第五回 2
「宝の哥児は探春姐姐たちとお戯れだったのでしょう? まして今日は薛の姑娘もお越しのことですし。私のことなど放っておいてください」
黛玉は声で振り払おうとする。
「そう言わずに出てきなよ。みんな心配しているんだから」
「みんなってどなたです。誰がそうおっしゃっているんですか?」
「襲人、釧児、そして薛の姐姐」
簾の向こうの黛玉の声が低くなった。
「どなたも哥児の仲の良い方々ばかりじゃないですか! 私のことなど放っておいて、みなさまとお遊びになられては?」
奥の方から音を立てないように足を摺るようにして、雪雁が現れ、鸚哥に耳打ちする。
「何があったのですか?」
「なんでもないわ。いつもの喧嘩よ」
鸚哥が呆れたようにいった。でも、それも仕方がないのかもしれないとも思う。
栄国府に来てからというもの、賈母はとても黛玉に優しく、寝食のすべてに至るまで宝玉と同じであり、迎春、探春、惜春の三人の内孫たちが後回しにされるほどだった。宝玉と黛玉の間柄も他の親戚や侍女たちとの親密さとは違っていた。
どこかに行くときも、座るときも一緒、休むときも眠るときも同じ時間、これまでは二人ともいつも足並みがそろっていて、意見の食い違いなどなかった。
だが、そこに宝釵がいきなり現れた。いくらも歳が離れていないのに、性格も大人びていて、容姿も黛玉と遜色はなかった。黛玉と大きく違っていたのは、その場その場の状況を考えて行動できることだった。彼女は侍女や下人たちへの声かけをいつもかかさなかった。いつも独りで、見下すような態度の黛玉とはまったく異なっていた。下人たちからよく思われないのも無理からぬことだ、と鸚哥は思う。
だが、もっとも近く側にいる侍女としてのひいき目としては、黛玉は状況や人の心中を考えることは宝釵以上にできると思っている。だが、それが行動につながらないだけだ。黛玉の引っ込み思案がそれをさせないだけだ。
宝玉に対しても、侍女たちに対しても素直に振舞えばいいのだが、この黛玉はどこかひねくれてしまう。鸚哥としてはそれが悔しい。また一番悔しいのは、黛玉が相当に宝釵を意識しているのに、宝釵は黛玉をどうとも思っていないことである。
その大らかさと年齢差ですべてが受け流されているような気がし、黛玉のみならず鸚哥まで苛立つのだった。
「黛ちゃん、ぼくが悪かった。許してくれないか」
そう宝玉が謝るのに、黛玉は無言のままだった。
だが、鸚哥の位置からは見えてしまった。黛玉は顔を伏せたままにやけていたのだった。
鸚哥は肩の力が抜けてしまう。だが、雪雁は気づいていないらしい。まるで自分のことのように涙をため、体を震わせている。鸚哥はため息をつきながら、雪雁の背中をさすってやる。
簾の外では宝玉がまだ黛玉に向かって謝り続けている。
「黛ちゃん、ごめんよ! ごめんよ!」




