第16話 昼ドラ展開?願ったり叶ったりです。
温かい陽気に包まれて、薔薇妃が主催の初めての『庭のお茶会』が催された。
色とりどりの綺麗な薔薇に囲まれた庭には、乙女心をくすぐるかわいらしいお菓子や、みずみずしいフルーツがシンプルなお皿の上に盛り付けられ、豪華ではないが上品というお茶会になっていた。
招かれた側室達は「薔薇妃にしては地味ね」という感想を抱きつつも、おいしいお菓子と、上質な紅茶、そして見る者を感動させてしまうほどの華やかな薔薇たちに囲まれ、満足していた。
「入宮してしばらく、皆様と共に交流を深めていなかった事を後悔しています。これを機に、同じ後宮に住むもの同士、仲良くしていただけたら嬉しいですわ。さぁ、わたくしの心づくしのおもてなしを楽しんでください!」
ジュリアがそう挨拶してから皮切りに、ジュリアとお近づきになりたい側室達が次々にジュリアの元を訪れ、他愛のない会話を楽しんでいく。少しオーバーリアクション気味にその会話に参加しながら、ジュリアは側室達の様子を伺っていた。
(どうやら、振られてしまったようですわね。残念ですわ。)
辺りを一通りくるりと見回して、目的の人物がないことにすこしだけがっかりした。
「ジュリア様、お久しぶりですね!お元気でしたか?」
ジュリアを取り囲む側室達の後ろから声がかかった。
「まぁ、エリザベス様!お越しいただけたのですね!お会いできてうれしいですわ。」
声の主が誰であるかを知った側室達が慌ててその場をゆずり、現れたのはエドワードとそっくりな黄金の髪にエメラルド色の瞳をした美少女、エリザベス・ローゼンタールだった。
「私が貴女の御誘いを断るわけないでしょう?大切な親友ですもの。」
エリザベスに『大切な親友』といわれ思わず顔がほころんでしまったジュリアは、その笑顔を見た周りにいる側室達がジュリアの顔に見とれていることに気づいていない。
「それにしても素敵なお茶会ね。貴女のセンスの良さが分かりますわ。あくまでもメインはこの咲き乱れる薔薇。そしてその薔薇の邪魔にならない程度に控えめな飾り。この茶器も名品ね。上品な柄の白磁ですもの。見た目の派手さだけにこだわった下品なお茶会とは雲泥の差ですね。」
最高級の賛辞を王女直々に述べられ、ジュリアは勿論誇らしくなり、先ほどまでジュリアのお茶会を地味と称していた側室達は恥ずかしくなった。
「エリザベス様にそこまで仰っていただけるなんて、わたくしは幸せ者ですわ!さぁ、エリザベス様、わたくしの隣へいらっしゃってくださいな。」
ジュリアに誘われ、エリザベスはジュリアの隣の上質なソファの上に腰かけた。
「ところでジュリア様。随分兄上に気に入られていらっしゃるようですわね。」
「えぇ、ありがたいことに毎晩私の元に通ってくださっています。ですが、陛下がお疲れでないか心配していますのよ?毎晩いらっしゃらなくてもと申しましたのに。エリザベス様からも陛下にご自愛頂くように仰っていただけませんか?」
「申し訳ないわ。私からも兄上にたまには自室でゆっくり休んではと進言したのですけど、兄はどうしても毎日貴女の顔を見ないと死んでしまうなどと申して、私の言うことなんて少しも聞かないのですよ。」
「まぁ、本当に困った陛下ですわね。」
ホホホっと笑い合う姿は仲睦まじく、またただののろけ話をしているように聞こえるが、その実、2人はお互いにだけわかるように隠語を使いながら愚痴を言いあっているだけなのだ。
簡単に訳すと、
『ジュリア様、兄に気に入られてしまい気の毒ですね。』
『本当に、毎晩部屋に居座られて迷惑しています。こっちも疲れているからもう来ないでほしいのに、何度言っても毎晩押しかけてきます。』
『本当に申し訳ないです。私からも兄にジュリア様に迷惑をかけるなと注意したのだけど、全然言うことを聞かないんです。』
『どうしようもない迷惑男ですね。』
となる。
そもそもジュリアの入宮の際、ジュリアの本当の望みを知っているエリザベスはなんとかそれを阻止しようとしたのだが、力及ばずジュリアを入宮させることになってしまい、ジュリアに対して負い目を感じていた。それに加え、時々ジュリアから届く手紙には兄であり、国王であるエドワードの迷惑行為がつらつらと書かれており、兄が国王でなければ殴って縛り上げてジュリアに近づかないようにしたいとまで思っている。
そんなこんなでエリザベスとは隠語を使いつつ、周りの側室とは猫をかぶりながら表面上は愉しく会話していたジュリアは、ふと、1人の側室に目が留まった。
