卒業
『生口の契』
これが幕多羅を縛る首輪であり、リードを握る主人は房の国の皇帝である。幕多羅が誕生してから毎年16~18歳の処女を、帝の奉公に差し出す契約、それが『生口の契』だった。この契約は、供出された人数こそ異なってはいるが、200年に渡り守られてきた。祭りは昔から行われていた祈年祭と合されたために、巫女の役の女性を『村若』と呼称している。『若』という字は『髪を振り乱して神意を問う巫女の姿』の字源があるという(朝日新聞2013年10月20日より)。つまり村のための『巫女』である。昨年はナクラの妹が村若だった。そして一昨年は塩土の孫、ラシアが村若となったが、塩土は拒否はしなかった。しかし、今回のレイヨの場合は異なった。彼は初めて村のために白羽のやり直しを命じたのだ。そして選ばれたのがササラだった。この時、ササラは何も言わずに村若の役を引き受けたという。だが、昨一年は妹を、今年は思い人のササラを失うことになったナクラは、どうしても諦められなかった。そうした鬱積がレイヨに向けられたのだった。
レイヨと菊池、キネリ、そしてナクラの4人は境内の外れに座って黙り込んでいた。そして菊池はレイヨとナクラから経緯を聞いてやっと理解することができた。
「助兵衛なおっさんだな、皇帝ってのは。それじゃ、やることは一つしかないな」
菊池はかなり酒が入っていた。俯いているナクラの肩を叩くと、
「奪っちゃえよ」
「ええ!う、奪う?」
ナクラは狼狽えた。
「ああ。『卒業』見てないの?・・・ああ、見てないな。とにかく、好きなら奪って逃げちゃえよ」
「だが、そんなことをしたら・・・村に、塩土様に御迷惑がかかる・・・」
「ご迷惑?そんなの他人事だよ。それに、さっき塩土さんも言ってただろ?『大人たちのせいだ』って。だったら、後始末もしてもらえばいいだろ?」
「し、しかし・・・」
菊池は呆れるようにナクラから手を離した。
「あーあ、じゃあいいんだな?あきらめられるんだな?あんたの気持ちなんてそんなもんなんだな?」
「ち、違う!」
ナクラは菊池の両肩を掴むと、顔の前で怒鳴った。
「俺は本気だ!お前なんかに何がわかる!」
菊池の顔に唾がかかった。菊池は顔を拭きながら、
「それじゃ、決まりだな。計画を練ろう。計画を。へへへ」
酒が彼らの理性を希釈していた。そうでなければ到底できない冒険である。なぜなら、捕らえられれば間違いなく絞首刑なのだ。
計画はシンプルにやることにした。御宮は床下から簡単に忍び込めるらしい。菊池とキネリが見張っている間にレイヨとナクラが中に入りササラを連れてくる。そして逃げる。行き先は匙の国しかない。幸い、ナクラには知り合いがいると言う。
早速四人は行動に出た。御宮の裏から回り込み、二人は床下に入っていく。今日は『御籠もり』なので、宮司すら御宮には入れない決まりなのは幸いだった。床下は簡単に開き、二人は侵入していった。
中は数本のロウソクの光のみで薄暗かった。神棚の前で三人はササラを中心に祝詞を奏上していた。彼女達は徹夜で祈り続けるのだ。
「ササラ!」
祝詞が急に止まり、三人はびっくりしてナクラを見た。
「ナクラ・・・」
ササラは振り返ってナクラとレイヨを見た。
「ササラ、いいよ。黙っててあげるから話して来なよ」
二人の仮神主の女の子達はササラの背中を叩いた。
「ごめん、みんな」
ササラはナクラ達に近寄ってきた。
「なんでこんなムチャをしたの?レイヨまで」
ナクラはササラの腕を掴んで引き寄せると抱きしめた。
「ササラ、僕と一緒に逃げてくれ!」




