プロローグ 本当は「にゃお」と鳴いていた
ご主人の十六回目の誕生日には、首輪と鈴を用意しました。せっかくなので猫耳と尻尾も用意して余興として着用してもらうことにします。
ショートパンツにオーバーサイズの白Tシャツというだらけスタイルが大変身。四つん這いになり指を丸めてもらい「にゃお♡」と甘い声で一鳴き。ブロンドの美少女は、たちまち愛くるしい猫ちゃんへと変わってしまいます。
ぼくの足元にやってきてほっぺをスリスリ、太ももに乗っかって気持ちよさそうにすやすや、そんな時がやってきます。そんな瞬間がやってきます。
「だからぼくはこれを用意したのです!」
演劇並みの大げささで腕を振って、猫チャンなりきりセットを指し示しました。赤面する姿が見られれば儲けもの。いきなり殴られてもそれはそれでいい。最低限鈴だけ持たせて見失わないようにしたい。だけどできればフルセットが見たいものです。
しかし。
お嬢様――ご主人はぼくの前にはいませんでした。
カラフルに飾り付けられた部屋に、テーブル一杯のお祝い料理が並んでいます。傍らには結婚式と見まがうほどのサイズ感のケーキがあり、ろうそくを十六本用意してありました。
朝から準備して夕方になってやっと終わったのに、お祝いするご本人の姿が見えません。
和室、物置、使用人控え室。どこにいこうともご主人はいません。シャワーの音がして浴室に駆けつけます。しかし、水滴だけが増えていて、人の気配はありませんでした。
ドレッシングルームのクローゼットが開いていて、フリルの付いたドレスを選ばれているようでした。なのに部屋は暗いままで、物音一つしません。
リビングに戻ってもご主人は不在でした。時間になったので、適当に料理を取ってきてぼくは席に座りました。ノンアルコールのシャンパンを開けて、向かいと自分の側にあるグラスに注ぎます。
グラスを掲げて、微笑みました。
「お誕生日おめでとうございます、ええと」
名前で呼ぼうとして、出てきませんでした。
部屋の中央にぶら下がったファンシーなデザインの垂れ幕を読み上げました。
「……誕生日おめでとうアステリア……様」
予定していたタイミングで、誕生日会用の賑やかなBGMが流れ始めました。
ケーキを切り分けてきて、ぼくはそれを一人で食べました。
淡泊でぱさぱさしていて、ちっとも甘くありませんでした。
席に座ってなにもないところを眺めていました。陽気な音楽は、違う惑星から流れているかのように思えました。
ご主人――垂れ幕を確認します――アステリア様とはいつからご一緒していたんだっけ。
あれは、ぼくがこの家に売られた日のこと――




