第21話 突然の断罪?被告人はわたくしでしょうか♡?
その日は生憎の雨だった。
しとしとと霧雨のような雨が薄暗い後宮の庭に降る。
いざ、カリーナとのお茶会に向けて、ジュリアは着々と準備を進めていた。
この日のジュリアの装いは白い生地のドレス。裾の部分には紫色の藤と、深紅の薔薇の模様があしらっており、静かな白の中にも華やかさを演出している。
髪はそのまま結わず、アクセサリーは小ぶりだが、高級感のあるネックレスを身に纏っている。
何か起きてもいつでも対応できるよう、ドレスの中には短剣を仕込んでおり、また念のためフレイムとアクアに姿を隠したままそばに控えておくように言った。
カリーナのお茶会で何故警戒をしているのか。それはジュリアが妖精たちから聞いた、ある信じられない話によるものだった。
カリーナはジュリアだけではなくアイリス、ひいてはシャーロットまでお茶会に招いている。そんな三つ巴の戦争みたいな状況を創り出そうとしているカリーナは一体何を考えているのだろうか。そしてこの期に及んでシャーロットはのこのことこのお茶会に出てきたりはしないだろうなと、心配もしている。
「さて、それでは行きましょうか。」
(戦場に。)
最後の言葉は心の中でだけ言い、ジュリアはカエラと共に薔薇妃の間をあとにした。
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そのお茶会は、離れの談話室で行われた。本に囲まれた部屋で、中央にふっかふかのソファと丸い洒落たテーブルが置いてある。5~6人のお茶会にはピッタリな広さで、実際このお茶会に参加しているのは5名だけである。
ジュリアはその5人目として登場した。
ジュリアが入ってきたその瞬間は、それはもう色々な感情がこもった視線を感じた。
(って、なんでいますのよ、シャーロット様。相応おつむが弱いのかしら・・。よくあの状況で、他の側室のお茶会に顔を出そうなどと思いますわね。ある意味大物ね。)
もう、呆れを通り越して感心モードである。
「薔薇妃様、ごきげんよう。道中、雨には濡れませんでしたか?」
このお茶会のホスト、藤妃カリーナ・ポワティエが席の最奥より1つ手前の席からジュリアに声を掛けた。
「藤妃様、この度はお招きいただいてありがとうございます。雨の事は気になさらないで結構ですわ。だって、雨の方からわたくしを避けていきましたもの。」
カリーナに雨の事を言われ、そう言われてみればと周りを見ると、カリーナ、ジュリア、アイリス以外の2人がそのドレスに水の痕をつけていた。
(あぁ、本当に、なんて考えなしなのかしら。風邪でも引いたらどうしますの?もう・・・)
ジュリアは心の中でだけ、ため息をつき、そして誰にも聞かれないような小さな声で『アクア』と呼んだ。ジュリアの意図を理解したアクアは姿を見せないまま、濡れたシャーロットのドレスを一瞬の内に水分を蒸発させ、乾かした。
それを確認したジュリアは一歩、また一歩と歩き、カリーナの隣に座る。
「それではみなさん、そろいましたことですし、お茶会を始めますね。」
お茶会が始まってしばらくは、不自然なほど普通だった。特にアイリスが何か起こすこともなければ、シャーロットは何故か嬉しそうにジュリアに喋りかけている。その光景をカリーナが上品に笑いながら見て、もう1人の側室がアイリスに流行りの服だとか、国1番の楽士のことだとかを一生懸命話している。そんな、傍から見ればどこにでもある貴族の風景だ。
(そういえばこの方・・確か・・・。)
アイリスに話しかけている側室を見て、ジュリアはハッとなった。名前は確か、ミザリー・ブラハッド。ブラハッド男爵令嬢で、ミランダの話によると妾腹の子らしい。普段シャーロットとよく行動を共にしている側室で、側室の中でも身分が低い方だったり、魔力があまり強くない者だったりに与えられる最下級の部屋に住んでいる。
