第20話 音信不通の国王?そのまま消息も不明になればいいのに。
『薔薇妃様』
ふわりと優しい風がジュリアを包み、ウインドが姿を現した。
『これが、本日の分とのことです。』
ウインドがジュリアに渡したのは、小瓶に入った透明の液体。
「そう、ありがとうと伝えて下さる?」
受け取った小瓶を光に当てて眺めながら、ジュリアが言うと、何か言いたげなウインドがもごもごしている。
「・・どうかしましたの?」
小瓶を懐に納め、ウインドに尋ねた。
『あの、薔薇妃様。いつまで彼をこのままにしておくのですか?』
ウインドが言っている“彼”とは。先日ジュリアが追い出した大賢者、ジュダルの事である。
「いつまでと言われましても、あの方が人並みの神経を持ち合わせるまでですわ。本音を言えば一生会いたくないわね。」
『そ、そこまで嫌われているんですね、あの方は。』
苦笑いをするウインド。
「嫌いというか、はっきり言って迷惑なんです。あの方も、陛下も。わたくしのことは放っておいていただきたいですわね。」
目下、後宮脱出計画を進行中であるジュリアにとって目の上のたんこぶ的な2人。
本来であればジュリア以外の後宮の側室を、国王の寵愛を理由にいじめて、発覚させて、追放!というのがジュリアの考えているシナリオだが、寵愛を受けたのはまさかのジュリア。ライルの時みたいにそっけなくすれば諦めて他の側室の所にいくかと思いきや、それどころか増長してますますジュリアに構うようになってしまう始末。一体こんな可愛げのない女のどこがいいのかと、エドワードの視力を疑ってしまう。早く良い医者に診てもらった方が良いですよと助言までしてしまいそうだ。ジュダルについても、気まぐれに出没してはジュリアの心臓を縮めるという迷惑行為。勝手にアイリスへの招待状を破棄してしまうという妨害工作、数々のセクハラ発言と隙あらばジュリアに魅惑を掛けようとする狼藉。一体誰があんな奴の封印を解いたのだと、プリプリしつつ、すぐに自分だったと思いだし自己嫌悪の繰り返し。
だが、それもここ最近は平和なものだった。
エドワードはあの日からジュリアが言った通り、後宮には一切姿を見せず、黙々と王様業に取り組んでいるらしい。まぁ、それはジュリアの願いとは少しそれているのだが。
ジュダルはというと、ウインドを通して次から次へと出されるジュリアの無茶振り指令に以外にも真面目に取り組み、ジュリアの手元には怪しい何に使うのか分からないようなものがどんどん増えていった。
『後、それ、色々と問題なのではないでしょうか。』
ウインドはジュリアが腰からぶら下げている巾着を指差した。
「あら、ご存知でしたのね。いいではありませんか。少し拝借しているだけなんですから。それに、本人も気づいて放っておいているのだと思いますわよ?」
だって、必要なら使いを出してでもコレを取り返すはずだから。
(少しは見どころがあるのかしらね。・・・・・おえぇっ)
そっと、今ではジュダルにさえ聞かれることのない心の声で、その人物の事を思い、そしてすぐに吐き気をもよおすのだった。
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エドワードがジュリアの元を訪れなくなって2週間が過ぎた。さすがにジュダルは「もういいだろ、反省している、二度と女を道具のように扱う発言はしねぇし、お前に魅惑を掛けることもしねぇ」と随分反省するそぶりを見せたので、許すことにした。というか、そろそろ許してやらないと、何をしでかすか分からなかったので、嫌々、仕方なく会いに来ることを許可しただけなのだが。
だが、エドワードは2週間が過ぎても一向にジュリアに会いにこようとはしなかった。勿論ジュリアも許しているわけではないが、あれだけのストーカーが何もしかけてこないのは逆に不気味である。
(まさか、押してダメなら引いてみようなどと言った馬鹿げたことを考えているわけではありませんよね。まぁ、おとなしくして頂けるのはありがたいことですが・・・。)
ちょっとジュダルに様子を見て来てもらおうか、と考え、すぐに首を振りその考えを打ち消す。
(駄目よ。こちらからアクションを起こしては。陛下の思うつぼだわ!それに今は陛下に構っている場合ではないですし。)
ジュリアの、後宮脱出計画のための『脱!ぼっち、誰か後宮で協力者を作ろう!』な作戦を進行中でほぼ毎朝クリスティアナと鍛練をし、交友を深め、昼は他の側室の庭のお茶会を訪れ、他愛のない会話をしつつ、人材発掘に望み、夜は夜でミランダに指令を出したり、情報をまとめたりでなにかと忙しいジュリアである。
(あー、本当に忙しいですわね。早く協力を願い出るに値するほどの人物に出会えないかしら。クリスティアナ様はこれまでの感じから、好ましい方でいらっしゃるとは思うのですけれど・・色々と策略を考えたり、情報戦に強かったりするわけではありませんしね。)
