第14話
直高の希望むなしく、役所では左近は天井から縄でくくられ、竹刀のような棒で役人に殴られ続けていた。
「吐け!はかぬか!貴様あの場所で何をしていた!」
「ぐは。」
棒の強打を受け、左近は意識を失う。
そのたびに水を浴びせられかけ、意識を戻される。
「ぐははは。しかし、島津左近をこの手でぶちのめせるとはな~。この調子が!」
先ほどの詰問とは完全に違う意味で殴ら始める。
「帝つきの医術士だからっていい気になりやがって!」
よくわからない理由で殴られ始める左近は、なぜ自分がこのような目にあっているのか現状を把握できていなかった。
研究所で篠老に無抵抗でつかまり、いつの間にか拷問を受け、意味もわからず、役人のストレスのはけ口になっていた。
役人は3人で左近を棒で強打するが、顔だけは叩かずに置いていた。
「ぐひひ。この綺麗な顔を今から汚せるかと思うとゾクゾクするな。」
「最後に楽しみをとっておいてよかっただろ。」
「ではやるか!」
一斉に3人の役人が棒を振りかざすと、左近を捕縛していた縄が燃え始めた。
「てめーら。いい加減にしろよ。」
明らかに左近の口調ではなく、その雰囲気に役人3人は左近から離れる。
「な、なんだ?!ここは陰陽術が使えないように結界を張ってあるのではないのか?」
「こんな、ちんけな結界で俺の力を封印できるとでも思っているのか?」
完全に縄が燃えつき左近は地面に立っていた。
「ひ、ひぃいーーー。」
「貴様ら、人間でよかったな。鬼なら一瞬で炭にしてやっているところだ。だがおしおきは必要だろう。」
左近の右手に炎が出現する。
それを見た役人達は顔を引きつらせて、助けを呼ぶ。
「だ、誰かいないのか?!島津左近が乱心した!誰か!」
「そういえば言ってなかったな。俺は左近じゃない。島津右近だ。それと簡易的な結界を張っておいた。”外”にはお前達の声は聞こえないぜ。」
術を唱えるそぶりもなく、術を次々と繰り出す右近に役人はすでに戦意を喪失し、恐怖のあまり、地面に座り込んでいた。
「普通の人間ごときに、異能を持つ俺達をどうにかできるとでも思ったのか?」
1人の役人に近づき、右手に宿した炎ごと役人の顔を鷲づかみにする。
「ぎゃーーー。た、た、ぐ。」
「声が出るはずないだろ?炎は発生させた回りの酸素を使う。今貴様は息ができずもがいているはずだ。どうだ、死の恐怖は?」
役人の顔が炎で焼けただれ、始めはばたばたと腕を振り右近の腕をつかんで抜け出そうとしていたが、やがて力尽きだらーんと腕を下ろして動かなくなる。
「なんだもうおしまいか。しかたねーな。殺しはしない主義でね。」
興味をなくしたかのように役人から手を離し、顔を焼いていた炎が消える。
役人はひゅーひゅーと息をしながら、かろうじて生きていた。
「き、貴様!こんなことをしてただですむと思っている・・・・。」
途中まで勢いでいきがっていた役人がさきほどと同じように右近に顔を鷲づかみにされ、さっきより強い火力で燃やされる。
今度は顔だけでばなく全身を焼かれ、右近に手を離されると地面にのたうち周りながら、炎を消す。
最後の役人はさっきまで有利な状況だった時とは大きく違い、顔が完全に青ざめ、何もいえずただ口をパクパクさせて、震えていた。
「貴様らの命を俺が握っていることを忘れ、そんな口の利き方をすればどうなるかわからんのか?篠のくそじじいから躾られてないようだな。この際俺がしっかり躾てやるか。」
右近は、最後の役人の前に立つと頭をつかみ立たせると腹に拳を突き入れる。
役人がもだえながらくの字に体を折り、口から嗚咽を漏らす。
「軽く殴っただけなのに、そんなに派手な動きをするんじゃねーよ。」
「その辺でやめたらどうだ?弱いものいじめは楽しくないだろ。」
牢屋の扉の前に人が立っていた。
「結界で見えていないはずなんだがな。昴か。」
「お前は本当に島津左近か?かなり雰囲気が変わったが。」
「いや、俺は島津右近だ。」
「右近様?!そんな馬鹿な。右近様は氷付けになっていると聞いていますが。」
「左近に俺の一部の意識を移して、体を借りている。」
「それにしては口調が右近様ではないです。」
「どうも、一部意識を移動するときに攻撃的な部分が多く映ったらしい。理性が利きにくくなっているな。それよりもだ。昴。」
左近の言葉を信じるだけの、変化を感じている昴は右近の言葉にビクと体を引き締める。
「なんでございますか?右近様。」
「お前の体にはもう俺の子が宿っている。早馬などはもうするな。後、忍びの仕事も父上に事情を話して、もう足を洗え。それから、お産は叔母の千鶴殿を頼れ。わかったな。」
