表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

隼人の場合。


本編十四話・二十二話を隼人視点で書いたお話です。

向けられる笑顔が欲しいと思った。

泣き出しそうなあの子を、俺が守ってやりたいと思った。


たとえそれが―――弟みたいに大事なあいつから奪ってしまうことになったとしても。




大学2年の春。

隼人は悪友の響と共に、サークルの新入生歓迎会を開催していた。

ライ部の新歓は至って健全で、大学構内の中庭を占領して飲み食いしたり騒いだりするだけのものだ。

理由は、酒が入るといろいろと面倒だから。

それは響がライ部を設立する時に決めた部則でもある。

ただ単に、部長である響が酒に弱いということも起因しているのだが。

まぁそんなわけで一人ずつ自己紹介やら興味のある分野などを言っていく。

その中で一人、知り合いではないけれど隼人にとっては見慣れた新入生がいた。


「宮沢斗真です。経済学部に所属してます。好きな音楽は主にクラシック系です。よろしくお願いします」


恥ずかしそうに自己紹介をしていた学生の顔を見て、隼人は驚愕(きょうがく)した。

あの子は……

隼人は彼の顔を食い入るように見つめた。

ちょうど少年と青年の間くらいの危うさを残した幼い顔立ち。

少しクセのあるこげ茶色の髪と、同じ色の澄んだ大きな瞳。

透き通るような白い肌。

遠めから見ていても可愛いと思っていたが、こうして近くで見てみるとよりその愛らしい顔立ちに自然と目が惹かれる。


俺は以前からあの子を知っていた。

何故なら弟のように可愛がっている北条蓮の想い人だったからだ。

蓮は、時折蓮のバイト先にやってくる斗真に一目惚れをしていた。

高校時代から交流のある俺は、よくそのことを相談されていた。

名前も知らない、歳も分からない少年に恋をしてしまった蓮。

他人にまったく興味がなかったあいつが、年下らしい(実際は同い年だったが)…しかも同性を好きになったと聞いたときには驚いたものだった。

まぁ、無表情で何考えてるのかわからないあいつが、そのことを話す時だけ年頃の男らしい表情(かお)をしてたから、兄貴分としてはほっとしていたんだが。

俺はチャンスだとばかりに彼と交流を持つべく近寄ることにした。


「よっ。お前…宮沢斗真だっけ?俺は法学部2年の佐久間隼人。隼人でいいぜ。よろしくな」


ニカッと笑うと、斗真は少し緊張気味に言葉を返してくれた。


「あ、はい。よろしくお願いします。僕も斗真でいいです、佐久間先輩」


おずおずと様子を窺う斗真は、小動物みたいで可愛い。

自分よりもずっと背の高い隼人に対して上目遣いに挨拶を交わし、差し出された右手を取って握手した。


「隼人でいいっての。そういや斗真って、何でライ部(うち)に入ったんだ?」


そこら辺に腰を下ろし、適当に缶ジュースを手渡して話しかける。

俺は斗真を怖がらせないように少しだけ視線を落とした。


「何となく、気軽に趣味の話が出来そうだなぁと思って。それに、気の合う人とコンサートとかに行けたら楽しそうだなぁと思ったからです」


同じように腰を下ろし目線が同じ高さになって安心したのか、ほっとした表情で話し出す斗真。

無邪気な笑顔が眩しくて、隼人は空気が和むのを感じていた。


「そっか、そりゃ良かった。ウチは気さくなのがウリなんだぜ。活動とかに関係なく、何かあったら遠慮なく言えよ?」

