第22話 藤妃の牽制?待ってました!
死刑宣告をされ、執行をまつ死刑囚のような絶望にまみれた表情で、ただただ涙を流し、倒れ込んでいるミザリーを余所に、既に彼女への興味を失ったジュリアは、再びカリーナを見た。
(藤妃様、さすがの手腕ですわね。言い逃れの出来ない証拠を気づかれないように集め、更にそれを既に監察府に提出してミザリー様の逃げ場をなくして追い込む。何より恐ろしいのはこのお茶会という場を使って、一度ミザリー様を喜ばせておいて突き落とすその非情さ。敵にしたくはありませんわね。そのために、わたくしがすべきなのは・・・。)
「藤妃様、後宮の秩序を守ろうというその姿勢、わたくしも見習いたいものですわ。でも、1つお伺いしてもよろしいかしら。」
ジュリアがカリーナと対峙する。
「えぇ、勿論です。薔薇妃様にはこの場にお呼びして、このような場面をお見せすることになってしまい、大変申し訳なく思っていますので。」
ジュリアにしてみれば、とんだ茶番に付き合わされただけなのである。アイリスならともかく、ジュリアとミザリーはほとんど無関係なのだから。故に、
「どんでもないですわ。でも、少し言わせて頂けるのであれば、何故、わたくしをこの場に招いたのでしょうか。」
ミザリーを断罪するだけであればジュリアは不要なはず。何故ならミザリーが喜ぶ人物など、アイリス1人で十分なはずだからだ。実際断罪が起きるまではミザリーはアイリスにべったりだったのだから。アイリスを呼び出す口実にしても、シャーロットを断罪するためと言えばそれだけで十分。彼女は嬉々としてここに来たはずだ。
「何故、とは?」
「先ほどから見ていれば、どうもわたくしは今回の事と無関係のようですし、ミザリー様を断罪するだけならば、わたくしでなくてもよかったのではありませんか?そもそもこんな場を設けなくても、監察府に証拠を提出したのであればミザリー様はすぐに裁かれたはずでしょうし。・・そうですわね、腑に落ちないのですわ。」
これがジュダルであれば、カリーナが何を考えているのかすぐに分かったであろうが、極力人の精神に関与する魔法は使いたくないと、それをしてしまえば人外の仲間入りだと常々自分を制しているジュリアはジュダルの真似をすることなく、カリーナの心の内を、その挙動等で推し量ろうとしていた。
顎に手を当てて、少し俯き、ふむ、とジュリアは考えをめぐらせているように見える。
「さすがは才女と誉れ高い薔薇妃様ですね。本当に怖い御方ですこと。」
ジュリア以上に悪女に見えてしまうカリーナはその所作の一つ一つが男を誘惑する道具のようになめらかで美しい。
「怖いだなんて、わたくしは藤妃様に遠く及びませんわ?ミザリー様お1人を貶める為にここまでするなんて。」
「あら、私別にミザリーさんを断罪するためだけに貴女方を集めたわけではありませんよ?」
コツコツとヒールの音を響かせながら、カリーナはゆっくりとシャーロットの方へ歩いていく。そして後ろに回り込み、ポンッとその方を叩いた。
「私、薔薇妃様と牡丹妃様に1つご忠告をもうし上げようと思いまして、貴女方をお呼びしたんです。」
肩を叩かれたシャーロットは話について行けず、すっかり置いてきぼりにされ、突然肩を叩いたカリーナの方を「え?え?」と言いながら振り返る。
「今後、シャーロット様へ危害を加えたり、シャーロット様を陥れようとするすべての方を、私の敵と見做します。」
(!!・・そういうこと、ね。それならばきっと、藤妃様はわたくしのことを・・・。)
「私、ミザリーさんの他にもシャーロット様に危害を加えている方を知っています。もちろんその証拠もございます。ああ、今はこれ以上事を荒立てる気はございませんので、ご心配には及ばないです。ですが、貴女方が私の忠告を聞かず、今後もし、シャーロット様に何かあれば・・・その時は、分かりますよね?」
(むしろ、どうぞ!ですわ。それにしても、わたくしも顔負けの極悪顔ですわね。藤妃様の前にいるシャーロット様が生贄のように見えますわ。)
さすがは小動物!と何故か感心してしまう。
カリーナはこの発言でジュリアとアイリスに牽制をしているのだ。
シャーロットの身に何か起きれば、すぐに手にしている証拠を監察府に渡してジュリア達を断罪することが出来ると。もしジュリアやアイリスが直接手を下していなくても、2人の全く意図していない事であっても、容赦なくジュリア達を訴えると。頭の良いカリーナの事である。ジュリア達を追い込むだけの材料を十分持っているはずだ。だがそれを今監察府に渡すことをしないのは、たとえジュリア達が2人とも断罪され、後宮を追い出されてもシャーロットへの嫌がらせは止まない。それどころかきつくなるかもしれない。シャーロットを快く思っていない側室など、たくさんいるのだから。だからカリーナはあえて今ジュリア達を訴えることはせず、脅すことによって、確実にシャーロットを守る手段を取ったのだ。
(本当に、頭の良い御方。この御方なら、わたくしの良い協力者になって下さるでしょうに・・・。それだけに残念ですわね。)
カリーナに脅されて、唇を噛みしめているアイリスとは反対に、哀愁を漂わせるジュリア。
