第56話 油断大敵?最後の最後でフラグを回収するとは思いませんでした。
「では、ご満足いただけたでしょうか?百合妃様。」
そろそろ陽が落ちてからだいぶ経っているので、この辺でお暇しようと、ジュリアが未だにシノブの武器に喰い付いてみているセシリアに声を掛けた。
「は!何?もう時間なの?」
やっとこちらの世界に戻ってきたセシリアは窓の外がすっかり暗くなっていることに気づき、そして目の前にいるシノブの顔をまじまじと見つめ、固まった。
「ぎゃー!!近いっ!!」
顔を真っ赤にしてものすごい勢いで後ろに逃げるセシリア。
(近いも何も、今の今まで顔を近づけて楽しそうにお話していましたのに。夢中になりすぎてシノブさんの事をすっかり忘れていらした、ということかしら?)
シノブに武器の事を聞いている間は武器に夢中になっていたので、気にしていなかったが、ジュリアからの声がかかり、我に返った途端、シノブの顔が思いのほか近くにあることを自覚し、途端に恥ずかしくなったようだ。
「おいおい、ローゼンタール王国の側室って、皆こんな変人ばっかなのか?」
皆、とは。
「シノブさん、よもやその中にわたくしまで入っている、なんてことはございませんわよね?」
口は微笑みの形を成しているが完全に目が笑っていないジュリアにカリーナが脅えている。
「は?どう考えても薔薇妃がその筆頭だろう?普通いないぜ?あのストーカー気質を除けば国王は割と顔はイケてる方だし。なにより後宮にいれば何不自由ない暮らしが出来るだろう?その上薔薇妃ともなれば、正妃がいない後宮のてっぺんだし。そこから出たいと考えているなんて。」
「あ、ちょ、シノブさん・・。」
シノブが、聞かれてもいないジュリアの事をペラペラと話しはじめ、これはまずいと声を奪う魔法を掛けようとするジュリアだが、間に合わず。
「まぁ、確かに?あんだけ粘着質な王様相手だと嫌になるかもだし、それにあんな得体の知れない不気味な黒男とのダブルタッグともなれば逃げだしたくなる気持ちも分かる。でも、薔薇妃の目的はそれだけじゃないんだろう?それだけなら俺が連れて逃げようかと聞いた時に頷けばよかったんだし。それをしなかったのはただ逃げるだけでは駄目だったからだろう?それを―――――。」
突如、シノブの口から紡いでいた言葉が消え、シノブは口をパクパクとさせている。シノブの声をジュリアがやっと奪ったのだ。
(ぬかりましたわ。後はこの部屋から出るだけと、油断したところに!!)
フラグはしっかり回収。最後の最後でしっかりやらかすシノブ。ジュリアは恐る恐るカリーナとセシリアの方を見た。
「・・今の話、聞こえていなかった、ということでは・・。」
「しっかり聞こえていました。」
「一言一句間違えないように言える自信もあるよ。」
はっきりとそう答える2人にジュリアはがっくりと肩を落とした。
(なんてことですの!?これでは何を考えているか分からない、ミステリアスな薔薇妃を演じていたわたくしの努力がっ!!)
ミステリアスな薔薇妃を演じることで、2人を翻弄し、分からせずにジュリアの思い通りに操る、というジュリアの作戦が台無しである。せっかくカリーナの弱みに付け込み、セシリアの琴線に触れる駒をセシリアに提示出来た所だったのに。
悶絶しかけて、我に返り再び薔薇妃の笑顔を見せるジュリア。
「・・その話、お忘れいただく訳には・・。」
「無理ですね。」
「面白いから無理。」
2人の答えに再びがっくりと肩を落とすジュリア。だがすぐに気を取り直しシノブを見た。そしてシノブの方へ近づき耳元に口を寄せる。シノブに掛けた声を奪う魔法を解いた上で、シノブに聞いた。
「シノブさん、確か倭の國では【忘却の術】とやらがあるとか・・。それを今この御二方に使って頂くことは出来ませんの?」
倭の國が謎に包まれた国である理由、それは倭の國に訪れた外国人がことごとく【忘却の術】によって倭の國での出来事の記憶を消されているからである。その一縷の望みをかけて小さな声でシノブに尋ねたジュリアだが。
「え?【忘却の術】?無理無理。俺、それ系の術苦手だもん。」
「声が大きいですわ!・・あ。」
こちらがひそひそ声で話しているのに対し、普通のトーンで話すシノブにジュリアは思いっきり怒鳴ってしまった。一瞬の間をおいて、ゆっくりと後ろを振り返ると、いつもとは明らかに違う様子のジュリアに驚いているカリーナとセシリアがいた。
「ねぇ、カリーナ。なんか随分薔薇妃様のキャラ、違くない?」
「そうですね・・。薔薇妃様があんなに取り乱しているところなんて見たことがないですもの。」
呆然とジュリアを見る2人にジュリアはどうこの場を取り繕うか、必死で考えをめぐらせている。
(どうすれば、どうすればよろしいですの?もっと後でわたくしの目的を話すはずが、全部ではないにしろ、その一部を知れてしまうなんて・・。今からもう全てを話す?いいえ、それはいくらなんでも早すぎますわ。でも忘却の術が使えないとなりますと・・。上手い言い訳が思いつきませんわ。何よりこの御二方は頭がかなりよろしいんですもの。下手な言い訳が通用するわけがありませんわ。)