(な、何かしら、あの小動物・・。)
ジュリアの視線の先にいたのは、この時代の貴族の令嬢にしては珍しい、ショートボブの栗色の髪に、顔の半分くらいあるのではないかという程大きな同じく栗色の瞳。ぷっくりとさわり心地のよさそうな頬は血色良くほのかに桃色に染まっている。座っていても遠目で分かるほど小柄でおそらくジュリアと並べば大人と子供くらいの差があるだろう。
(うーん、とりあえず側室全員に招待状を出したので、社交界の場で会ったことがない方もいらっしゃるとは思っていましたのだけれども、それにしても可愛らしいわね。)
「あの、どうかなさいました?薔薇妃様」
その声で我に返ったジュリアは会話の途中で別の方向を見ているジュリアを心配そうに見る側室達の目に気づいた。
「申し訳ありません、お話の途中で・・。」
これは本心で謝っている。
「いいえ、とんでもございません!そうですよね、やっぱり薔薇妃様もあの方のことが気になりますわよね。」
目の前にいた側室の1人がジュリアが見ていた方向と同じ方を見た。
「え?どういう意味でしょうか。」
素で、言われた意味が解らずそう言ったのだが、何故かジュリアを取り囲む側室達の顔が強張った。
「貴女、また余計なことを言って!」
隣にいた側室が窘める。
(なんでしょう、この空気は。・・・待って、あの人、もしかして・・。)
ガバッと淑女にあるまじく、勢いよく立ち上がったジュリアは朗らかに微笑みながら会話を楽しんでいる小柄な側室を凝視した。彼女を見るジュリアの顔は驚きと、焦りとをにじませており、ジュリアの周りにいる側室はオロオロとジュリアの挙動を伺っている。
(いけない!それを口にしてはっっ!!)
会話の途中で席を立つのは、貴族にとって無礼な行為であったが、この時のジュリアはそんなことを気にしていられない程、焦っていた。心配して「どうしたの?」と聞いてくるエリザベスに「ちょっとだけ、失礼します」とだけ言ってその場を離れた。
「ごきげんよう、皆様。」
突然目の前に現れた迫力美人、薔薇妃ジュリアに、その場で今の今まで和やかに歓談していた側室達は固まった。
「えぇと、まだご挨拶をしていなかったのだと思いますけれど、お名前を伺えますかしら?」
にっこりと、微笑むと、側室達は慌てて自分の名前を次々に答えた。
「そう、今後ともよろしくお願いいたしますわ。えっと、最後はそちらの・・。」
ジュリアがチラリと視線を移すと、ティーカップを握り締めた小動物のような側室の背筋がピンッと伸びた。
「は、はい、私シャーロット・ラングレーズと申します!この度はこんなに素晴らしいパーティにお招きいただき、すっごくすっごくうれしいです!!」
(ん?・・なんなのかしら、この娘。言葉遣いとか、立ち振る舞いとか全然貴族らしくないのですけど。)
見れば口元にお菓子の食べかすみたいなものがついているし、おそらくお茶をこぼしたのであろう、ドレスには染みがついていた。
「なんだかおもしろい御方ですわね。ところで今手に持っていらっしゃるのは今お出ししたばかりのハーブティですわね。」
ジュリアはシャーロットの手元に視線を移した。子供の手ではないかと思うほど小さいその手にはまだ淹れたてなのか、白の陶器に薄緑色で模様が描かれたティーカップからほんのり湯気がたっている。
「そうなんですね!私、お茶とかあんまり詳しくないんですけど、すっごくいい香りがしたので、今とってきたばかりなんです!」
嬉しそうにそう説明するシャーロット。話に夢中な彼女は周りにいる側室達の表情がみるみる脅えに変わっていくのに気が付いていない。もちろん、目の前にいるジュリアの表情にさえ、気づいていない。
「そう。でも、残念ですが貴女には、」
艶やかな声で話しながらジュリアはシャーロットからティーカップを取り上げる。
「これを飲む資格はありませんのよ?」
口角をクイッと上げ、目を細めて笑うジュリアは取り上げたティーカップをひっくり返し、びちゃびちゃと音を立てながら中に入っていたお茶を地面にこぼした。
「え?どうして・・。」
空になったティーカップを近くで給仕をしていたミランダに手渡し、そのままミランダに何か耳打ちをしているジュリアをシャーロットが泣きそうな顔で見ている。
「どうしてって、ほんと、身の程をわきまえない方には困らせられますわ。わたくしは貴女があのお茶を飲むのが気に食わないの。ただそれだけですわ。ほら、代わりをお茶を用意しましたので、こちらをお飲みになりなさいな。」
