10-49 大戦争のあとしまつ、もしくはある愚かな末路
それからの一週間は目が回るような忙しさだった。
世界転覆を企んだ真なる魔術師は討たれた。メットーを席巻した悪魔とレスタラの連合軍は集結した英雄たちによってことごとく打ち倒された。
しかし、話はそれで終わらない。
生きている限り物語は続く。
つまりどういう事かというと。
「後片付けが終わらないーっ!」
これである。
戦勝の盛大な宴が催され、王から一兵士、国籍も民族も関係なく勝利を喜び合った。
各国から集った英雄たちは転移術師たちによって帰還の途につき、兵士は武器を置いてレンガを運んだ。
「"物質変性"」
「"物質変形"」
「"硬化"」
「"物質変性"」
「"物質変形"」
「"硬化"」
「"物質変性"」
「"物質変形"」
「"硬化"・・・」
一方でヒョウエの担当は壊れた家屋の修繕だ。
先の地上での戦闘で術師たちが最大限空中要塞の破片を防いでくれたとは言え、全てには手が回らない。
魔導砲やトンボ悪魔の魔力光、空中要塞から降ってきた砲撃の流れ弾などもかなり広範囲に被害を与えている。そのままでは住めない家も多かった。
「おおー・・・」
「すっげ・・・」
「キャー! ヒョウエさまーっ!」
「ハイハイ危ないからこれ以上近づかないでねー近づくなっつってんだろお前らタイホするぞ!」
瓦礫の山が形を変え、元通りの石造りの建物に再生していく様を見て、歓声と黄色い声が上がる。警邏たちはそれを抑えるのに一苦労だ。作業の合間にヒョウエが手を振ってやると、物見高い野次馬たちから更に歓声が上がっていた。
先のレースで顔を売り、黒等級への昇進が発表された上に実は王子であることが広まり、とどめに今回の戦いで「青い鎧と共に戦って黒幕を討ち倒した」功績によって一躍ディテクの英雄に成り上がったヒョウエである。
そこに奇跡としか思えない町の修復を見せつけられては、熱狂を通り越して崇拝するものすら出て来てもおかしくはない。
「まるで青い鎧だなあ・・・」
「(ギクッ)」
などというつぶやきに冷や汗を流す一幕もあったが些細なことである。
それでもヒョウエの物質変性によって中の家具ごと修理された町がおおよそ元通りになるのに約一週間。
とはいえさしわたし数km四方が被害に遭ったことを考えれば驚異的な速度だろう。
本人が同時に操れる術がふたつ。水晶の心臓の追加経絡によるそれが七つ。新たに追加した人造水晶の心臓による経絡が更に七つ。
以前の二倍近い発動チャンネルと魔力、術式制御能力。
それが破壊された家具すら一つ一つ修復する細かさと、広い範囲を一気に補修する出力を叩き出していた。
閑話休題。
歓声に手を振りながら、(久々に)杖にまたがって飛んで帰る。モリィ達は町の警備などの仕事を受けていて別行動なので、珍しく一人だ。
屋敷でそれを出迎えたのはサナやリーザではなく、ヒョウエとも顔見知りのカレンづきの女官であった。周囲には護衛らしき兵士の姿も見える。
「お帰りなさいませ、ヒョウエ様」
「キャリスタ? あれ、今日でしたっけ」
「はい、皆様既に揃っておられます」
夕食の約束である。主にカーラが「お兄様と食事したい」「お兄様の家に行きたい」とせがんだのが理由だが、折角だからと言うことで身内や友人を集めての食事会を開催することにしたのだ。
「そう言えばそうだったなあ。うっかりしてました」
「お忙しゅうございましたからね」
侍女が微笑む。
宮殿から出ない彼女の耳にさえ、ここ一週間のヒョウエの活躍は届いていたようだった。
「取りあえず着替えてきますよ。みんなは居間――談話室ですね?」
「はい。お疲れさまでございました」
侍女が深々と頭を下げ、護衛の兵士達が一斉に武器を立てて礼を取る。
それに手を振りつつ、ヒョウエは屋敷の中に入っていった。
「"洗浄"」
着替えると言いつつ呪文で体の汚れを取り、服に魔力を通して綺麗にするだけなので見た目は変わらない。
ローブの魔力は下着や靴も綺麗にしてくれるので、その気になればずっと着た切り雀も可能だ。余りやるとリーザとサナに怒られるが。
(綺麗になってるし匂うわけでもないんだからいいじゃないですか、ねえ)
悪い意味で男らしい事を考えながら姿見で外見のチェックをしていると、控えめなノックの音がした。
「どうぞー」
予想通り、入って来たのはリーザだった。
「ヒョウエくん、お帰りなさい」
「ただいま、リーザ。何とか大体のところは終わりましたよ」
「お疲れさま。今ちょっといいかな?」
「構いませんけど何です?」
振り向いたヒョウエの目に、何の表情も浮かべてない幼馴染みの顔が飛び込んできた。
(あ、やばい)
長い付き合いから直感的に理解する。
これはかなり本格的に怒られるときの顔だ。
(えーと。でも何かやらかしましたっけ。最近のあれこれで心配かけたこと・・・?)