考えれば考えるほど泥沼につかり、抜け出せない。
「・・・とりあえず、わたくし達はもうお暇させて頂きますわね。詳しい話はまた明日致しましょう。」
このままここにいても、再びシノブが余計な事を言いかねないため、一旦この状況を放置して立ち去る選択をした。
「え?でも・・・。」
「申し訳ございません、陛下をお待たせすることになってしまいますので、失礼させて頂きますわね。」
何かを言いかけたセシリアを遮り、そう言って、シノブとフレイムの手を引いて百合妃の間を出て行ったジュリア。
「なんだったんだ?あれ。」
「本当に・・。アレが薔薇妃様なの?」
残された2人はただ呆然と、ジュリア達が出て行った扉を見つめていた。
「もう!何でそう、貴方は余計なことばかり仰いますの?少しは自重するということを覚えたらどうなんです?」
百合妃の間を出て、誰もいない事を確認し、ジュリアはシノブに苦言を呈した。
「何のことだ?俺、何かしたか?お前の言った通りシノビの技を見せてやっただけだろう?」
本当にジュリアが何で怒っているのか分からないと、困っているシノブ。
「いやー、アレはないわ。俺でもあそこまでべらべらとしゃべらねぇもん。」
ここにきて、口を開いたのはフレイム。
「どっちもどっちですわ。ですがシノブさんはわたくしがひた隠しにしてきたわたくしの目的をよくもまああんなにべらべらと喋って下さいましたわね!予定が狂ってしまったではありませんか!」
「な!そんなに言うんなら、これは言っては駄目とちゃんと指示しろよな!俺にちゃんと指示しなかった薔薇妃が悪い!」
突然開き直ったシノブにジュリアは深いため息を吐いた。
「言わずともわかるでしょう?普通雇い主の事をそう簡単に話すものではありませんわ。それくらいの常識はあってしかるべきだと思います。」
「むー・・。そう言われてもなぁ。俺、深く物事考えるの苦手だし。」
すっかりふてくされているシノブにジュリアはとりあえずこれからの事を指示しなくてはと気持ちを切り替えた。
「シノブさん、少々頼みがあるのですが、このリストにあるものを集めて来てほしいのですけれど・・・。」
ジュリアは右腕の裾の中から1枚の紙を取り出した。
「もしかしたらシノブさんには難しいものもあるかもしれませんけれど、その場合は現在姿をくらましている大賢者様を見つけ出してあの方に依頼して頂けるかしら?わたくしは自由に後宮から出ることが出来ませんので、シノブさんだけが頼りですわ。」
いつもであればジュダルに頼んでいたことだが、ジュダルがどこにいるか分からない今、シノブに頼むしかない。この紙に書かれた材料がなければカリーナの望みを叶えることは出来ないのだから。
「うっわー。何だコレ。冒険者ギルドで依頼したら全部Sランクのもんばっかジャン。何に使うんだよ、一体。」
「秘密ですわ。とりあえず、わたくしには必ずソレらが必要ですの。お願いできますかしら?」
シノブには余計な情報を与えるべきではないと学習したジュリアはただ材料収集の任務だけを何も聞かずにこなすよう、お願いした。
「んー、まぁ、謝礼は既にもらってるしなー。さすがにあれだけで金貨100枚をもらうほど図太くないしなー。別に構わんよ。」
「あら?わたくし別途料金を支払うつもりでしたのよ?よろしいんですか?」
材料収集はジュリアが最初にシノブに金貨100枚で依頼した『後宮に入り込んで技を見せてほしい』という任務とは別になるので、当然ジュリアは追加料金を支払うつもりだったのだが。
「いいよ、別に。そもそも金貨100枚なんてもらいすぎなくらいだし。この材料収集の報酬だって、Sランクとはいえ、ギルドの謝礼はせいぜい金貨5枚くらいだもんな。もうちっと金銭感覚身に着けた方がいいと思うぜ?」
世間知らずと、軽く罵られたジュリアはぷーっと頬を膨らませた。
「べ、別にいいではありませんか。お金なら余っていることですし。」
「はいはい。わかりましたよー。んじゃ、俺もう行くから。早い方がいいんだろう?」
その場から離れようとしたシノブの裾を咄嗟に掴むジュリア。
「少しお待ちくださいまし。陛下に一度会って頂きませんと、わたくしが何を言われるか・・。確かに急いではいますが、陛下にお会い頂いてからで構いませんわ。」
「げ!何でおれがあの変態野郎に会わなきゃなんないんだよ!あったら俺が殺されちまう!」
逃げ出そうとするシノブを絶対に話すまいと更にシノブを掴む手の力を強くする。
「そうは行きませんわよ?このまま亜空間でお待ちくださいませ!」
凶悪な顔をしたジュリアは亜空間の入り口を創り出し、そのままシノブをその中に放り込んでしまった。
「・・・お前、酷いな。」
すべてを見ていたフレイムがポツリと本音を漏らす。
「何がですの?」
笑みを浮かべ、ただ周りに纏う空気だけは凶悪なジュリアを見て、フレイムはすぐに「いや?なんでもない!」と慌てて訂正し、あまりこの件に口を出すまいと心に誓った。