一旦その場を離れすぐに戻ってきたミランダからピンクの模様が描かれた別のティーカップを受け取ると、それをそのままシャーロットに渡した。
「へ?あ、ありがとうございます・・。」
何故か馬鹿正直に反射的にお礼を言ってしまうシャーロット。
「あ、それと、この場は貴女にあまり似つかわしくないようだから、早々にお部屋にお戻りになる事をお勧めするわ。それじゃあね。」
暗に「早く帰れ」とそう釘を刺されたシャーロットは呆然とジュリアが立ち去るのを見送った。
ジュリアとシャーロットの一部始終はその場にいたすべての側室達が見ており、『庭のお茶会』は華やかな雰囲気から一転、ジュリアの機嫌を損ねない様にしようとビクビクする側室達によって一気にお通夜モードに変わった。
その空気を肌で感じ取り、ジュリアはエリザベスに視線で『後で説明する』と伝え、そろそろ『庭のお茶会』をお開きにしようとカエラに声を掛ける。
ざわっ
上座にいたジュリア達から1番遠く離れた薔薇の庭の入口付近が何やら騒がしくなっている。
「どうしてあの方が?」
「てっきりご招待されていないと思っていたわ。」
「一体どういうおつもりかしら。お2人とも。」
側室達が訝しむのも無理はない。何故なら、そこにいた側室達が道を開けるように両脇に避けて、その中心を優雅に歩いてきたのはアイリスだったからだ。ジュリアが入宮するまで後宮を牛耳っていたアイリスは次期薔薇妃、そしてゆくゆくは正妃になるとまで言われていた。だがそれもジュリアが薔薇妃として入宮したことによって脆く崩れ去っていった。自分が薔薇妃になれないと分かったときのアイリスの心中は察するに及ばない。また側室達は未だジュリアの事を『強欲な女』、『金と権力が大好きな女』と思っている者がほとんどなため、薔薇妃となれない今でも後宮に置いて絶大な権力をふるっているアイリスのことを快く思っていないと思われていた。それ故、側室達へジュリアが招待状を届ける際、ルカがジュリアに本当にアイリスにも招待状を送るのかと訪ねたのだ。
アイリスがふわふわと髪を風に揺れながら、歩くその姿はまるで天使のように愛らしい。背後には取り巻きらしき側室が3人続いてきている。
(やっと来ていただけましたわね!なにやら少し不穏な空気を背負っているようですけれど、わたくしにしてみればご褒美みたいなものですわ!さぁ、アイリス様、わたくしにどんと喧嘩を売って下さいな!)
1ヶ月前、自分に刺客を送ったり、魔法で攻撃をしてきた相手に対して抱く感想はそれかと、叱られても仕方がない思いで胸をドキドキさせているジュリア。
そんなことをジュリアが考えているとは露知らず、アイリスがジュリアとエリザベスの目の前まで来るとピタリと足を止めてにっこりとほほ笑む。
「エリザベス様、薔薇妃様、お久しぶりですわ。ご機嫌麗しくお過ごしでしょうか?」
小鳥のさえずりのような声はジュリアとはまた別の意味で男を虜にしてきたのだろう。
「まぁ、牡丹妃様。本当にお久しぶりですわね。お会いできてうれしいですわ。」
こちらは色っぽい、その声を耳にした男を虜にし、海の中に引きずり込む人魚のような艶やかな声のジュリアである。
「・・私、貴女にお会いしたこと、あったかしら?」
一方、素でキョトンとするエリザベス。その一言によってアイリスのこめかみがピクリと動いたのが分かった。
「私も薔薇妃様がおいでになる前までは側室筆頭でしたので、初春の宴の際陛下と一緒にご挨拶させて頂きましたわ。」
そう言われ、思い出したかのように「あぁ、あの時の。」と言うエリザベスは本当にアイリスに対して興味がないのだろう、それ以上何も言うことはなかった。その反応を見てアイリスのこめかみが再びぴくぴくと動く。
(エリザベス様?牡丹妃様の事、生理的に受け付けられないのは分かりましたから、それ以上牡丹妃様の敵意をわたくしから奪わないでくださいまし。)
どんどん剣呑な雰囲気になるアイリスとエリザベスに対し、これまた独特な心配をするジュリア。
「コホン。ところで、何やら楽しそうな声が聞こえてこちらに参ったのですけれど、どうやらもうお開きのようですわね。次回は是非わたしもご招待頂けないかしら。」
残念そうに悲しい顔をするアイリスは無性に庇護欲をそそられてしまう。
(え?どういうことなの?だってわたくし・・・。)
「それはどういうことなのかしら。わたくし、牡丹妃様にも招待状をお送りしましたのよ?」
