氷のメイドは思い出と決別する
ご覧いただきありがとうございます。氷のメイドのターンです。
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エリーゼは追い詰められていた。魔獣を操るフローリアは、序列四位を名乗っていただけあって剣の腕すら超一流だった。とどめを刺されると覚悟したその瞬間、フローリアの動きがぴたりと止まる。
フローリアは手袋を外した。その手に埋まっていたはずの魔石は粉々に砕け散っている。
「ああ……間に合わなかったですわ。……エリーゼ、これから何が起こるか、貴女は理解していますの?」
「何を……」
「ヒトはこれから魔獣と己の力のみで戦わなくてはならないのですわ。ヒトビトが代償さえ支払っていれば、理の恩恵を受け続けることができたのに」
「何を言って……」
フローリアの表情には、それでも絶望は見られない。むしろその顔は喜びと覚悟を前面に表していた。その笑顔はすべて旧知の仲であるエリーゼへと向けられていた。
「魔獣を使役する力は、理外れのこの魔石によるものですの。もう、この魔獣たちは私の命令を聞くことはないのですわ」
「フローリア……貴女は」
「ふふ。争うのはもうお終いですわ。私の願いは叶わなかったですの。ここは、私が引き受けることに致しますわ。……お行きなさい、エリーゼ。あなたの望む未来へ」
そういうと、フローリアは魔獣と戦い始めた。その姿はまるでエリーゼを守るかつてのフローリアのように見えて。
「……っ。なぜ今になって!フローリアお姉さまは、私だけをあの時の惨劇から助け出して!まだ私、何もあなたに返すことができていないのに!」
エリーゼは叫ぶ。どうして自分たちはともに戦うことができなかったのかと。
「あの時もっと私に力があれば、貴女の家族は今も生きていましたわ」
「それは私だって!」
「ふふ。最後に貴女とまたこんな風にお話しできてうれしいですわ。でも、もう私たちの未来は離れてしまいましたの。貴女は貴女の信じる方法で大切な人を守りなさい。エリーゼ」
フローリアの決意はもう変わることがないと。エリーゼは、選ばなくてはいけないことを理解する。自分の大切な人たちを守るためには、すべてを手に入れることができないのだと。
「……さようなら。フローリアお姉さま。貴女への恩は忘れないわ」
「忘れてくださって構わないのですわ。幸せな明日を生きるために」
エリーゼは走り出す。リディアーヌを守るために。そして、少し頼りないのになぜか全員から絶対の信頼を受けているあの男が助けに来るために必ず戦線を維持してみせると決意して。
エリーゼの持つ短剣から、氷と水の魔力が同時にほとばしる。彼女を止める魔獣はもういない。属性という彼女の弱点は、すでに彼女の最大の武器になっているのだから。
「バル!1週間といったわね。遅れたら絶対に承知しないわ」
そう呟くと美しい氷と水を散らしながら、吹雪のように残酷に時に美しくアイスブルーの髪の毛をゆらしてエリーゼは魔獣の中を駆け抜けていった。
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