第34話 鍋のはじまりと、パンプキンの香り
必要なものを揃えて、初めて料理が形になる。
今日はその「はじまりの日」。
「……鍋がないと、作れないな」
ギルドから受け取ったレシピには、使う道具まで細かく書かれていた。
シアンはパンプキンポタージュの材料を確認しながら、必要な道具――「鍋」の購入を決めた。
*
街の道具屋に足を運ぶと、NPCの店主がにこやかに迎えてくれる。
「お、君はギルドでよく見る子だね。料理道具かい? それなら初心者向けの鍋があるよ」
カウンターの奥から差し出されたのは、手頃なサイズの銀鍋。火加減に応じて熱が均一に伝わる設計らしい。
値段も手ごろだった。
「……これをください」
料理ギルド所属でなくとも、NPCとの会話はスムーズだ。
アップデート後の“感情豊かな応対”が、こうして少しずつ世界の輪郭を広げていく。
*
食材は昨日、厨房の片隅でもらった余りものを使う。
かぼちゃ、ミルク、香辛料――冷蔵保存していたため、状態もよかった。
街外れの噴水広場。風が穏やかな午後。
シアンは鍋をセットし、火加減を調整しながら丁寧にかき混ぜていく。
鍋の中から漂う甘くてほっこりする匂い。
やがて、香ばしいパンプキンポタージュが完成した。
そのときだった。
「……いい匂い」
ふいに背後から声がして、振り返ればそこにはロアスがいた。
人の目を避け、こっそり近づいてきたらしい。
「……食べるか?」
差し出されたスープを、ロアスは静かに受け取る。
ひとくち、口に運んだそのあと――
「……おいしい」
ぽつりと落とした言葉が、空気に溶けていった。
会話はそれ以上、続かない。
けれどこの時間が、ゆるやかに何かを繋いでいく。
道具を揃え、初めてのレシピを自分の手で完成させる。
小さな一歩だけれど、それが「この世界で生きていく」という感覚を育てていくんですね。
この物語は 毎日18時に更新 しています。
シアンとロアス、そして少しずつ広がる“味とつながり”の旅路を、これからもよろしくお願いします。




