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(旧) 退魔医術士 左近  作者: 脩由
第一章
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第8話

 「帝、失礼ながら、篠様は詩鶴様を柱に考えてはおられませんでした。しかし、右近様が出発され、もしやこのような事態になるのではと心を痛められながら、最善の手を考えておられ、詩鶴様を”柱”にされるご準備をなさっていたにすぎません。」


 篠老の後ろに座っていた、20代後半ぐらいの篠老の右腕と言われている前崎という男性が帝に返事を帰す。


 「そう、そのとおりなのです。私は今回の件で心を痛める医術士の一人。民のために最善の手を考えていたにすぎません。」


 前崎の相槌で息を引き返した篠老がここぞとばかりに言葉を選びながら帝に返事をする。

 

 「わかった。」


 短い言葉で話しを切り、前崎の相槌に証拠のない話を出すわけにはいかない帝は話を元に戻す。


 「”柱”の件、”ひのか”も認めているとのことであれば、儀式を行い、島津左近に中国地方へ右近の治療に向かってもらう。」

 「わかりました。では篠どの。儀式のご用意をよろしくお願いします。」

 

 直高は苦い顔をしながら、篠老に儀式を任せるというと席を立つ。


 「直高どの、まだ会議は終わっておられませんが?」

 「少し体調が悪いのでここで失礼させていただいてもよろしいですかな?」

 「そういうことであれば、お大事に。」

 「直高。ちょっと近くまで。」

 「はい。」


 直高は御簾の近くまで行き、小声で話す帝の言葉を聴きながら何度かうなずく。


 「では体を大事にな。」

 「では失礼します。」


 直高が帝の元を離れると篠老も、帝の会議の閉廷を聞くと席を立ちいそいそと部屋を後にする。

 

 「篠様。」

 「前崎か。おぬしには礼を言わねばならぬな。」

 「そのお言葉ありがたくいただきます。儀式のほうは滞りなく順調に進んでおります。」

 「そうか。ではようやく我々の元に”柱”が来るのだな。」

 「はい。」


 篠老の醜い笑顔を見ながら、前崎の目の奥が黒く光る。


 「篠様。お話中の無礼を失礼します。」

 「島津左近か。」

 「詩鶴様が”柱”になられると聞き、詩鶴様のお加減を見に行きたく思うのですが?」

 「前崎。お前が連れてってやれ。」

 「わかりました。島津様、詩鶴様は儀式前のお体のため、お時間はあまりありませんがそれでもよろしいか?」

 「お顔を拝見できれば。」

 「それであればご案内をいたします。」


 左近と前崎は帝邸から馬を走らせ、1時間程度で左代家の門を潜る。

 左代家の屋敷は山の上を削り作られ、敷地がかなり広い。

 敷地の中には退魔研究所、医術所、医学所などの施設もあり、質素な右代家とは大きく違っていた。

 その敷地でも一番奥の屋敷に左近と前崎は進む。

 屋敷前で馬をおり、先に前崎が屋敷の使用人に話しをしに向かう。

 左近は屋敷の前に設置された椅子に座り、前崎を待つ。

 左近の目の前には庭園が作られており、自分の住む家とは大きく違う違和感を感じながら、周りの人たちがあわただしく、動き周り、仕事をこなす様子を見ながら、詩鶴のことを考えていた。


 (”ひのか”様と以前お会いした時は、このような話はでていなかった。確かにこの状況で私が、都を離れる自体になったことで、詩鶴様に”柱”のお役目の話が出たのはわかるが、体の負担など考えると、今でなくてもよいのではないのか?確かに、私が”帝”の元を離れるにはどうしても”柱”が必要ではあるが。)


 左近が考えていると、前崎が屋敷から戻ってきた。


 「島津様、詩鶴様がお会いになられるそうです。しかし、儀式のお体の負担を考えると10分が限界かと思います。」

 「わかりました。」

 「私は別の用がございまして、ここで失礼させていただきます。」


 そのまま前崎はその場を後にする。


 (前崎さんか、着いてくると思っていたが、私が左代家でうろうろするのをお嫌いで、篠老が彼を私につけたと思っていたんだが。)


 屋敷の使用人に案内されながら、左近が考えていると一番奥の部屋に案内され、ふすまの前で止まる。


 「島津左近お顔を拝見するのに参じました。」

 「左近きたか。早く部屋に入ったらどうだ?」

 「では失礼します。」


 左近が襖を開けると、目の前には綺麗な着物を着た6歳の少女が座っていた。

 しかし、先ほど発せられた言葉は6歳の少女のものとはとても思えない口調だった。

 「相変わらず、綺麗な顔をしておるの。」

 「詩鶴様もお変わりなく。」

 「ふ、口調を聞けばわかると思うが、わしは詩鶴ではないぞ。”ひのか”じゃ。詩鶴は今は寝ておるのでな。」

 「では改めて師匠も相変わらずお元気そうでなによりです。」

 「ま~なりはこんな体だがな。左近よ。ぶっちゃけた話をしよう。さぐりあいは正直面倒じゃ。」

 「では早速、今回の”柱”の件、師匠が提案されたのですか?」

 「そんなわけあるわけないだろ。あのくそじじいの陰謀じゃな。」


 左近は”ひのか”のはっきりしたものの言い方に苦笑しながら、周りに気を配りながら、話を進める。


 「しかし、会議の場では師匠も了解されているとお聞きしましたが。」

 「確かに了解はした。お前が動かねば、右近は確実に死ぬ。」

 「”オロチの毒”私に治療できると思いですか?」

 「それはわからん。わしも生前からずっと研究してきたが”オロチの毒”の詳細がわからんのだ。」

 「実際、私はまだ診断したことがないのですが”オロチの毒”とは一体?」

 「簡単にいうと邪気の核となる部分がないんじゃよ。”鬼”に受けた邪気はその部分に大きく膿のような邪気の塊を形成し、その膿から体に邪気を回していく。しかし、”オロチの毒”にはその膿がないため、切り取ることができず、治療できんのじゃよ。」

