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第26話 教皇?強欲の化け物の間違いでは?



 結局、「明け方までには戻る」と言っていたのに、エドワードは黄金の間には姿を見せず、宿を出て馬車に乗り込むまでにもジュリアがエドワードを目にすることはなかった。

 確認しようにも、ジュリアの馬車とエドワードの馬車は荷台に使って行馬車10台を間に挟んであり、中々目視で確認することは難しい。しかもどうやらエドワードは意図的にジュリアの前に姿を現さないようにしているらしく、とりたててすごく会いたいという訳でもないので、そのまま馬車に乗り込むジュリアであった。

 (もしや、わたくしが姿を見せるなと以前申したことを律儀に守っていらっしゃるのかしら。それならば本当にわたくしの取り越し苦労ですけれど。でもあの御方ならこういう王宮行事にかこつけてわたくしに堂々と会おうとなさるはずですし。・・・まるで嵐の前の静けさですわね。気味が悪いですわ。)

 ゴトゴトと舗装されていない道を通っているため、馬車が揺れる。カエラとユーリは馬車が揺れるたびに具合が悪そうにしているが、ルカは飄々と涼しい顔をしている。ルカの魔力の属性は『風』のため、衝撃を和らげる魔法を使っているのだろう。ジュリアも風魔法を使って衝撃を和らげているが、具合の悪そうな2人を気の毒に思い、彼女らにもその魔法を掛けてあげることにした。

 「ば、薔薇妃様!そんなお気遣いいただかなくて結構でしゅっ!」

 「そ、そうです!私達、これくらいへいきで・・・・おえぇぇっ。」

 大事なところで噛むカエラと、既に粗相をしてしまったユーリは大人しくジュリアに甘えることにした。ユーリの吐しゃ物は勿論綺麗に処理済んである。

 「貴女達はもう少し甘えるっていうことを学んだ方がよろしいようですね。貴女方がそんな状態で、いざというときに動けなくなってしまっていたらどうするのです?我慢をするのは結構ですが、無理をして頑張るのと、無茶をして失敗するのとでは、違いますのよ?」

 ジュリアも早く気付いて魔法を掛けてやればよかったと思うのだが、エドワードの事を考えていたために周りの状況把握を疎かにしていたことを自分で恥じ、ついきつめにカエラ達に当たってしまった。

 「す、すみません。」

 「面目ありません。」

 しゅんっとすっかりへこんでしまった2人を余所に、ルカだけは愉しそうに馬車から身を乗り出し、旅を満喫していた。



 2日目も特にこれと言った事件が起きるわけでもなく、そしてエドワードも姿を見せぬまま、無事に過ぎて行った。

 本来はそれが喜ばしいことなのだが、これだけの旅行でバトルイベントがもしかしたら起こるかも?盗賊が襲ってくるかも?魔物に出くわすかも?と少しばかり期待していたジュリアにとっては残念な結果であった。



 3日目もエドワードを見かけることはなく、昼ごろになると予定通りブレス山にあるモリオール教の総本山、ヴァンデンブルグ大聖堂にたどり着いた。

 (これが、ヴァンデンブルグ大聖堂ですの?・・・宗教というものは随分儲かるものなんですわね。)

 ジュリアがそんな感想を抱いても仕方がなかった。人を助ける場であるモリオール教は、ブレス山まるまる1山所有しており、その頂上付近にそびえ立つヴァンデンブルグ大聖堂は王城とほぼ変わらない大きさだったためだ。そのつくりもきらびやかな金でと銀で装飾されており、中へ入ると高級な絨毯にアンティークの椅子や机、窓ガラスは一面ステンドグラスで足元は大理石でできている。

 一体こんなところに貧困に喘いだ民たちがどうしてくるというのだろう。万が一知らぬ民が訪れたとて、おそらく門前払いを喰らうだろう。

 (醜悪な強欲の塊、みたいな場所ですわね。)

 吐き気がすると心の声を吐きつつ、口角を上げるジュリアは一瞬だけ自分たちを案内する司教に殺気を放った。一瞬ではあったがそれはそれは強い殺気がビリビリと放たれたため、直で当てられた司教は突然白目をむいて泡を吹いて倒れてしまった。