(今の藤妃様はわたくしの協力者ではなく、都合の良い駒でしかないのですから。)
フッと凍るような笑みを見せ、それを見たカリーナは今日初めて顔から余裕をなくしていた。何故、この状況で、薔薇妃は笑えるのかと。
「何を仰っているのか、わたくしにはさっぱり分かりませんが、藤妃様とシャーロット様が仲良くなさることは、わたくしにとっても喜ばしいことですわ。是非、わたくしもそのお仲間に参加させて頂きたいのですけれど・・・。」
何故かジュリアはチラリと談話室に備え付けられている小部屋の方に視線を移し、すぐにカリーナに戻した。その時の迫力に気圧され、カリーナは思わず身構える。
「・・どうやらそれは難しいようですね。寂しい限りですわ。それではわたくしはもう失礼しますわね。ごきげんよう、みなさん。」
ふわりと薔薇の香りを残して、ジュリアは優雅に去っていった。残されたアイリスも、慌ててジュリアの後を追って行った。
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ジュリアとアイリスが去った後、それまでポカーンと状況について行けていなかったシャーロットも「あ、私ももう帰らなきゃ!」と門限に気づいた子供のように急いで立ち上がり、そそくさと談話室を出て行った後、残されたカリーナは一番近いソファに腰を落とし、一息ついた。
「・・お疲れ様、カリーナ。」
突然背後からかけられた声に、カリーナは驚かない。
「それで、どんな感じだった?薔薇妃と牡丹妃は。」
少し高いはつらつとした声の主は小部屋の方から出て来て、カリーナの前に座る。
「どうもこうも・・・貴女はどう思ったの?―――――セシリア。」
カリーナの向かいに座る女性、百合妃セシリア・ローゼン・オルデンブルクは抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体をソファーに倒し、ごろんと横になってカリーナを見上げた。
「多分カリーナと同じ意見だよ。牡丹妃はともかく、薔薇妃は・・・侮れないね。僕にも気づいていたようだし。」
この可憐な少女の口から「僕」と出るのだから、見た目詐欺にも程がある。口を開かなければ深層の令嬢という言葉がぴったりなのに。
「そうですね。あ゛ー、今思い出してもゾッとします。あの目、視線だけで人を殺せるんじゃないかしら。」
自分の身体に腕を回し、ぶるぶると震えるのを抑えようとする。
「いやー僕もあせったよ。こっちに敵意を送ってくるんだもん。ひさしぶりにちびっちゃうかと思ったよ。」
もう黙っていてほしい、それ以上口を開かないでほしいと、もしこの場に第3者がいれば思われてしまうが、ここにはカリーナとセシリアの2人きり。気兼ねすることなく、のびのびとするセシリアである。
「で?彼女は噂通りの人だった?」
「・・・そうですね・・。」
無邪気なセシリアとは対照的に、目を伏せ、しばらく考え込んでいる。
「噂通りのような人、という表現が正しいかもしれないですね。確かにここ最近のシャーロット様への嫌がらせは彼女の女官が行っているのに間違いないのに・・。なんかどうもしっくりこないというか・・ううん、気のせいですね。とりあえず要注意人物には間違いないのですから。」
一瞬頭によぎった考えを、振り払うように首を振って、頷く。
「そっかー、残念だね。カリーナ、もし薔薇妃が噂通りの人じゃないんなら、一緒にあの本について語り合いたいって言っていたのにね。」
「あら、それはセシリアもでしょう?発明した魔法について意見を聞きたいって息巻いていたじゃない。」
お互いに顔を見合わせて真剣な顔をする。が次の瞬間、2人とも吹き出し、大笑いをした。
「アハハハっ!本当、カリーナと一緒にいると、楽しいことがいっぱいだね。」
「私も、退屈な後宮生活もセシリアと一緒なら乗り切れるわ。」
この2人はお互いがお互いを尊敬し、高め合っている。そして信頼し合っている。
「今までどんな困難も2人で解決してきた。それは今回も同じだよ。絶対に僕たちは、僕たちの望みをここで掴み取ってみせる。」
「えぇ、そうです。私達2人が手を合わせれば、何も怖いことなどないわ。例え、手を汚してしまうことになっても、私たちは私たちの道を突き進むだけ。例え、薔薇妃様であっても私たちの前に立ちふさがるのであれば、全力で排除します!」
「まぁ、まずは本格的に側室筆頭として動き始めた彼女の手腕を見てみようじゃないか。彼女が側室達をどう導いていくのか。そして牡丹妃とシャーロット嬢をどうするのか。楽しみだね。」
「本当に楽しみだわ。何せあの方は私たち5人の称号付き側室の中で唯一『称号を与えるに足りる資格を持つ側室』、『真の薔薇妃』なのですから。」
「本当、侮れないね・・・。」
クスクスと、談話室に響いた笑い声は、雨の音に打ち消されて外に漏れることはなかった。
あー、一気に他の称号付きの側室達を出すことになりました。
一旦ここで藤妃のターンは終了ですね。
追記
最後の部分、会話がおかしいことに気付き、修正しました。
それ以前に読まれた方、すみませんでした。




