第64話 凍星の誓いと、足音
小さな命が力を宿すとき、人と幻獣の絆は新たな形へと変わっていく――。
その手のひらに託された希望は、まだ言葉を持たない。
雪深き洞窟の一角で、シアンは静かに卵を抱えていた。
霜の殻に額を寄せると、魔力がわずかに引き寄せられるような感覚が走る。
「……魔力を渡せる?」
霜牙の魔狼がゆっくりと頷いた。
『そうだ。この子は、お前の魔を吸い、形を知り、力とする。
魔法に名前をつけるように、己の力を創る。』
シアンは一瞬、息を呑む。
自分の魔力が、まだ生まれていない命の“言葉”となる。
それは、ただ育てるのではなく、共に“育っていく”ということだった。
「よし……やってみよう」
シアンはローブの袖をまくり、両手を卵の下に添える。
意識を集中し、自らの魔力の流れを整えていく。
心臓の鼓動に合わせて、白く光る魔力が掌から流れ出す。
その光は静かに、けれど確かに、卵の表面へと吸い込まれていった。
しばらくすると、霜の殻がかすかに震える。
魔力の共鳴音のような、かすかな鈴の音が耳奥に響いた。
――《新スキルが発生しました》
《スキル:凍星の守誓》
《効果:氷属性の幻獣との魔力同調を強化。防御魔法と感応能力を一時的に向上させる》
「……凍星の守誓?」
ログには、卵がシアンの魔力に反応して“守ること”を願った、と記されていた。
小さな命の本能が、シアンの気持ちと交わり、生まれた力。
「ありがとう……お前が生み出したんだね」
嬉しさと共に、魔力の枯渇がシアンの身体に押し寄せる。
ふらつきながらも、彼は倒れまいと膝をついて歯を食いしばった。
それでも――彼は、さらに魔力を送り続けた。
限界の先に、何かを感じたから。
すると、再び通知が現れる。
――《プレイヤー「シアン」は「限界魔力供給」によって、新スキルを獲得しました》
《スキル:雪灯の絆》
《効果:一定時間、幻獣との連携行動によりダメージを無効化する保護結界を生成。使用には回復魔法によるリスク軽減が必要》
魔力の底を突きながらも得た、奇跡のようなスキル。
シアンは、卵を抱きしめるようにして、地面に静かに横たわった。
ロアスがすぐに駆け寄り、彼の体を支える。
白い毛並みが、優しく彼の頬を撫でた。
そのときだった。
――「……やっぱり、ここが霜牙の魔狼の巣か」
耳をつんざくような足音。
数名のプレイヤーの声が、洞窟の奥へと響いてきた。
「情報通りなら、もう子どもも生まれてる頃。弱ってるうちに倒せば、レアドロップ確定だろ?」
「イベントポイント、美味しくいただこうか」
その言葉に、シアンの血が凍った。
ロアスが立ち上がり、低く唸る。
「……来るな」
声は掠れていたが、彼の決意は強く。
その身を起こし、シアンはゆっくりと立ち上がった。
抱えた卵の中で、微かなぬくもりが、脈打つように伝わってくる。
――守らなければ。この命を、絶対に。
運命は選べない。でも、選ぶのはいつだって自分だ。
次回は18時更新予定です。緊迫の展開、お見逃しなく。