 「あら!司教様どうされたのです?どなたか、司教様を診て下さらないかしら?」

 わざとらしく大き目の声で言うと、同じ司教の1人が慌てて駆けより、倒れた司教に声を掛けるも、返事は返ってこない。他の2人に声を掛け、そのまま彼は大聖堂の奥へと連れて行かれた。

 (さて、わたくしのあの一瞬の殺気に気づかれた方がいらっしゃるようですわね。先ほどからわたくしを見るのを意図的に避けていらっしゃる方が・・・3人。それと2階の方から隠れてはいますが視線を感じますわね。敵か、味方か・・・あ!と言いますか、本当の意味での味方はいらっしゃるはずがありませんでしたわね。)

 フフッとつい声に出して笑ってしまったのを見たカエラが訝しむ。そのカエラの先にいるエリザベスと視線が合い、窘めるような目を向けて来た。

 (コホン。そうでしたわ。今回はあくまでエリザベス様の結婚式を祝福するのが目的。折角の外出でイベント!なんて言っている場合ではありませんでしたわね。申し訳ありませんでしたわ。)

 エリザベスには届かぬ声で謝り、そのまま奥へと進んでいく。

 と、その時、背後からバンッと扉を開ける音が聞こえた。

 (・・・随分、遅いお出ましでしたわね。)

 ジュリアは振り返らず、けれども誰が来たのか察知していた。

 「すまない、遅くなったようだね。」

 コツコツと大理石を鳴らす音が近づいてきて、それはやがてジュリア達がいるクワイヤまで来ると、音が消える。

 背後に控えていた従者たちが道を開けていくのが確認しなくても分かる。そして。

 「これは陛下。御久しゅうございますわ。お待ちしておりましたのよ?」

 クルリと振り返り完ぺきな淑女の礼。

 「あぁ、本当にすまない。薔薇妃を待たせてしまって・・。恨み言は今夜、寝物語として聞かせてもらうよ。」

 「まぁっ!」

 ホホホっと笑いでごまかすが、本音が表情に出ないか必死だ。

 「これはこれは国王陛下。お待ちしておりましたぞ。」

 祭壇の上から声がかかった。

 「あぁ、久しいな。バラジオール教皇。」

 教皇、バラジオール。御年72歳の聖職者でエドワードの父の時代から教皇の任についていた。モリオール教の聖職者の頂点であり、その権力は国王に次いで勇者と並ぶ。

 そのバラジオールは若い頃は立派な人道的聖職者として有名だったが、50歳を超えたころから権力に執着し、卑怯な手を用いて教皇の座まで上り詰めた、とジュリアは認識している。

 (その出資者の1人がわたくしの父でしたもの。)

 つまりブラスター家とバラジオールは深い縁があるのだ。それ故に、

 「薔薇妃様も、お噂通りお美しいですな。まるで女神が舞い降りたようです!」

 とにこやかに媚びてくる。

 因みに、『光の魔力』の持ち主は基本、魔力適性試験で属性が判明すると、このヴァンデンブルグ大聖堂がその身を預かることになる。勇者候補であればブレス山で修業をし、女子(おなご)であれば穢れを知らぬよう、大聖堂の奥で毎日身を清め、下界に触れないようにしている。

 (つまり、ライル様のあの残念なおつむはこのモリオール教が招いたことであり、おそらく、全員ではありませんが歴代の勇者様はほぼ全て残念な感じに育っていたんでしょうね。)

 全くもって哀れである。その身に『光の魔力』が宿っていることは確かなのだから、それ相応の教育を受け、それ相応の訓練をすれば、魔王ともまともに戦えたであろうに。

 (確か大賢者様の時代に1度魔王が封印され、その100年後に封印が解かれてから誰1人として魔王を討伐どころか封印すら出来ていませんのよね。それでも『光の魔力』を持つというだけであれだけちやほやされるのですから、勇者という職業は存外お気楽なのかもしれませんわね。まぁ、その間何故か魔王が襲ってこなかったのが不幸中の幸いですわね。)

