第十二回 1
王熙鳳は栄府に嫁するとき、こんなふうに言い含められた。
「あなたが王家の一番の頼りなのですよ」
それは近縁の伯母だったが、熙鳳はそれを重荷には思わなかった。
「子騰もあの子も器が小さいから……」
王子騰と王夫人の名をあげ、そう頻りにぼやくのを蔑むでもなく、かばうわけでもなく、ただ淡々と聞いていた。
「それから……」
と伯母は顔を近づけながら言う。
「夫君が妾を娶られることもあるかもしれない。けれど、責めてはなりません、落ちこんでもなりません。それはただ受け入れるだけ」
熙鳳は識っていた。木石かと思われるほど生真面目な栄府の賈政でさえ、二人の妾を持っている。夫になる賈璉がどうなるかは分からない。だが、熙鳳の答えは決まっていた。
伯母へにこやかに微笑む。
「もちろん承知しております。なにせあの賈家に嫁ぐのですもの。一時の情で動くなど、もってのほかですわ」
熙鳳がそんな淡い、かつての己を思い出しているうちに、
「瑞の大爺さまがお見えです」
そう取りつぎの声がする。
すかさず、熙鳳は「すぐお通しして」と命じた。
不意にふわりと惹かれるような匂いがした。
――龍涎香。
平児は主が香を焚きしめていたことに気づく。
「さすが奶奶ですわ」
「豊児!」
平児のかたわらに頭一つ背の低い小丫鬟が皮肉っぽく笑っていた。
「ああいう狡猾な人を騙すには、香を籠めておくくらいではないと」
「豊児。あなた、私と奶奶の話を聞いていたのね!」
豊児はすましたまま知らぬ顔をしている。
「ここから先はあなたのような子どもが聞いてよい話ではありません。ほら、あそこに隠れておいで」
平児は幕の後ろにひそむようにうながすと、豊児は恨めしそうに平児を見ながら、押しこまれるように小さな体を房の隅に隠した。平児はため息をつきながら、
「ちゃんと耳を塞いでおくのよ」
とつけ加えた。




