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子爵家の跡継ぎになった僕は 初恋をした  作者: 菓子カンの中


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応接室にて

 父と伯爵が小難しい話をしているのを横目に、現実感の無いまま連れられて来た僕は所在ない気持ちで席に案内され、華やかな生地のソファーに掛けつつ、眼前の生真面目そうな婦人に茶を勧められた。


「娘もすぐに来るから、それまで貴方の事をきかせてちょうだいな」


 やはり母親としては夫が娘の嫁ぎ先に、と見繕った相手でも色々確認したいのだろうな、と思いながらも笑顔で了承し、どう話をしたものかと怒涛のここ半年程を振り返った。

 


母を幼くして亡くした僕は、多忙な父の分まで積極的に面倒を見てくれた、八歳差の兄に懐きに懐いた。


 大好きだったのだ。母に似た垂れ目が柔らかく緩むのも、父に似た黒髪がさらさらと額を流れるのも。悪戯を叱ってくれたのも、優しく頭を撫でてくれたのも。

 小柄だった僕に合わせて、手を引く時に肩が斜めに下がるのも。背の高さは羨ましいけれど。

 

 大人になったら沢山役に立ちたくて、兄様は武道はからきしだから、僕が代わりにと領地の兵に混じり頑張った。兄様のように背丈が欲しくて、食事の好き嫌いもしないように頑張った。


 頑張ったのに。父に王都の騎士団の下っ端に放り込まれたときも、会えなくて寂しくて仕方なかったけど、それでも兄様との未来のために頑張ったのに。

 兄様は馬車の事故で、呆気なく僕をおいていってしまった。

 

 真っ暗で冷たく湿っている、苔の匂いのする土の中に行ってしまった。



 兄が亡くなって半年程、目が回るようだった。子爵位と領地は従姉妹に任せるわけにもいかず、僕が継ぐ事になった。一応教育は受けていたが、兄に比べれば全然だし向かない。

 足りないところを受け直しつつ、近隣の領主方や有力者への挨拶回りをこなした。父も勿論一緒だが、輪をかけて忙しそうで、弱音なんか吐けない。

 馬車での移動中も書類を手放さない有様で、執事も家令も忙しなかった。


 そんな中どこに時間があったのか、父が見つけてきたのがこの縁談だ。


 そう、新芽の眩しいこの善き日に、十五の歳を迎えたばかりの僕は、お見合いをするためにここ、フォレット伯爵家に呼ばれたのである。


 ◎


 部屋へ衣擦れの音とともに現れたのは、とても姿勢の良さが目を引くご令嬢だった。やや赤みの強い茶色の髪が、王都で流行っていた菓子を思い出させて、甘い香りがしそうだな、などと頭を掠めた。


「本日はようこそお越しくださいました。支度に手間取りまして申し訳ありません」


 婦人から紹介されたご令嬢がこちらを見た瞬間、窓の外から可愛らしい声で鳥がさえずり、僕の頭の中でも、騒がしく元同期兼悪友たちの囃し立てる声が聞こえた気がした。

 女性に耐性が無さ過ぎるのは認める。同世代の騎士見習いにも偶々女子がいなかったし、従姉妹は何故か笑顔が怖い。  

 初めて間近で会った血縁以外の年頃の令嬢に、視線が吸い寄せられる。

 

 どこぞで読まされた詩集の、世界が色付くとはこれか……。

 

 きれいだ、瞳は狐色に見えるが、近くで見られたならばどうだろうか。落ち着いた声で、すてきだ。優しく名前を呼んでくれたなら、どんなに良いだろうか。姿勢がきれいだからか、緑色の衣装がとても映えている。

 そもそも、兄様と違って僕はやっと平均身長に届いたところで、頭だってそこそこの出来で相手に申し訳なさしかないのに。

 あ、えくぼがある。笑顔もすてきだどうしよう、これは高望みが過ぎるお相手なのでは。


 頭の中の複数の僕達がやんやと好き勝手騒いでいて、躾けられた作法が無ければ挨拶すらままならなかっただろう。実際に顔も引きつった気がした。


 騒々しい僕の内面を置き去りに、席に着いた後短いやり取りがあったように思う。


 我に返ったのは、庭を案内がてら少し話をしていらっしゃいという、婦人の声掛けを受けての「エスコート!」という父の耳打ちでだった。


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