第五回 4
寧国府の庭、会芳園で茶席と酒席を済ませたあと、早春の風を感じながら梅園へ向かった。
梅園へ着くと、梅の蕾はすっかり紅色の花びらを開かせていた。梅花飛ぶなかを一行はゆっくりと歩き、談笑し、寧国府の広い敷地をさまよい続けた。
その疲れに春の陽気が重なり、宝玉のまぶたがだんだん重くなってくる。
「賈母、ぼくは少し眠くなってしまいました。お昼寝をさせていただいてもよろしいでしょうか」
あけすけにそう言う宝玉に、襲人は頭を抱える。だが、宝玉にだけはとことん甘い賈母のことである。
「いったん栄国府まで戻って休ませなさい」
そう命じられたとたん、賈母の前に宝玉付の乳母や侍女が居並んだ。
秦氏が笑いながら申し出る。
「宝二叔がお休みになるお部屋はご準備できますわ。老祖宗にはご心配なきよう。私にお任せください」
また宝玉の奶娘や丫鬟に向かって言った。
「嬤嬤さん、姐姐、宝二叔に私と一緒に来るようにお伝えください」
秦氏の夫、賈珍は賈敬の息子であり、宝玉は賈政の息子なので、宝玉と賈珍とは年が離れているが同じ世代になる。年長の姪に、年若の叔父とその下人がしたがって、長蛇の列をなした。
賈母は満足そうにその列が小さくなっていくのを眺めていた。秦氏は繊細で賢い。賈母はそれをよく知っていた。秦氏が宝玉の世話をしてくれると聞き、ほっと胸をなでおろす。
秦氏は大勢の人々を引き連れながら、上房の奥の間に到着した。宝玉が眠たい頭をどうにか持ち上げ、周りを見渡すと、そこには一枚の画がかかっており、描かれた若者と老人の間に炎があかあかと燃えている。
宝玉は頭を痛めながらその画にまつわる故事を思い出す。
西漢の劉向が学問をしていた折、あたりが暗くなってきて、黄衣をまとった老人が現れ、藜を燃やして灯とし、劉向を励ましたというものだった。
思い出しきってしまえばそこには苛立ちしか残らなかった。さらにその画にはさらに宝玉を不快にさせる対聯が書かれていたのだった。
世事 洞明 皆学問
人情 練達 皆文章
修辞も何もない無味乾燥な二行が並んでいた。
世の中のことは学問をすれば分かる。人の情を知るには文章を読むほかない。というだけの意味である。
宝玉は居ても立っても居られず「早く出よう。早く出よう」と叫びだした。
何も知らない奶娘たちは、「なんでそんなことをおっしゃいます。こんなにお部屋も綺麗で、調度品もきちんとしているのに」となだめるが、宝玉は聞く耳をもたない。
その一部始終を眺めていた秦氏が言った。
「ここがお気に召さないのですね。もうお休みいただく部屋は思いつきませんわ。わたくしの部屋にでもおいでになりますか?」