ジュリア達称号付きの側室は、後宮でも特別優遇されている。その最たる優遇が彼女たちの部屋に表れている。一般の側室達の部屋は側室達が過ごす部屋と、1人がギリギリ寝れるくらいの広さの侍女用の仮眠室のみ。その側室付きの女官達は主人に仕えている以外の時間は後宮の女官室でそのほとんどを過ごしている。また部屋にはトイレは備え付けられているが、風呂がなく、称号付きではない側室達は皆、大浴場でその身をきれいにするのだ。比べて、称号付きの側室の部屋には、寝起きをする広い寝室(大体キングサイズのベッドと、椅子が3脚、テーブルや本棚を置いても十分余裕があるほど広い)に、ゲストを迎えたり、寝る以外の時を過ごすこれまたかなりの広さのリビング、女官が常にそばにいられるように備えられた簡易キッチン付きの女官室、トイレに3人は余裕で一緒入れるくらいの浴室と、何不自由なく過ごせるようになっている。
シャーロットは御子を授かっているため、王宮からの指示で一番狭い部屋から、中くらいの部屋に移動になったが、それでもジュリア達称号付きの側室の部屋には遠く及ばない。
閑話休題、とにかくそんな底辺の側室がジュリアやアイリス、カリーナと話せる機会はほとんどないため、ミザリーはそれはそれは嬉しそうにアイリスに話しかけているように見えるのだが。
(やはり、あの日のことは牡丹妃様へのアピールだったようですわね。仲のいいフリをして、虎視眈々とシャーロット様を蹴落とそうと企み、牡丹妃様へ取り入るためシャーロット様のお茶に細工をした・・・。)
ジュリアが催した庭のお茶会で、シャーロットのお茶に毒を持った人物、それはその日シャーロットの隣に座っていた、ミザリーであった。少し香りを嗅がせて、と言ってシャーロットからお茶を奪った隙に母体ではなく、お腹に宿る子供にのみ、影響を及ぼす毒を入れたのだ。
(本当、欲に憑りつかれた人というものは――――)
醜悪ですわね、とニィッと笑い、その時目が合ったミザリー一瞬にして顔が青ざめた。
「ところで、藤妃様、そろそろ教えて頂けませんこと?」
カチャリと茶器を置いて、アイリスがカリーナの方を見た。
「あら、何のことでしょうか。」
カリーナはその笑みを絶やさない。
「いやですわ、おとぼけになるなんて。このお茶会の目的を、ですよ。」
ピクッとジュリアの耳が動く。
「目的、だなんて。そんなものはありませんわ。ただ、私は皆さんと親睦を深めようと、お誘いしただけですのに。」
飄々といってのけるカリーナだが、このメンツを集めておいて、そんな答えは誰も許さないだろう。・・「あれ?皆さん、どうしたんですか?」と場違いなまぬけ声を出すシャーロット以外は。
「・・・フフフ、そんな顔をなさらないでくださいな。冗談ですよ、冗談。そんなに怖い顔ばかりしていますと、皆が脅えてしまいますよ、牡丹妃様。」
アイリスは決して怒りの表情など見せてはいない。むしろ、笑顔のままだ。
「そうですね、目的は確かにありますよ。牡丹妃様をお誘いする際も、それを匂わせましたからね。」
パチンと仰いでいた扇を閉じ、カリーナはスッと立ち上がった。
「それでは、始めましょうか。身の程をわきまえない、後宮の膿のような女の断罪を。」
落ち着いた、威厳のある声で、しっかりと、はっきりとそう宣った。
(なんですって?!)
何故かちょっと嬉しそうな、だけれども驚きと焦りのような声が、ジュリアの中で木霊する。
(わ、わたくしのことかしら・・。それなら、願ってもないことですわ。よってたかって牡丹妃様と一緒に責め立てられ、それが後宮全土に広がり、全側室対わたくしみたいな構図が出来上がって、わたKしが数々の陰謀の餌食となり、濡れ衣を着せられ追い出される!少し時間はかかりそうですけれど、悪くないシナリオですわね。・・でも、)
期待を膨らませつつカリーナを見ていたジュリアだが、その視線をシャーロットに移す。
(この場合シャーロット様にも当てはまりますわね。特に身の程をわきまえないっていうところ辺りが。平民出身の、それも御子を身ごもった彼女をそういう風にいっているご側室方は大勢いらっしゃいますしね。そうなると、少しまずい展開かしら・・。)
一体どちらなんだ、とカリーナを再び見た。ジュリアと目が合ったカリーナはにっこりと大人の色気のある笑みを浮かべている。なるほど、この艶やかさに世の男どもは心を奪われるのか、と勝手に納得するジュリア。
「それで?その後宮の膿とは、一体誰の事なのかしら・・・。」
アイリスはその可憐な見た目に似つかわしくない、悪魔のような笑顔でジュリアと、そしてシャーロットを見た。
(やっぱりその2択ですわよね!さぁ、どちらなの?!)
