第63話 小さな命に、手のひらのぬくもりを
命の始まりは、どこか儚く、どこか神聖で――。
誰かを信じ、守りたいと思ったその瞬間から、物語は確かに動き始める。
氷啼の洞にある静謐な一角。
霜牙の魔狼が身を横たえる傍らで、シアンは小さな卵をそっと両腕に抱き寄せていた。
「……冷たいね。氷の殻、だもんね」
雪国の空気が冷え切っていることもあり、卵の殻は薄く霜が張っていた。
けれど、触れていると、ほんのりと内側から伝わる微かな温もりがある。
シアンはローブの裾で優しく卵を包み、胸元に近づけるようにして、そっと膝をついた。
手のひらで包み込むように抱えると、ぬくもりがじわりと増していく気がした。
「……ロアス、お前もここにいてくれる?」
ロアスは素直に傍へ寄り、シアンの隣で静かに尻尾を揺らす。
ふわりと漂う白い毛と吐息が、ふたりを包むように寄り添っていた。
そんな彼らの様子を、霜牙の魔狼がじっと見つめていた。
やがて、低く響く声が再び、頭の中に届く。
『……お前は、なぜそこまでして我が子を守ろうとする』
シアンは目を伏せたまま、そっと手の中の卵に指を滑らせる。
そして、まっすぐ魔狼を見上げた。
「……戦いだけじゃない関わり方が、きっとあるって……そう思ったから」
魔狼はしばらく黙していたが、やがてゆっくりと頷くように視線を落とした。
『我らがすべて牙を剥くものと見なされるのは……悲しきことだな。人も、魔も。互いに恐れ合い、力を以て拒絶する』
その声には、どこか寂しげな色が混じっていた。
『だが、我は知っている。……魔を知る者の中には、我らと語り合える者が存在する。お前のようにな』
「俺も……魔法、使えるんだ。少しだけだけど」
シアンはそう告げて、右手に小さな光球を浮かべた。
ぼんやりと浮かぶ柔らかな光に、卵の表面が反応するように微かに明滅する。
『……この子も、魔を宿す』
「えっ?」
『霜牙の一族は、かつて雪を操り、空を凍らせた力を持っていた。
……この卵もまた、やがて“魔”を覚え、世界に己の声を刻むことになる』
シアンはそっと目を伏せる。
この小さな命が、やがて“魔法”をその身に宿す存在となる――。
それが何を意味するか、まだ自分にはわからない。
けれど、ただひとつ。
この子を守り、見届けたいという思いは、確かに心に灯っていた。
そのとき、小さな通知ウィンドウが表示された。
《卵との親密度が上昇しました》
《現在:Lv1 → Lv2》
《卵の反応:安心したように震えています》
「……ありがとう。あなたも、きっと寂しかったんだね」
氷の殻に話しかけるように、シアンはそっと抱きしめる。
それはまるで、命の光を胸に宿すかのような――そんな優しい抱擁だった。
凍てついた世界で、小さな温もりが確かに芽吹き始めます。
次回は18時更新予定です。お楽しみに。