「右近様はどうされるのですか?」
「俺か?左近の体でここを出ることも簡単だが、それでは左近が本当に罪人の汚名を着せられてしまう。こいつらを痛めつけたのは、これ以上左近に手を出させないための見せしめだ。」
右近の話を聞きながら昴は、少し悲しそうな顔をする。
「どうした?」
「私にもう少し力があれば、今回の件もっと早く処理できていたと。」
「出た結果にとらわれていては前に進めないぞ。今は現状の整理を行い、最善の策を出す。後ろはいくらでも振り返れるんだ。」
右近の言葉が、本当の右近かと疑心暗鬼にかかっていた昴の心に真実だと思わせる。
「昴、愛してるぞ。」
昴は顔を赤らめ頷く。
「私もです。右近。」
そのまま、昴はその場から姿を消し、右近も自分の気持ちを伝えたことにより眠りについたのか倒れる。
「私は一体?」
次に体を起こした時には、左近に戻っており、右近が張った結界も消えていた。
周りを見た左近は驚き、倒れている役人達を介抱し、大声で人を呼ぶと役人達を引き渡し、その仕置き部屋の状況を見た役人達は顔を青ざめ、自分達が左近に関わるまいと誰も仕置き人になろうと声を上げなかった。
しばらく仕置き部屋で何事もなく過ごした左近は、別の部屋へと移される。
そこは、牢屋というより個室といった感じでようやくまともな対応を受けていた。 それから2日間はその牢屋で過ごし、帝の管轄である役所に移されることになった。
篠老が簡単に左近を帝に引き渡したのは世間ではかなり意外だと思われていた。
「篠様、簡単に左近をお引渡しされたのですね。」
篠が自室で、文学書を読んでいるところに前崎が気配なく現れた。
「前崎か。ふ、儀式も済んで今は、帝を刺激するべきではなかろうと思ってな。」
「帝からは左近の体につけた傷について、厳重注意がされたとお聞きしましたが?」
「確かに、しかしそれは現場の人間の責任であって私の監督不届きではない。役所はあくまでも私は出資しているだけにすぎぬよ。」
「そのお知恵のよさ、恐れ入ります。」
「そんなことを言いにここに着たわけではあるまい。」
篠老は前崎に向き直り、鋭い眼光を叩きつけるが、まったく意に返した様子もなく、前崎は話を切り出す。
「研究所の件がもれた件につきまして、ご報告がございまして。」
「歯切れが悪いな。どこから漏れたというのだ?」
「かなこ様からだという報告が上がってきております。」
少し驚いた顔をした篠老だが、すぐに心当たりを見つけ頷く。
「確か、かなこはわしに隠れて、左近の主催する医術学に出かけておったな。」
「は、どうやら私の部下が漏らしてしまった話をどこかでお耳に入れたようでして。」
「それは貴様の不手際ではないのか?」
篠老の厳しい顔に、少し反省した表情をする前崎だが、その表情は芝居がかっており、篠老をいらだたせる。
「結果を見れば確かに私の部下の不手際だと思われますが、家庭内での話を私が口を出すことではございませんが、この件見る限り、お家の内情が一枚岩ではないようで。外堀ばかりうめずに、内にも気を使われたほうがよろしいかと。」
「貴様に言われずともわかっておるわ!」
声を荒上げ、篠老の怒鳴り声が響く。
「これは失礼いたしました。しかし、篠家の中に島津左近の存在を大きく評価しているところがあると思われます。この機会に整理されてみてはどうかと。」
「花右京家か。」
前崎は無言で、同意の意を表す。篠老は長く伸びた髭をいじりながら、何かを考えるように、前崎を見る。
「花右京家は近年、わが屋敷に来たばかり。簡単に切り捨てることができようか?」
もともと、花右京家は小さな貴族で、最近娘がすごい美人だと噂になっていた。
そんな美人だと言われる少女に目をつけた篠老は強引な手を使って50歳を過ぎた頃に政略結婚で花右京家を手に入れた。
現在も篠老は”花右京このえ”に入れ込んでおり、無理に不仲になる行為はさけるようにと考えていた。
花右京このえと一度だけ関係を持ち、そのときにできた子が花右京こよりであり、その存在が怪しまれていた。
たった一度で子ができるものかと。
それでも篠老はその子供を自分の子供だと認識し、花右京家に多く出資していた。
「前崎。花右京の件は保留にして、かなこにはきつく言っておく。」
「そうしていただけると助かります。」
前崎はそのまま姿を消し、篠老は苦い顔をしながら、髭をいじり始めた。
「飼い猫の分際で、主人に意見するとは。利害がなくなったときは・・・。」
篠老は自室から出てそのまましばらく帰ってこなかった。
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