「ありがとうございます、佐久間先輩」

「だから隼人でいいっつってんだよ。先輩命令」


ガシガシっと斗真の頭を軽く撫でると、斗真は驚いたような顔をした。

うん、思ったより撫でやすい頭だな。

それに髪質が良いのか、手触りが気持ち良い。


「うわっ、止めてくださいよぉっ。ちょっ…先輩!」

「隼人って呼んだら許してやるぜ」


にやりと笑ってやると、最初は抵抗していたもののすぐに諦めたような口調で言った。


「わかっ…わかりましたから隼人先輩!マジで止めてください〜っっ」

「ちっ…先輩はいらねぇってのに」

「さすがにそれは無理ですよぅ」


ちょっぴり涙目になりながら訴える顔が可愛かった。

くく…これは思ったよりもからかい甲斐があるヤツだな。

俺は当初の目的をすっかり忘れ、思わぬところで見つけた獲物に喜びを感じていた。



翌週。

サークルのミーティングに斗真がやってきたのを見計らって、隼人は蓮を紹介した。


「斗真、紹介するぜ。こいつが俺の弟分でお前と同い年の蓮だ。ちょっと無愛想だけど、仲良くしてやってくれな」

「あ、はい。宮沢斗真です。よろしくね」

「北条蓮だ。よろしく」


斗真が同じ大学でしかもライ部に入部したことを知った隼人は、すぐさま蓮を入部させた。

もちろん、斗真と知り合うために。

蓮は相変わらずの無愛想・無表情で挨拶を交わしているが、実は緊張しているのが見て取れる。

それは、長年一緒にいた俺にしか分からないものだが。


「……」

「…?」

「………」

「…うぅ」

「お前ら、会話無いのかよ」


いつまで経っても無言の蓮に、ふぅ…とため息が零れる。

斗真は蓮の無愛想振りに緊張してしまい、困ったように泣きそうな顔をしている。

これじゃあ何のために連れてきたんだかやら。

何だかお見合いをしているように固まってしまった二人に、やれやれと先が思いやられるのを感じながら俺はお節介を焼いてやることにした。


「斗真。コイツはこう見えて、料理好きなんだぜ。ずっとレストランでバイトしててな。こーんな仏頂面しててお菓子とか作れちまうんだぜ。意外だろ?」

「隼人さん…俺は仏頂面なんかしてないですよ」

「事実だろ。ったく、お綺麗な顔してても性格がこんなだから、中々友達が出来ねぇんだよっ」


ガシガシと蓮の頭を撫で容赦なく髪をグシャグシャにしてやると、余計に嫌そうな顔をした。

そんな蓮を見ていた斗真は、自分もやられたことがあるせいか同情するように微笑した。


「そうなんだ。大丈夫?隼人先輩って、見たまんま豪快だからちょっと痛いよね」

「…宮沢もやられたのか。子供扱いするなといつも言ってるんだが、まったく聞いてくれなくて困るな」

「斗真でいいよ。隼人先輩っていつもあんな感じなの?北条くんって大変なんだね」

「蓮でいい。あの人は、何を言っても聞いてくれないからな。マイペースなんだ」

「あ、それちょっとわかるかも」


ふふっと笑う斗真につられて、蓮も苦笑を洩らす。

人をダシにしているのは気に食わないが、まぁなんとか大丈夫そうだ。


「お前ら…普通本人目の前にして言うか?ったく、可愛くねぇな」

「隼人さんに可愛いとか思われても嬉しくないですよ」

「うわぁ〜お前ホンット可愛くねぇ!」


今こうしているのは誰のおかげだと思ってやがるんだ、あぁ?と目線で訴える。

いっそのことバラしちまっても、俺には関係ねぇし。

いいのか?とチラリと流し目をくれてやると、蓮はうっと困った顔をした。