ジュリアの求める協力者とは、ジュリアの本音を聞いてジュリアに協力しそうと思われる人物で、且つ、情報力に優れ、情報を収集するだけでなく、情報を操ることを意図的に行える人物。それでいてアイリスのようにジュリアに敵愾心むき出しではなく、権力にもお金にも興味がないような人物である。そういった意味ではエリザベスはジュリアにとって最高の友達とも言えた。王妹なので、権力とかお金とかに興味はなく、むしろうんざりしているくらいで、またそこそこ腹黒く、最初は王族だからとあまりかかわろうとしなかったジュリアだが、たまたま彼女が毒を吐く所に出くわし、思わず笑ってしまった。それからエリザベスとは急速に仲を縮めて、今ではジュリアの本性を知る数少ない大親友となった。だが、王妹であってもこと後宮においてはほとんど無力。更に言えば、エリザベス1ヶ月後には結婚をし、王宮を出る。そうなれば手を貸してもらうどころか会うことすら難しくなる。だからジュリアにはエリザベス程の大親友とは言わなくても、ある程度事情を知る協力者が必要だったのだ。
(・・そう言えば、明日は藤妃様からお茶の御誘いがありましたわね。この前はあまりお話しできなかったから、いい収穫があるといいのだけれども。)
昨日、藤妃カリーナ・ポワティエ付の女官から是非一緒にお茶を楽しみたいと藤妃が言っていると言われ、明日の約束を取り付けたのである。
カリーナ・ポワティエ。世間一般的に有名なのは彼女のその派手な見た目を裏切った類まれなる知性と品格である。ミランダに調べてもらった話では、いいよる男に「私と話がしたいのなら、『数式と魔法演算』という学術書を熟読して、それに関する見解を400字以上1000字以内にまとめられるようになってからにしていただけますか?」と振ったという逸話がある。因みに『数式と魔法演算』とは8000ページにも及ぶ分厚い本で、上・中・下巻がある。作者はジョルジュ・ポワティエ。何代か前の宰相で、カリーナの祖先でもある。その内容は数式と魔法演算の関係性から、それを用いた高度な魔法の開発、研究結果などで、この本を真に理解できる人はこの国に10人もいないだろうと言われている、それくらい難しい本なのだ。
(類稀なる知識と品性を兼ね備えつつ、更に無理難題を言ってつまらない男を振るあたり、わたくしと似ている部分があると思いますわね。)
それに、とジュリアは先日目にしたあるものについて考えた。
それはジュリアも以前見たことがある光景。けれどジュリアが見た物とは少し違う。
それを見かけたのはたまたま藤妃の間の前を通った際、その扉にあった紋様のような円陣の文字。円陣の一番外側だけ、薄い青色の光が灯っていた。
その時突然現れたアクア曰く、『完全ではないけど、彼女は少しだけ、資格を持っているようだね』とのことだった。もちろん、カリーナ程の頭の持ち主であれば、『失われた言葉』を読み解くことくらいできるのかもしれない。そんな彼女とタッグを組めば、鬼に金棒である。でも逆に、彼女がジュリアの敵であれば、もしかしたらアイリス以上の強敵になるかもしれない。
そんな期待と不安を入り混ぜつつ、ジュリアは明日会うカリーナに思いをはせた。
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「牡丹妃様、何か良いことでもあったのですか?」
この日、めずらしく上機嫌のアイリスに、取り巻きの1人、ポーラが尋ねた。
「あら?分かりますの?」
紅茶を啜りながらアイリスが答える。
「えぇ、珍しく鼻歌を歌っていらっしゃるんですもの。誰だってわかりますわ!それで、何があったんです?」
興味津々の顔で聞かれる。
「ふふっ。大したことじゃなくってよ?ただ、明日楽しそうなお茶会に誘われたのですよ。」
なんだ、お茶会かと、少しだけがっかりしつつ、でもあのアイリスが鼻歌を歌うほど上機嫌になるのだからきっとすごい催し物でもあるのだろうと、思った。
「それで、どなたからの御誘いなんですか?あまり規模は大きくなさそうですけど。」
アイリスを誘うほどのお茶会なのに、その噂が一切出ていない。何か、特別なお茶会に違いない、そう思ったポーラは、嬉々としてアイリスの返事を待つ。
「秘密にするように言われているから、本当は言っては駄目なのだけれど・・・。ここだけの話よ?実はね・・・。」
にっこりと天使のように微笑むアイリスの口からでた人物の名は・・・・
――――――― 藤妃・カリーナ・ポワティエ―――――――
休みだと、調子に乗り深夜の更新です。
もうすぐブックマークが3000件になるかも?と淡い期待を抱いており、
もし達成できた暁には番外編を投稿しようと思っています。




