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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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ククノチ

 菊池達は記録師に会いに、舟で移動することにした。川が多いというのは、舟による物資の大量輸送には便利な反面、川を渡るには橋を必ず通る必要があるために、陸上交通は不便極まりない。


 この常世は常浦とこうらと呼ばれる内海に浮かぶ小島に作られた水上都市である。常浦は昔は湖だったが海面の上昇により海水と淡水が混じって汽水きすい化し、内海となっていた。ここには西から源流が異なる4本の川が流れ込んでおり、海側である東は、水没前の大地が列状に並んだ小島として残り、海を堰き止める自然堤防の役割を果たしていた。小島群には人の手による堤防や観測所、港湾施設が作られており、それぞれが橋で繋がれている。

 常世は小島群から西に飛び出しており、橋で繋がっているので、海側から見ると水溜りに咲く歪なタンポポの様な形状をしていた。常世は大きな運河で大きく南北に分断され、北側が帝宮を含めた行政区となり、帝宮を中心に半円状に運河が作られ、南は市街地と商業区になっていた。



 この都の始まりは王国歴01年からであるが、それ以前から房の国の支配者たちはこの地に住んでいた。首都に制定されてからは、年々その範囲は拡大しており、現在も都市整備が進められていた。この整備は都市の拡大に伴うものよりも、都市を維持するための整備が大半だった。常世は、人の手が入らなければ10年と維持ができない、虚ろい易い土地である。彼らが『常世』と名付けたのは、懸命に自然の支配に抗おうとする房の国民の精神を、端的に表しているのだ。


 房の国は、常浦が領土の地方豪族の国にすぎなかった。代々狩漁民族で、豊富な水産資源を持ち、外敵や海から自分達を守ってくれる常浦の内海の小島に住んでいた。その後、西暦世界での言う所の関東地方一帯を支配するまでになったが、常世が大きくなるにつれ、環境問題がクローズアップされ始めた。

 最大の問題は、常浦の崩れやすい環境との共存だった。まずは飲み水の確保である。汽水である常浦の水は飲料を含め、生活用水には使用できず、専ら井戸に頼っていた。次に水質汚濁である。夏になると川と海のバランスが崩れ易く、水が滞りやすい。水が滞ると病原菌の温床になるため、毎年夏になると疫病が蔓延して多くの適応者が死亡した。また川から運ばれる土砂による陸地化も深刻だった。更に嵐などによる堤防の決壊、地盤沈下など、あげれば切りが無い。

 特に、およそ100年前に起きた浸水騒ぎは現在の常世の成立に大きな要石キーストーンとなった。当時、常世に地盤沈下が起こっていることは詳細に記録されており、年に数センチ、酷い年は30センチ近く沈下していた。そして帝墓にまで水が侵入する騒ぎが起こった。墓の周囲に土嚢を積み、水を汲み出すのに4ヶ月もかかったと記録されている。井戸水の利用が地盤沈下を起こしたとも、気候の変化のためとも言われるが、原因はわからなかった。特に帝室にとってこの地は祖先の魂が眠る大切な土地であり、簡単に遷都もできない。



 そこで王国歴176年、当時最高の土木技術者だったククノチに命じ、帝都建設を行わせた。彼はクグノチとも呼ばれ、謎の多い人物である。王都建設以前の経歴が史録院には記録されておらず、建設後の行方も不明だった。一説によると、右足が膝下から欠損していたとされているが定かではない。

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