くくっ、やっぱこうでないとな。

しばらくは斗真をネタにこいつで遊べそうだ。

日々の楽しみが増えたことに、俺は心が躍るのを感じていた。




いつしか俺は、斗真と蓮…そして二人の友人・五十嵐悠を観察し、遊ぶことが日課となりつつあった。

二人に囲まれている斗真は相変わらず可愛くて、自然と笑みが零れてしまう。

学部の違う俺が斗真たちと会う機会は本当に少なかったが、それでも気が付けばあの溢れんばかりの笑顔を探していた。

最初はぎこちなく接していた蓮も、斗真の友人として周囲からも認知されるようになると肩を回したり頭を撫でたり可愛がる様子を見せた。

以前からは考えられないほど穏やかな表情をするようになり、斗真や悠の傍に居る時だけは感情を表に出すようになっていった。

どんどん年頃の…普通の男がするような表情(かお)をする蓮に、安堵を覚えるのと同時に少し憎らしくも思うようになった。

そして俺は、それを好ましくも思う。

感情を殺した人形のような顔をされるよりはずっと良い。

誰かを好きになることでこうも良い方向へと進んで行ってくれたなら。

そして自分自身も…



ずっと、あの子には笑っていて欲しいと願う。



それが…たとえどんな感情だったとしても、告げる気はさらさらなかった。


あの日までは。



***********



「おい、大丈夫か?」


夜、飲み物が切れたついでに煙草とビールでも買うかとコンビニに行った帰り、具合が悪そうに佇む人が目に入った。

高校生くらいだろうか?

声を掛けてもぴくりとするだけで、返事がない。

よほど体調でも悪いのだろうかとそいつに近寄ると、見慣れた顔が目に飛び込んできた。


「っ、お前斗真か!?こんなとこで何してんだよ!」


震える身体を抱きしめて、今にも倒れてしまいそうな斗真に焦った。

いくら言葉を重ねても、何処も見えていない。

まるで出逢ったばかりの蓮のようだ。

意識がまったくコッチにいない。

何かを見ているようで何も見てなどいない。

ゆらゆらとただ漂うようにそこにあるだけで。

このままじゃマズイ…っ!

本能的にそう判断した俺は、斗真の肩を掴んで必死に呼びかける。


「斗真っ、おい斗真っ!!しっかりしろっ!!!」


頼む…っ!

いなくならないでくれ!

こんなお前は…見ていられない…!

馬鹿みたいに俺はただ名前を呼んで、引き戻そうとした。

やめてくれ。

お前のこんな顔はみたくない。

幾度か呼び続けると、斗真はようやく我に返ったように口を開いた。


「は…やと、せんぱい…?」

「俺がわかるな!?どこか痛いのか!?」

「いえ…だい…じょうぶ、です」


大丈夫だという割りに、焦点が未だ定まっていない。

ぼんやりとした大きなこげ茶の瞳には涙が溢れ、その白い肌を伝っていた。

止め処なく流れる雫は斗真の心を代弁しているようだった。

自分が泣いていることにすら気づかないで他人に気を使う斗真に、俺は悔しさにも似た苦い想いを抱いた。


「どこが大丈夫なんだよ!!こんなに泣いて…いったい何があったんだ?」


誰だ、こんなに斗真を傷つけたのは。

斗真の頬を両手で包み込むと、その手にすっぽりと納まった。

いつもは笑っている顔が、今は壊れてしまいそうなほど痛い表情をしている。


俺なら、こいつにこんな顔は絶対させないのに… ―――!!


そこまで想って、はっと我に返る。

どうして、そんなことを―――?


