第三回 13
ことが落ち着いてから、話は黛玉のこれからの住まいの話になった。
「しばらくの間は、宝玉を私と同じ暖閣に移しましょう。林の姑娘は碧紗櫥でいっとき暮らしてもらい、冬が過ぎるのを待って、新しく部屋を用意します」
そう賈母が言うと、宝玉がさっきの嵐のような出来事はなかったかのようにけろりとした顔で言った。
「親愛なる祖宗、ぼくは碧紗櫥の外の床で寝るのが過ごしやすいんです。それにぼくがそばにいたら祖宗もご迷惑でしょう?」
「たしかにそうかもしれないね」
賈母は少し考えてうなずくと、今度は林家から連れ添ってきた黛玉のお付きの二人に目をやった。
お付きの女性のうち、一人はひどく年を取っていて、一人はひどく幼い。
一人は王という嬤嬤で、もう一人は雪雁という丫頭で雪雁は黛玉と同じ十の齢だった。
「そばにいる人間が二人だけだったら何かと不便でしょう。これ、鸚哥」
と名前を呼ぶと、一人の丫頭が駆け寄ってくる。
「これからは林の姑娘のお世話をなさい」
そう命じて、そのまま黛玉のそばに侍らせた。
黛玉が困惑していると、賈母は笑みをたたえながら言った。
「この鸚哥は私の二等格の丫頭。何かあったらこの子に言うんだよ」
そんな賈母の言葉に応じるように、鸚哥も頭を下げる。黛玉も慌てて頭を下げ返した。
「これだけじゃまだ足りないね」
と賈母が言ったため、黛玉のお付きはさらに四人増えることになった。
「……私ばかりこんなにたくさんの方に。申し訳ありません」
そう黛玉が身を縮こませると、賈母は笑って、
「おまえは私の孫じゃないか。探春も、宝玉もみんな同じ扱いだよ。遠慮はしなくていい」
そう言われ、黛玉は恐縮し、何度も礼を言った。
どっと疲れた栄国府の初日、そろそろ寝所へ向かおうかとするころ、碧紗櫥へ向かう回廊で栄国府の貴公子、賈宝玉がまた癇癪を起こしていた。
遠目の上、夜の闇に紛れていたから、原因が何なのかは分からない。そばではきらびやかな衣装の丫頭が懸命になだめていた。
黛玉はあらためて月影越しに宝玉の顔を見たが、目と目が一瞬合ってすぐに視線をそらされた。黛玉の臓腑が再びきりきりと痛んだ。
先ほど宝玉をなだめていた丫頭は賈母と宝玉が寝静まってから、いつもの見回りを始めていた。
名を襲人と言う。もともと鸚哥と同じく史太君付の一等格の丫頭で、史太君にもかいがいしく、身を粉にするようにして仕えていたが、宝玉に仕えるにおよんで今度はその対象が完全に宝玉となり、この癇癪持ちの主に仕えていたが、その様子は命にかえてもというほど強いものだった。
もともと何事ものめりこむ性質らしく、自らの仕事にも誇りをもっていて、目端のきく、まさに丫頭の鑑だった。彼女が若くして一等格に引き上げられたのも故無きことではないのである。
さて、この日も襲人は奥の間に明かりがついていて、ところどころすすり泣く声が聞こえるのに、それが林の姑娘のものであることに気づいた。
黛玉には鸚哥がついているから大丈夫だと思いつつも、いつまでもすすり泣きが鳴りやまないので、三更を過ぎたころ様子を見にいくことにした。
が、聡い彼女のことである。そのまま行ったのではかえって相手に気を使わせてしまうと思い、紅と紛を取り、すっかりやすむ支度をすませて二人のもとへ向かうことにした。




