紅楼夢というタイトルについて
もともと私は紅楼夢というタイトルにするかどうか迷っていた。
私は「石頭記」をこの物語のタイトルとして妥当なものと考えたのであるが、この「解脱」すらも一種の執着なのではないかと思い当たった。それに引き比べて「紅楼夢」は「女性が住まう建物、そして夢」であって、極めて意味性のないものである。「紅楼夢」というタイトルの選択は、華人の集合知の結晶である。無意味であればあるほどこの物語のタイトルにふさわしいと考えをあらためた。あえて付言すれば作者は女性だけではなく男性にもたしかに光を与えている。この物語では女性(および宝玉)が図となり、男性が地となっているだけだ。あとは物語を読んでおのおのがなにがしかを感じ取ればいい。
続く文章は「紅楼夢の好きなところ」と題して私が記した小文である。これは愚かな読者の一妄言として読み流していただけると、「紅楼夢」に落ち着いた理由も感じていただけるかと思う。
★★ ★
1.ありのままをありのままに書いている
「Let it be」というよりも「野ざらしの人間風景」と言った方が適切だろう。
文学的に言えば、これを「自然主義」というのかもしれない(賈政と宝玉との関係は私小説的な側面もある)。むしろ、ゾラらが著作した「自然主義」の作品よりも「自然主義的」かもしれない。
ゾラが理論的根拠としたクロード・ベルナールの科学的手法は「観察法」に立脚したものでなく、「実験法」に立脚したものであり、ゾラがそれを文学に適用しようとすれば、一家族の単なる観察に終わるのではなく、それらの要因を規定し、操作する必要があった。「紅楼夢」では太虚幻境をめぐるマジックリアリズム的要素によって、その「観察法的素地」の要因が規定され、操作されているからだ。だが、その言い方は「紅楼夢」をいたずらに枠へはめてしまう気がするのでこのあたりでとどめておこう。
また、紅楼夢では善悪を問うことなく、ありのままを書き、その可否を明らかにしない。私見では谷崎潤一郎が「細雪」を書かざるを得なかった心境に似ていると思う。「栄国府」の人々や風景の描写にこれは栄華を誇った「曹家(?)」を作者が描いておきたかったという意志を感じる。だが、作者はそこを巧妙に隠して明らかにしない。
坂口安吾が「文学のふるさと」において物語における「残酷さ」ひいてはそれによって生まれる「孤独」を物語の根源としてあげたが、紅楼夢はそれらよりいっそう悲劇的に思える。残酷さや悲劇は場合によって「救い」にもなりうる。紅楼夢にも残酷さや悲劇は存在するが、それは日常と地続きになっており、残酷さに見えない残酷さ、悲劇とは思えないほどの地味な悲劇によって人々は転落し、日常に貼りついた、逃れようのない孤独を感じていくことになる。それは物語にとって単純な悲劇よりも現実に近い悲劇であり、「紅楼夢」のそれが我々と近しいからこそ、その悲劇性をより肌で感じることができる。
2.紅楼夢の書名変更と「思想性」について
先にも述べたとおり、「紅楼夢」は欧米的な自然主義とは地続きにつながっていないものの、自然主義に接近し、日本の私小説に肉薄しながら、「ファウスト」、「若きウェルテルの悩み」にも似た哲学性を有している。これはなぜか?