考え込むヒョウエに、短い、だが鋼鉄の意志が込められた言葉がかけられる。
「ヒョウエくん、正座」
「はい?」
思わず聞き返すが、聞き間違いではなかったようだった。
「正座」
「アッハイ」
一も二もなく、杖を置いて絨毯の上に正座する。
この状態のリーザに逆らうほど彼は愚かではない。
一歩踏み出したリーザが、ヒョウエを見下ろすように顔を下に向ける。
「で、ヒョウエくん? これからどうするつもりなの?」
「どうするって・・・まあスラムの土地は正式に下賜されましたし、それほど稼ぐ必要もなくなりましたけど、修行も兼ねて冒険者は続けるつもりですが・・・」
「・・・」
「ヒエッ」
リーザからの無言の圧力が倍加する。どうやら選択肢を間違ったようだった。
「そうじゃなくってね・・・」
「ああ、ジュリス宮殿に戻るかってことですか? しばらくは・・・」
「違うってば!」
珍しく乱暴に言葉を遮ると、リーザはヒョウエの前にしゃがみ込んで膝をついた。
「!?」
少女の唇と少年の唇が重なる。不意打ちだった。
「・・・」
驚きの余り硬直したヒョウエからゆっくり身体を離す。
「私、ヒョウエくんが好き。それはわかってるよね?」
「・・・」
ヒョウエは無言。答えられない。
「サナ姉さんも、カレン様もカーラ様もモリィさんもリアスさんもカスミちゃんもセーナさんもミトリカちゃんもサフィアさんもマデレイラさんもアルテナちゃんもヒョウエくんが好きなの。
好きなのに何も言われず、曖昧なままにされるのって結構辛いんだよ?」
「・・・ごめん」
俯くヒョウエの両肩にリーザが手を置く。
「謝るなら行動で示して。ヒョウエくんが誰を選んでも――何だったら全員選んでも曖昧なままよりはいいから」
「・・・いいんですか?」
「いいの!」
少し呆れたようなヒョウエの反問に、リーザがきっぱりと断言する。少し頬が赤い。
「では」
ヒョウエが立ち上がり、リーザの手をとってこちらも立たせる。
そして改めて膝をつき、手をとったままリーザの顔を見上げる。
「ヒョウエ・カレル・ジュリス・ドネがリーザ・カロジニアに懇願します。
どうか、我が求婚をお受けください」
「・・・・・・・・・」
沈黙が続く。
「・・・」
更に沈黙が続いた後、ヒョウエが困ったように口を開いた。
「あの、イエスなりノーなり言ってくれないと僕も困るんですが・・・」
「ご、ごめん! イエス、イエスだから!」
慌てたようにリーザが首を縦に振る。
苦笑しつつヒョウエは立ち上がり、この幼馴染みに口づけした。
「・・・で。こんな状況で聞くのもなんだけど」
「はい」
「そうだったら嬉しいんだけど、これって私一人を選んでくれたって事じゃないよね」
「仰せの通りです」
苦笑しつつ腕の中の幼馴染みに答える。
少し頬を膨らませてリーザはぷいっと顔を背けた。
「いいよ、私から言ったことなんだから。でもちゃんとやる事はやってよね」
「わかってますよ。今日のうちに・・・」
「今丁度みんな集まってるし、談話室で全員の分のプロポーズを済ませちゃおう」
「えっ」
ヒョウエが硬直する。
「それはつまり、みんなの目の前で・・・」
「そうすれば誤解の余地もないでしょ? 思い立ったが吉日よ!」
「ちょ、ま・・・」
笑顔のリーザ。右手首を掴んだ手を、ヒョウエは振り払えない。
部屋を出て階段を下り、談話室の扉を開く。
まぶしい笑顔のリーザと、アンデッドのような顔のヒョウエ。
「みんな! ヒョウエくんから大事な話があるって!」
なんだなんだと振り向く一同。
その日、ヒョウエは「羞恥責め」という言葉の意味を頭ではなく魂で理解した。
部屋の中には三人娘とサナ、カレンカーラとその侍女、イサミとアンドロメダとマデレイラ、セーナとミトリカとティカーリ、サフィアとQB、ナパティとハッシャ、アルテナとクリプトがいました。
メルボージャとサーベージが早々に姿を消していたのはせめてもの幸い(ぉ
それにしても考えてみれば今日バレンタインデーじゃねーか!
何こんなこっぱずかしい話投下してるんだよ俺!