 散々、心の中でライルを始め、歴代の勇者をディスるジュリアである。

 「ささっ、国王陛下夫妻様、並びに内親王殿下とラージラス公爵閣下、『光の泉』にて大巫女様がお待ちです。どうぞこちらへ。」

 ここからはジュリア、エドワード、エリザベス、グレンの4人だけの行動となる。従者たちはそのままクワイヤで待機してもらい、4人だけバラジオールに連れられ、サンクチュアリの祭壇の奥にある扉をくぐり、清らかな水が流れる『光の泉』についた。

 「御召し物を替えさせて頂きます。」

 と現れたのは大巫女に仕える聖女たちであり、ジュリアとエリザベス、エドワードとグレンはここで二手に分かれた。

 「・・ジュリア様、大丈夫ですか?」

 小声で、ジュリアにだけ聞こえるようにエリザベスが囁いた。

 「え、えぇ、問題ありませんわ。」

 エリザベスが心配したのは、ジュリアの顔色である。『光の泉』が近づくにつれ、ジュリアはどんどん具合が悪くなり、眩暈をもよおしていた。だが人の目があるこんなところで醜態をさらすわけにはいかないと、なんとか根性で表情には出さず頑張っていたのだが、エリザベスには御見通しだったようだ。

 (何故、こんなにここが気持ち悪いのかしら・・・。まるで何かの均衡が崩れてしまうような・・。)

 額にうっすらと汗をかき、それを軽く拭う。そのまま聖女たちに手伝われ、清めの儀式のための衣装に着替えた。

 着替え終えると、再び『光の泉』の前までエリザベスと共に向かう。

 1歩、また1歩と歩くたびにドクンドクンと脈打つ鼓動の音が大きくなっていく。

 (あぁ、どうして、こんなにも・・・そうよ、わたくしは()()()()()()()()()()んだわ!)

 それは漠然と、だが確かに浮かんだ想い。『光の泉(ここは)』本能的に何か嫌な感じがするのだ。

 だが、仮にも大巫女がいる『光の泉』。嫌な感じがすると言って、この儀式を回避することは出来ない。

 意を決して『光の泉』に向き合うと、ちょうど反対の方からエドワードとグレンが出て来たところだった。

 エドワードはジュリアの顔色を見て一瞬目を大きく見開いたが、すぐに元に戻り、それどころか何か分かったような顔をしていた。

 エドワードたちが自分たちの元へ来て、それぞれの相手の手を取る。ジュリアはエドワードに、エリザベスはグレンに手を引かれて『光の泉』の中へ入っていく。『光の泉』はどこから引っ張ってきているのかは分からないが、小さい滝が流れており、ジュリア達はこの滝をくぐって大巫女が待つその先にの『光の祭壇』へ行くようになっている。


   ―――駄目よ、それ以上進んでは・・。お願い、○○を起こしては駄目!!―――


 突然頭の中に響いた知らない声に、ジュリアはビクッと身体を震わせて辺りを見回した。勿論そんな声を発する人物など周りにはいない。

 (な、何?!誰なの?何を起こしてはいけないというの!!?)

 具合が悪い上に、得体の知れない声が頭に響き、既にジュリアはいつもの冷静な判断力を失っていた。

 ふらつく足取りで、エドワードに引かれながらゆっくりと進んでいく。心なしかジュリアの手を掴むエドワードの力が強くなった。

 (あと、少し、で着きますわ・・・。もう少し、頑張るのよ!)

 孤軍奮闘、自分を一生懸命奮い立たせ、滝をくぐってキッと前を見た。

 (っっ!!?あ・・れは誰?わたくし?)

 そこにいたのは幼い薄幸の少女。優しい微笑みはどこか悲しそうで、胸が痛くなる。ジュリア以外の3人は皆その印象を抱いていたが、ジュリアだけは違った。

 (う、そよ・・。わたくしではないわ・・。だってわたくしはもう――――)

 そこでプツンとジュリアの意識が途切れ、その場に倒れ込んでしまった。



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