ですので、シノブさんにわたくしを四六時中お守りいただくことは出来ませんわ。それにそのようなことをなされなくても、わたくしは自分の身くらい、自分で守れるだけの力はあると自負しておりますもの。ご心配無用ですわ。」
おそらく、魔力の大きさとその使い方で言えばジュリアの方がシノブより強いだろう。それにジュリアより強い者はこの後宮にはいない。だからエドワードが心配するほどの事でもないし、それはエドワードもよく分かっていると思うのだが。
「油断は禁物だよ?薔薇妃。いつ、どこで、どのようなことが起きるか分からないのだし、用心しておくに越したことはないよ。それに、その材料だったら既にジュダルから十分な量を預かっているから、この男がここを離れる必要はないね。」
エドワードが何もない空中の空間から『移動する空間』を発動させ、麻の小袋をいくつか取り出した。
「ど、どうしてこれを、大賢者様が陛下にお預けになったのですか?」
ジュリアからは何も言っていなかったはずなのに。なにより、人体錬成を行うと決めてからはジュダルと会っていなかったはずなのに。
「さぁ?私にも奴の考えることはよく分からないからね。きっと薔薇妃が必要になると思うからと言って渡していったよ。」
(もしや・・・大賢者様もストーカーですの?)
思わず辺りをキョロキョロと見渡してしまうジュリア。
「どうしたんだい?薔薇妃。そんなにキョロキョロして。」
さすがに挙動不審すぎたので、エドワードから心配の声が上がった。
「いいえ、なんでもございませんわ。・・そうですか。こんなに早く手に入ったのはとてもうれしいことですわ。これで藤妃様の望みを早いうちに叶えて差し上げることが出来ますもの。つきましては、陛下。」
すっと、エドワードの目を真っ直ぐに見据えるジュリア。
「・・分かっているよ。ポワティエ家の者が後宮に入る許可をと言いたいんだろう?」
「えぇ、お話が早くて助かりますわ。それから、その際はぜひとも陛下にも立ち会って頂きたいのですけれど・・・。」
ジュリアの頼みにエドードは驚いた。
「私の同席を望むなんて・・もちろん、言われずとも同席するつもりだったが、どうしてだい?」
いつものジュリアなら1人で事を成そうとするはずなのに、わざわざエドワードに同席を求めるとは、エドワード自身も思わなかったのだ。
「リケーネ様の御身体をお運びするには何人かポワティエ家の方々も同席なさるでしょう?その方たちに対して、対外的に術を施す者として、わたくし以外の誰かを紹介する必要がございますわ。でも誰かにそのようなことを頼むにしましても、わたくしの事情を説明しなければなりませんし、わざわざそのようなことをするのであれば、そもそも別の魔術師を紹介する必要がございませんもの。」
ジュリアの説明を聞いていたシノブが成程!と手を叩いた。
「つまり、薔薇妃は俺か、あのおっかねえおっさんのどっちかを王様と一緒に正式に後宮に入らせて、術を施す魔術師として薔薇妃の代わりに紹介する気だな?」
ドヤ顔を見せるシノブに、ジュリアは首を横に振った。
「違うぞ。お前みたいに口の軽い奴が魔術師役をかって出たら余計なことまで話してしまう危険性があるし、ジュダルだと見た目からして信用性に欠けてしまう。大事な家族の命がかかっているんだ。いくら私が連れて来たからとはいえ、そうやすやすと信用してくれるとは思えない。加えてアイツは誰に対しても同じような口を聞くからな。そこから私や薔薇妃との関係性が漏れてしまう可能性もあるし、なによりアイツの威圧的な態度を見て腹を立てない貴族は中々いないだろう。昔もそれで苦労したからな。」
ジュリアの代わりにエドワードが口を開き、説明を始めた。
全く、どのような経緯で大賢者とまで呼ばれるようになったか分からないが、ジュダルは当時からあのような様子だったらしい。エドワードも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「じゃー、どうすんだよー。」
「それは――」
「私の出番でしょうか。」
エドワードの言葉遮り、突如目の前に知的な美男子が現れた。
「何モンだっ!!?」
気配もなく現れた男にシノブが素早く身構えた。
「シノブさん、警戒なさらずとも結構です。こちらはウインド。そちらでプカプカ浮いているフレイムと同じ、後宮を守る妖精ですわ。」
エドワードやジュリアの記憶にあるウインドとは違ってジュリアよりも少し背の高い、穏やかな顔をした美青年が微笑む。
「やはり、薔薇妃にはお分かりになるようですね。これでも驚かせようとしていたのですよ?・・あぁ、そちらが噂の倭の國の者ですね。わたしは風の妖精、ウインド。どうぞお見知りおきを。」
優雅に挨拶をするその姿は貴族にも引けを取らない高貴なオーラが滲み出ていた。