ジュリアの期待と不安と、アイリスの悦楽と。そして未だ現状をよく分かっていないシャーロットと、事の成り行きを見守っているミザリーと。様々な感情の視線が全てカリーナに注がれている。
やがてゆっくりとカリーナの口が開いた。
「それは、己を磨くこともせず、けれども現状に満足することもなく、卑怯な手を使って他の者を陥れようとし、自分がのし上がるための道具のように扱う。権力者には媚びへつらい、同じような立場で、だが自分よりも優位に立たれるとそれを妬み、繰り返したのは嫌がらせどころか、その命を脅かそうという悪行。全く持って、不愉快極まりないわね。・・・ミザリーさん?」
突然蚊帳INをして目を見開くミザリー。そして驚いているのはジュリアも、アイリスも同じだった。
(えっ?!そっち?そう言われれば、彼女は断罪されるに値するほどいろんなことをシャーロットにしていましたけれど・・・。それにこの場に彼女がいたのはそういう理由でしたのね・・。何が起こるか知っているような素振りを見せていた牡丹妃様が驚いているのが気になるところですけど。)
「なっ、何故私が断罪されるのですかっ!!意味が分かりませんわっ!!」
寝耳に水、とはまさにこのことなのだろう。おそらくミザリーはアイリスや他の称号付きの側室達に貢物をし、取り巻きになる事を望んでいた(そういえば国王がジュリアの元に訪れていた期間によくジュリアに貢物が届いていたがその中に彼女の者も含まれていたのだろう)。そして念願かなってこの後宮のトップに君臨するジュリア達とのお茶会に招かれて、それはそれは歓喜したに違いない。そんな幸福絶頂の中、突然崖から突き落とされるような目に合ったのだ。このように取り乱しても仕方がないと言える。
「身の程知らずなのはこの、シャーロット・ラングレーズの方でしょう?!陛下の寵愛を嵩に、本来なら私などよりもずっと卑しい身ですのに、自分は他とは違うと言わんばかりに振る舞い、子供を宿した今なんて、薔薇妃様や牡丹妃様を差し置いて、陛下から数多くの贈り物までされて・・調子に乗っている彼女こそ、断罪させるべきです!」
訂正しておくが、シャーロットは偉そうに振る舞ったり、調子に乗ったりなどはしていない。というか、エドワードから構われていた時も、御子を宿したのが分かったときも、国王からの贈り物をたくさんもらっている今も、あまり深く物事を考えず、「わーうれしい。」とか「めっちゃありがたい」とかそんな感想だけを抱いているのだ。
「黙りなさい!耳障りな蠅のようですね、本当に。陛下の寵愛を受け、御子を宿しているのであれば、彼女を敬って当たり前、それなのにいつまでも自分が優位に立っていたいからと、他の側室達が彼女に近づかないように悪い噂を吹聴し、彼女付きの女官にも手をまわして職務を放棄するよう仕向け、表では彼女と仲良くしているのは自分だけという立場を確立し、その裏で彼女の足を引っ張り、陥れようとしていたことは分かっているのですよ!ドレスに毒蛇を忍ばせたことも、茶葉に毒の葉をまぜたことも!恥を知りなさいっ!!!」
カリーナからの怒号に、言葉を失うミザリーは、ガタガタと震えながら何かを思い、ゆっくりとアイリスを見た。助けを求めるその瞳には涙をいっぱいに溜め、今にも零れ落ちそうである。
「あら、牡丹妃様に助けを求めても無駄ですよ。貴女を助けるだけの価値なんてありませんもの。・・それとも、何か言いたいことでもございますか?牡丹妃様。」
冷ややかな、視線をアイリスに向けている。
「・・いいえ、特に。まさかミザリーさんがそのようなことをなさっていたとは私、知りませんでしたもの。驚きましたわ。後宮でそんなことが起きていたなんて、恐ろしくてこの身が凍る思いですわ。」
どの口が言うのか、とジュリアは呆れを通り越して感心している。
確かにアイリスが特別指示したわけではないのだが、アイリスがシャーロットを目障りに思っていることを取り巻きに告げ、その取り巻き達がそれとなくいい感じの駒になりそうな側室や女官にそれを吹聴するだけで、彼女に取り入りたい者たちは自らその手を汚し、悪行を働く。自分の働きに中々気づいてもらえなければ、その行動には過激さが増していく。どんどん自分と差をつけていくシャーロットに焦り、命を脅かすほどのことをしたのはそういった経緯があったのだ。
「既に証拠を取りそろえ、監察府の女官を呼んでいます。貴女にはもう逃げ場はありません。」
冷たく言い放たれ、アイリスにも見放さられ、ミザリーはその場に崩れ落ちたのだった。
一旦、長くなりそうだったので、この場で区切りました。
まだカリーナのターンは続きます。