これは演技ではなく、本当に驚いている。
「そうだったのですね。本当におかしな話だわ。どこかで行き違いがあったのかしら。まぁ、今回はお2人にご挨拶出来ただけでも良かったですわ。次回からはもっとたくさんお話しできるとうれしいですわ。そうだわ!今度は私の『庭のお茶会』にご招待いたしますわ。」
ふわふわした羽のついた扇で口元を隠しながら上品に笑うアイリス。
「本当ですか?光栄です!是非伺わせて頂きますわ。」
こちらもお洒落な扇で口元を隠し、ホホホと笑う。
「あ、私は都合が会えば行きますね。」
全く行く気がないのが丸わかりなエリザベス。三度、アイリスのこめかみが動いた。そろそろ血管がブチ切れるのではないかと、ジュリアは少し心配になった。
「ところで薔薇妃様、一言ご忠告させて頂きます。」
瞬間、アイリスの顔が意地悪く歪む。
「お付き合いなさる方は限定されませんと。ほら、あんなところに身の程をわきまえない下賤な者までいらっしゃるではありませんか。あのような方がいらっしゃっては薔薇妃様の品位が疑われますわよ?」
チラッと斜め後ろの方を向き、シャーロットを見るアイリス。
「私の『庭のお茶会』では選ばれた人しかお呼びしませんの。下賤な者に合わせたこのような質素なパーティではなく、もっと華やかで豪華なパーティにしますわ!お楽しみになさっていて!・・それでは私はこの辺で失礼しますわ。」
ペコリと上品にジュリアに礼をするとくるっとジュリアに背を向け、来た時と同じように優雅に歩いて去っていく。一緒に来た側室3人もアイリスの後を追っていく。と、そのうちの1人がシャーロットにわざとぶつかり、反動でシャーロットが転んでしまった。
(なんてことっ!)
その光景を遠くで見ていたジュリアは手に持っていた扇をギリッと握りしめた。
「あーらごめんなさい?あまりにみずぼらしいから女官かと思って、邪魔だから思わずぶつかってしまいましたわ。気を付けてくださいまし?」
シャーロットを突き飛ばした側室は高らかに笑い、アイリスもクスクスと意地の悪い笑みを見せ、その場から立ち去ろうとしていた。
「アイリス様!お待ちになって!」
薔薇園の出入り口の目前まで行っていたアイリスたちをジュリアが引き留めた。
「どうやらわたくしが招待した方のせいでご気分を害されてしまっているようですわね。エリザベス様や他の皆様も、楽しいパーティに水を差してしまって、申し訳ありませんでした。そんな皆様に、わたくしからお詫びの印に一興を催させて頂きますわね。」
高らかに宣言し、扇で口元を隠して小声で「ストーン、ウインド、頼みましたわよ。」と呟くと、扇を持つ手の反対の右手を天高く掲げてパチンと指を鳴らした。
すると空から無数の色トリドリ花びらがハラハラと舞い散り、その場を覆う。
側室達が口々に「すごい!」「なんて美しいの?!」と称賛の声を上げている。
「まだまだですわ。」
続いてジュリアは「アクア、アレを」と小さくつぶやき、再び天高く掲げた右手の指をパチンと鳴らす。
少しだけ蒸し暑いかなと感じたその時、ジュリアが手を掲げている空に大きな虹が架かっていた。
周りからは感嘆のため息が漏れ、隣にいたエリザベスも「すごいわ!ジュリア様、私こんなの初めてです!」と手を叩いて喜んでいる。
「いかがでしたでしょうか。わたくしの特製の魔法のおもてなしは。ご満足いただけましたでしょうか?」
ジュリアの問いにその場にいた多くの側室達が大きくうなずき、アイリスも認めざるを得なかったのか「本当に素晴らしい余興でしたわね。」と言って取り巻きの側室達を引きつれて去っていった。
(結局、『薔薇妃VS牡丹妃、後宮の女たちの白熱、醜い争い!』的なわたくしと牡丹妃様の対立する姿をあまり他の方に見せることが出来ませんでしたわ。そればかりかエリザベス様やシャーロット様にわたくしの立場を奪われてしまうなんて・・。わたくし、一生の不覚ですわ!)
「―――ミランダ。」
余興で散らせた花びらが全て地面へと落ち、カラフルな絨毯と化したのを確認した後、そばに控えるミランダにだけ聞こえる声でジュリアが囁いた。
「はい。」
「あの方をあの方の部屋まで連れて行きなさい。それと念のため医女を呼ぶように。」
「承知しました。」
小さな声でミランダに指示し終えると、ジュリアはカエラに声を掛けて『庭のお茶会』をお開きにした。
ちょっとだけ、ドロドロを出せたかなと思ってます。




