第24話 国王の現状?そういえば忘れていました・・。
その日、女官長マリアからジュリアに招待状が渡された。
「エリザベス様の挙式に?」
招待状を持って来たマリアをそのままお茶に誘い、薔薇妃の間でくつろぐ。
「はい、現在正妃のおられない陛下に、付き添って頂く形になります。」
エリザベスの結婚式が2週間後に控えたこの日、マリアが持って来た知らせはジュリアにとって喜ばしいものであると同時に、頭を悩ませるものであった。
(エリザベス様の挙式ですもの。もちろん喜んで参加させて頂きたいですわ。それが、正妃代行という立場でなければ。)
唯一無二の親友であるエリザベスの結婚式は、後宮に入る前であれば当然出席しようと思っていたのであり、それが後宮に入れられたことによって叶わぬ願いになり、意気消沈していたが、正妃代行という形であれば後宮から出られないジュリアでも参列することが出来るという甘い誘惑に、ジュリアが勝てるわけがなかった。
「それは光栄ですわ!是非、出席させて頂きます!それで、日程はどのようになっているのです?」
「はい、王都最大の教会である、セントモリオール教会で挙式を上げられるようになっています。挙式の前日にはモリオール教の総本山であるポワティエ侯爵領のブレス山へ、エリザベス内親王様ご夫婦と共に、その身を清めに行って頂くことになります。本日より1週間の後、出立となりますので、それまでにご準備をお願いいたします。」
「1週間後ですか・・・急ですわね。」
「そうですね、私もそう思いました。」
本来であればもっと猶予があるのだろうと思うが、何故こんなに急なのか、ジュリアにもマリアにも分からなかった。
「とりあえず、分かりましたわ。早速女官達に行って、準備をしようと思います。女官長様、わざわざご足労頂き、ありがとうございました。」
マリアを見送り、薔薇妃の間の扉が閉められると、ジュリアはカエラ達に1週間後の出立に向けて、準備を進めるように指示をだし、寝室に入っていった。
コツコツ
聞きなれた音が窓の外からなっている。
「まぁ!久しぶりですわね!」
窓の外にいたのは銀色の羽毛に碧色の目をした小鳥。
「エリザベス様からのお手紙ですわね。ちょうどお待ちしていましたのよ。」
小鳥の足に括り付けられていた手紙をほどき、小鳥にお礼を言って別れた。
因みにこの小鳥はエリザベスの使い魔である。エリザベスとジュリア以外には見えないようになっており、万が一誰かに意図せずでも意図してでも妨害などを受けた場合には、小鳥が運ぶ手紙は一瞬にして燃え上がり第3者が読むことは決してない。そしてそのような事態に陥った場合、必ずエリザベスにわかるようになっている。
ジュリアは椅子に腰かけ、手紙を開いた。
「えぇと、親愛なるジュリア様――――」
―――――親愛なるジュリア様、いかがお過ごしでしょうか。私はようやく、グレン様と結婚できる運びとなりました。これは貴女様の助けがあったおかげで成しえた事です。本当に感謝しています。本当に貴女様には返しきれない恩ばかりがあり、一生足を向けて眠ることが出来ないですね。
ところで、これを呼んでいるころにはきっと王宮からの連絡が着ていることだと思います。ジュリア様に参列いただくことはこの上ない幸せですが、どうかお気を付け下さい。最近、兄の様子がおかしいようです。貴女様を後宮へ招いた時のように何かを企んでいるんだと思います。私に分かるのはこれだけです。本当に申し訳ございません。どうか、その身にこれ以上の不幸が及ばぬことを願っています。
貴女の親友、エリザベスより。―――――
手紙をぱたりと閉じ、ふーっと息を吐いた。
「・・・嫌な予感しかしませんわ。でもエリザベス様の挙式には是非参加させて頂きたいですし・・・。本当はこれを機に、何者かに襲われて行方不明!とい演出をしてそのまま後宮に戻らないっていう手があるのですが、それをしてしまうと、冒険者ギルドに登録できなくなってしまいますし・・。冒険者ギルドに登録していない冒険者など、破落戸とかわりませんしね。とりあえず、何が起きてもいいようにある程度の準備をしていくしかありませんわね。」
手紙をジュリアにしか開けられない小箱の中にしまうと、続いてジュリアは『移動する空間』の中からジュダルに集めさせていた数々の伝説級のアイテムを取り出した。
「それでは、実験を再開しますか。」
人目を凌ぐために、寝室の中に亜空間を創り出し、その中で色々な書物を読みながら自作の魔法陣を作り上げて試行錯誤するジュリアはその結果に一喜一憂しながら時間が経つのも忘れ没頭していった。
――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――
ここは王宮のとある一角にある部屋。たくさんの資料や本に囲まれた埃っぽい小さな部屋で、今夜も薄暗い明かりを灯しながら1人ブツブツと呟いている人物がいた。
ローゼンタール国王、エドワード・ローゼンタールである。