端的に言えば、それは「紅楼夢」の執筆過程によるものだと思われる。
その手掛かりとなるのは、「紅楼夢」の書名の変更の変遷にある。まず初めは「情僧録」という書名であることが第一回で明かされる。これは物語上、「仙道道人」が書き写したものと紹介されるが、これは執筆時の“作者”の分身であることが予測される。なぜなら、このとき彼は悟っておらず、いまだ精神上俗世の身にあり、「石頭記」を読むことによってようやく悟りに開眼し、「“情”僧」と名乗ることになるからだ。
作者は科挙全盛の“理”の立場の人であったことはほぼ間違いなく、それが「石頭記」を編み、幼少期の自分(“情”の自分)に触れ、情理が渾然一体となり、悟りに近い状態になったと思われる。この点で「紅楼夢」は執筆過程そのものも円環の相をなしているのだが、その結論の根拠は後に置く。
「情僧録」の段階においては「過去を回顧した自分(おそらく自然主義的手法に近いもの)」を書いていたと思われ、その視点は一人称的であったと想像される。
ただ、一人称あるいは三人称一視点では「宝玉」しか取り扱えない。ただし、それはあくまで自身の救済にしかなりえず、作者にとって不十分なものであった。
そのため次に作者は「秦可卿」を救済する試みとして二者関係を描くことになる。それは恋愛関係を中心としたもので、「西廂記」にたびたび言及があるのもその名残かと思われる。
次の書名は「風月宝鑑」で作中にも登場する鏡の名を冠している。風月とは恋愛関係の隠語であり、私の考えでは宝玉(作者)と秦可卿(作者がかつて思慕した女性)の関係を中心に執筆されたと思われる。前八十回の現本中、秦可卿は“太虚幻境”の住人として登場し、それはほとんど「神格化」されていると言ってよい。
ここからはすべて私の想像であり仮定だが、秦可卿のモデルとなった女性は、幼少期の作者のなかで物語と同じく神格化されており、そのために最初のヒロインである彼女は、完璧な女性とならざるをえなかったのだと思う。だが、物語において完璧な登場人物は動かせない。また、作者は秦可卿が後年「堕落」してしまうことを知っていた。
この矛盾を解消するために秦可卿を二人、すなわち林黛玉と薛宝釵に分裂させ、長所と短所を兼ね備えた女性として創造しなおす必要があった。宝玉、黛玉、宝釵の三者が三角関係となりえないのは、二人がもともと一人の秦可卿であり、黛玉と宝釵はともに陰であり陽であって、同一人物が同じく宝玉を思慕したとしても三角関係にはなりえないからだと思われる。
ただ、ここで作者に秦可卿のみならず、あまねく自らの心に懸った人々を救済したいという思いが芽生えてきたのではないかと思う。次に書かれたのは「金陵十二釵」で黛玉、宝釵をはじめとして、元春から秦氏にいたるまでの女性たちを名に冠し、再度執筆を再開した。私は黛・宝をそれぞれ陰・陽とし、元春から秦氏にいたるまでの十名を十干に配して配置しなおしたのではないかと考えている。なぜこんな変更を行ったのか? それを考えるきっかけは「金陵」にあると私は考えた。ここからは完全なる私の妄想である。
「金陵」とは五胡十六国時代以降の漢民族の都の美称である。五行、十干は王朝の盛衰を予測してきた。古代の「科学」でもあった。すなわち「金陵十二釵」とは清朝による満州人支配への反抗、在りし日の憧憬、未来への提言だったのではないかと予測される。「紅楼夢」は作者としての個人史を離れ、「中華」の歴史を包括し、未来を嘱望する「漢人」としての物語に昇華したのである。
だが、最終的に「紅楼夢」は全から一へと帰結する。冒頭の「石」の語りを見るに、すべてを受け入れ、咀嚼する姿勢、禅の境地である。彼は「どの時代だろうがどうでもいい」と仙道道人に言い放つ。つまりそれは「漢人支配」に関する執着の放棄であり、満州人に対する赦しであり、自他の受容であり、禅の境地の獲得でもある。人のそして国家の流動性、流転性はどの国、どの時代においても成立しうる。
ここにいたって、「紅楼夢」は作者の個人史からも、作者の関係史からも、この大陸の歴史の愛憎からも、すべてから解脱し、「情僧録」ではなしえなかった真の自己救済、衆生救済、主人公の悟り、ひいては作者の悟りへとつながる現在の円環的構造すなわち「石頭記」へ向かっていく。「紅楼夢」の普遍性の獲得は表題の変遷であるとともに、作者の思想の変遷でもあった。




