第62話 凍てつく牙と、宿された命
深く静かに降り積もる雪は、時に真実を包み隠す。
けれども、歩みを止めなければ、きっとその奥にあるものへ辿り着けるはずだ。
雪霜の村を発ってから、すでに一刻が過ぎていた。
シアンとロアスは、白い息を吐きながら、霜牙の魔狼が住むとされる“氷啼の洞”へと足を踏み入れる。
洞窟の入口には凍てついた蔦と霜柱が重なり、内部は青白く輝く氷晶に包まれていた。
壁の至るところには魔狼の足跡や引っかき傷が残されており、強靭な魔物の住処であることを物語っている。
「……ロアス、ここから先は一歩ずつ慎重に行こう」
「……くぅっ」
ロアスが鼻を鳴らして頷いた。
空気は張り詰め、周囲の音がすべて雪に吸い込まれたように静かだった。
目の前に広がるのは、薄く氷の張った床と、降り積もるように輝く氷塵。
慎重に進みながら、シアンは一歩一歩を確かめる。
奥へ進むにつれ、気温がさらに下がる。
システムメッセージが浮かぶ。
《※エリア特殊効果発動中:冷気の波動(10分ごとにHP微減・移動速度小減)》
《※同行幻獣:ロアスは冷気の影響を受けません》
「……なるほど、対策してきてよかった」
耐寒装備と温暖効果のある食事バフが、この場でようやく活きた。
⸻
やがて視界が大きく開け、巨大な氷のドーム状空間が姿を現した。
そこに――いた。
鋭い蒼銀の毛並み。氷晶のような牙。
まるで吹雪が獣の姿をとったかのような、霜牙の魔狼。
《Boss:霜牙の魔狼(レベル??)》
その瞳が、じっとシアンを見据えた瞬間――
『……何者だ。何のために来た』
頭に直接響くような声が届く。
高ランクボス特有の“テレパシー会話”。一言で、心を貫かれるほどの圧だ。
ロアスはシアンの後ろに立ち、じっと睨み返している。
シアンは、胸に手を当てて一歩踏み出した。
「俺は、シアン。……戦いに来たわけじゃない。あなたの……卵を守るために来た」
『……卵、だと?』
魔狼の鋭い瞳が細められる。
だが、攻撃の気配はない。しばらくの静寂のあと、魔狼はゆっくりと体を引いた。
『……面白い。ならば、見せてやろう』
その背後に、氷の花びらのような結晶で守られた“卵”が姿を現す。
ふわり、とシアンの前に小さなウィンドウが浮かぶ。
《サブイベント発生:テイマークエスト「霜牙の卵と契約の心」》
《条件:卵との親密度を一定以上に上げることで、育成・孵化が可能となります》
《クエスト期限:イベント終了時まで》
「……ロアス、見た?」
「……くぅ!」
ロアスも目を見開き、卵へと歩み寄っていく。
その様子を、霜牙の魔狼が静かに見守っている。
『我が子を育てる力が、お前にあるというのか……。ならば、見せてみよ』
目の前にあるのは、力を奪う対象ではない。
未来へと命を繋ぐための、柔らかく、温かな存在だった。
シアンはゆっくりと手を差し伸べた。
氷の殻越しに、卵の温もりがじんわりと指先へ伝わってくる。
「……絶対に、守るよ」
小さな決意の言葉が、洞窟に静かに響いた。
戦いの果てではなく、その始まりとして生まれる“絆”があります。
次回は18時更新予定です。どうぞお楽しみに。