「・・駄目だな。これでは。すぐに却下されてしまう。あー、でもこっちでもダミアンはうんとは言わないだろうな。・・・はぁー、どうしたものか。」
頭をくしゃくしゃと掻き上げ、机に突っ伏す。そして窓の外を眺め、久しく見ていない想い人を脳裏によみがえらせた。
「あぁ、愛しい薔薇妃。今頃どうしているだろうか。きっと君のことだからまた余計なことに首を突っ込んでいるんだろうね。」
ぎゅっと握りしめているのは、薔薇妃の間からこっそり盗んできたジュリアのハンカチ。
「穢れを知らない君は無垢のまま変わってほしくはないのだけれど、あそこにいたらそれも許されない・・。君を籠の中に入れたのは私だけど、それは君の願いとは沿わないものだったんだね。そうとわかれば私がしなければいけないことは決まっている。でも、あの時の私が決めたことが、今、この時こんなにも私の邪魔になるだなんて・・皮肉なものだね。」
再び机に向き合うと、 机の引き出しの中から1枚の古びた紙を取り出した。
「ねぇ、エドモンド。私は間違っているのかな。でも、それでも、あの時のような思いはもうたくさんなんだよ。今は私と共にあるキミなら、分かってくれるだろう?」
そこに描かれていたのは、エドモンド・ローゼンタールが当時の薔薇妃に宛てた手紙。ついにその手紙が彼女に届くことはなかった、彼の想い。これを見るたびに、エドワードは自分自身を奮い立たせることが出来る。
「―――――いるんだろう、ジュダル。」
手紙を見ていたエドワードが、目を伏せ声を掛けると、影の中からぬっとジュダルが姿を現した。
「やっぱりエドモンドもどきには分かるか。」
「当たり前だ。何年共にいたと思っているんだ。」
ジュダルは机の上に積み重なっている資料の山にチラリと視線をやった。
「ふうん、成程な。大体お前の考えは分かったが。これ、下手すると諸刃の剣じゃねぇか?」
さすがは大賢者。一目でエドワードの考えを御見通しなのである。
「今更臆してなんていられないな。既に事は動き出しているんだから。・・・彼女はどうしている?」
ジュダルが既にジュリアと会っている事はエドワードにも分かっていた。それが分かっていても阻止しないでいるのは、それ相応の理由があるのだが。
「はっ。お前に言うかよ。アイツの様子なんて。」
「それもそうだな。私もお前の口から彼女の事が語られるのは我慢ならないし。」
「お?そう言うんなら特別サービスに俺とジュリアとの甘い一夜を語ってやろうか。」
「馬鹿か。そんなことがありえないというのは分かっているんだよ。もう少しましな嘘をついたらどうだ?」
勿論、ジュダルの話は嘘である。
「あーあ、そんなこと言うなら俺が創り出した亜空間でのジュリアの姿の映像、見せてやんねぇぞ!」
「何っ?!それは本当か?早く見せろ!!」
クルリと背を向け、影の中に返っていこうとするジュダルの衿を掴み自分の元へ引き戻す。
「ぐっ・・何するんだよ!絞まっただろうが!」
「そんなことはどうでもいいから、ほら!早く!」
随分ジュリアに会えていないせいか、エドワードの瞳は異様にぎらついている。
「うっ・・ったく、しゃーねーな。すこしだけだかんな!」
ジュダルが呪文をブツブツと呟くと、エドワードとジュダルの前に立体のホログラムが現れた。そこに映し出されているのは満身創痍のジュリアである。
「おい!貴様、やりすぎだろう!!あぁ、あんなに傷ついて・・・。」
「仕方ねぇだろう?この時はアイツ、防御魔法を一切使わず、攻撃魔法だけでどれだけやれるかっていう訳のわからない実験をし始めたんだから。大丈夫だよ、致命傷は与えていないし、特訓が終わった後はきれいさっぱり傷を治していやがったし。逆に俺の方がひどい有様だったぜ?」
いたるところから血を流しているジュリアよりもひどいとはどんな状況だったのだろうか。
「あーあ、全く大賢者の面目丸つぶれだぜ?俺よりもずっと若い小娘にここまでしてやられるなんて。」
「よく言うよ。実力の何分の1くらいしか出していないくせに。・・・・・・それにしても、やっぱり薔薇妃は困難な敵に立ち向かっている姿が1番美しいね。もちろん、普段の取り澄ました猫ッ被りも可愛いのだけれど。こんなに瞳を輝かせている相手が私ではなく、コイツだっていうのが納得できないところではあるが・・・。でも、」
うっとりと映し出されたジュリアを見つめ、甘い甘い囁きのような声で、
「すぐにキミを迎えに行くから。そしたら君はきっと、この時の何倍もの美しさを私に見せてくれるだろう?私の愛しい―――――」
それは人々を癒す天使か、はたまた人々を魅了する悪魔か。そのどちらとも言える顔で
「―――薔薇妃。」
と呟いた。
その頃薔薇妃が得体の知れない悪寒に襲われたことは言うまでもない。
エドワード久しぶりですね。
生きていたんですね。
いつ出そうか迷っている内にもう出さなくてもいいんじゃないかと思い始めていました。