 「そ、そんなことが”鬼”にできるなら、なぜ”オロチの毒”を使った攻撃を今までの鬼はしてこなかったのですか?」

 「”オロチの毒”を吐く鬼が普通の鬼じゃないからじゃよ。これはまだ、確証を得たわけではないが、”オロチの毒”を吐く鬼は退魔医術士を鬼とし、その鬼が鬼を喰らい続け大きくなった鬼”オロチ”にならぬと使えぬらしい。」

 「そ、そんな・・・。」


 左近は言葉を失った。

 今まで確かに人間が鬼になった状況で治療を行ったことがあった。

 その人間の鬼は人を襲い、人害をもたらすものとして今まで扱ってきた。

 しかし、鬼の中に退魔医術士を鬼に変え、鬼を食わしさらなる怪物を生み出す発想が今までなかったのだ。

 

 「右近を助けるには、わしが研究していた施設がまだ運営されておるはずじゃ。そこにいき、できるだけの研究成果を知識に変え対応するしかない。左近最後に言っておく。”オロチの毒”の治療は生半端な気持ちではできん。死ぬぞ。」

 「気持ちの整理はできています。私が死んでも柱になってくださるのが”ひのか”様なら大丈夫だと思います。」

 「しかし、くそじじいの陰謀にまんまとはめられたのがくやしいの。く、そろそろ詩鶴が目を覚ます。ではな左近。」

 「師匠ごゆっくりおやすみください。」


 そのまま、かくんと首をまげ、目を閉じながら眠りに着く”ひのか”を見ながら、左近は席を立つと少女が体を起こす。

 左近の気配を感じたのか、かわいらしい声でたずねる。


「あ、あのどなたかおられますでしょうか?」


 左近はそのまま、場を離れようとしたが、このまま帰るのも失礼かと思い返事を返す。

 

 「島津左近がおそばに。」

 「ああ~。左近様、こられておられたのですか?すみません。いつの間にか寝てしまっていたようで。」

 「いえ。よく眠っておられましたのでお体の調子だけ拝見させていただきまして、お暇させていただこうとおもっていたのですが、どうやら起こしてしまったようで。こちらこそ申し訳ございません。」

 「いえいえ。それより左近様申し訳ございませんが、私、今、発作の症状が出ており、そのおそばにいていただけませんでしょうか?」

 「私でよければ。しかし、使用人の方をお呼びせずともよろしいのですか?明日の儀式のため、私は詩鶴様の元に10分程度しかいてはいけないといわれておりまして。」

 「それならご安心ください。私が頼んだといっておきますので。それより近くで体を支えていただけませんか?」

 「では失礼して。」


 左近が詩鶴の近くまでいくとびくんと体を小さく震わせる。

 左近が詩鶴の体に手をあて腰を落としそっと左近の胸に詩鶴を抱いてあげる。


 「左近様はとてもいいにおいがします。」

 「なにか?」

 「いえなにも。」


 詩鶴はほほを赤らめながら、左近の胸に少し寄り添う。


 「失礼します。島津様お時間がこられました。そろそろ退出のご準備を。」


 使用人がふすまのむこうから声をかけてくる。


 「いいのです。私が島津様にお願いしてしばらくここにいてもらうことにしました。」

 「詩鶴様。目が覚められましたか。しかし、もう夜分も遅くになってきております。島津様も何かとお忙しい身、詩鶴様ここは一つ、お聞き入れを。」

 「わかりました。明日は儀式もありますので島津様、今日はありがとうございました。」

 「詩鶴様。後2時間はお目が使えませんので、お気をつけて。」

 「ありがとうござます。」


 左近は詩鶴から体をゆっくり離し、その場を後にする。

 そのまま使用人に屋敷の門まで案内され、お辞儀をする使用人を後にその場を立ち去る。

 お辞儀をしている使用人の背後から黒い影が気配なく現れる。


 「島津左近は行ったか?」

 「はい、前崎様。この後やつを殺すのですか?」

 「普通の殺し屋程度ではやつは殺せんよ。俺の配下のものは今は色々と忙しいのでな。」

 「オロチ召喚時に何人かやられましたしね。」

 「確かにあれは痛かった。俺の手ごまの中でも選りすぐりがやられたからな。で左近は詩鶴になにかしていたか?」

 「いえとくには。」

 「用心に越したことはない。儀式が済むまで詩鶴の監視怠るなよ。」

 「わかっております。」


 前崎は使用人に任務を与えた後は、現れたように屋敷の影に隠れそのまま気配を消す。

 使用人も屋敷へと戻り、回りの人間を集めて、指示を出す。

 左近は自分の家に向かいながら、”ひのか”に言われた研究所のことを考えていた。


 (師匠の研究所には、そういえば行ったことがないな。師匠がなくなられた後に、研究所の話を聞いたから。明日、直高様に研究所の場所を聞かねば。)

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