答えは至極簡単だった。


あぁ、俺は…愛してたんだ。

きっと…初めてお前を見た瞬間から―――誰かから奪ってしまいたいほどに。


いつの間に、ただ見ているだけじゃ足りないと思うくらいに好きになってたんだろうか。

自嘲気味に心の中で独りごちると、俺は斗真の身体を優しく抱きしめた。


「気が済むまで泣け。溜めるのが一番良くないからな」


斗真にこんな顔をさせられるのは、きっとあいつだけだ。

あいつは俺が好きだったことは知らない。

最初から斗真を恋人にしたいなんて思っていなかったからだ。

俺はただ、外から見ているだけで十分だったから。

きっと、俺が無理に欲しがればあいつは逃げるだろう。

孤独の中で生きてきたあいつは、外見によらず臆病だから。

だから笑って傍観していられたのに。


自分の気持ちが成長していたことに気が付いてしまったら、あとは自分自身がどうしたいかだけだ。


今は…こいつが、泣き止んでくれればそれだけでいい。


それだけを思って、全てを包み込むように抱きしめた腕に力を込めた。







「せ…んぱいじゃ、ダメなんです…っ。僕は蓮が傍にいないと……笑えない…っ」


搾り出すような声でそう言った斗真は、瞳に涙を浮かべて必死に堪えていた。

あぁ…俺が泣かしたんだ―――

そのことにようやく気が付くと、俺はそっと触れていた腕を放した。

こいつの笑顔が欲しかった。

だけど、斗真が望んでいるのは俺ではなかっただけの話だ。

それでも。

怯えるように訴える瞳は、今は俺だけのものだ。

こいつを大切にしたくて、悲しい思いをさせたくなくて手を出してしまったのに、自分がそうさせていたのでは全く意味がなかった。


「そんな表情(かお)をさせたかったわけじゃねぇ…」


それなのに、自分だけに見せてくれた表情が嬉しいと思ってしまう矛盾。

俺は自分自身に呆れて苦笑を洩らした。

だめだ。

今更しゃしゃり出てしまったコト自体が間違ってる。

それでも無理をしている斗真を見ていると、どうしても守ってやりたくなってしまうのだ。

ったく、全部蓮のせいだ。

あいつがしっかりしてねぇから、奪ってしまいたくなる。


「あいつが…お前を好きだと知った時から諦めたつもりだった。けど、お前がそんなにも無理した顔ばっかするから…つい、(たが)が外れちまったんだ」


悪かったな、と微笑むと斗真はあからさまにほっとしたような顔をした。

俺はそれがちょっと気に入らなくて、少しだけ意地悪をしてやる。


「けど、いつまでもそんな顔してると…次は本気で奪いに行くからな?」

「…っ!」


ぴくりと驚いたように大きく瞳を瞬かせた斗真の反応に、俺はしてやったりと心の中でほくそ笑む。

本当は、もう手を出す気なんてサラサラなかったけれど。

最後くらいは…と強引に奪った唇。

あいつの唇は、ふっくらとして柔らかかった。

甘い…感触。

もう少し味わっていたかったけれど、仕方の無いことだ。

むしろ、蓮にバレたら殴られること必須だ。

まぁ、なんとかなるか…と気楽に考えることにして、俺はこの想いを閉じ込めることにした。








「あぁ〜恋してぇなぁ〜」

「…ついに頭でもイカレたんか?」


春だしなぁ…と呆れたように答える相棒に、俺は少しムっとした。

ったく、自分は幸せだからンなこと言えるんだ。


「なんだってあんな我侭ボンが好きなんだかね」

「っ!!ちゃうわっ!だーれがあんなヤツを好いとるかっつーのっっ」

「誰もお前のことだなんて、言ってねぇけど?」


真っ赤な顔して憤る響にニヤリと笑ってやると、してやられた…と恥ずかしそうな顔をした。

あぁ、やっぱこいつはこうでないと。

ぎゃーぎゃー怒る響を尻目に、俺は心が浮上するのを感じた。

うん、やっぱりこいつはイイ。

実にからかい甲斐があるってもんだ。

響は他人の恋情に鈍い。

他のことには良く気が付くくせに、自分に寄せられる感情や他人の色恋沙汰にはまったくと言っていいほど分かっていない。

まぁ、だからこそ居心地がいいのだが。


「じゃ、御堂(みどう)なんか止めて俺と付き合うか?」

「ぜってーヤダ。」

「うっわぁ。今フツーに傷ついたんだけど俺」

「何ゆうとんねん、隼人がンなタマかい」

「くくっ、まぁな」


相変わらずのやり取りが嬉しい。

何気ない毎日が、少しだけ失ってしまった俺の日常を楽しませてくれる。

今はまだ。


「夏になったらどっか合宿でもやるか」

「おっ、そりゃエエ!ん〜、やっぱ海とか?湘南とかええかもなっ」

「海か…たまにはいいな」


夏になったら。


新しい出会いの予感。



―――今度は間違えない。



そう思うことにして、次の恋へと想いを馳せるのだった。






番外編まで読んでくださった読者様、ありがとうございます。

ひとまず『chronos』シリーズはこれにて終了です。

気が向いたらサイトのほうにうpするかも…です。

ご要望などがございましたら、お気軽にメッセまたはコメントをお寄せくださいませv

次回作にてまたお会い出来ると嬉しいです。

投票してくださった皆様、最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