水読師
まず彼が行ったことは、海水の流入と地盤沈下の抑制だった。地盤沈下の最大の原因は井戸の使用であると考え、井戸水の使用を禁止したかったが、飲料水の確保が困難だったためできなかった。足元には大量の水が流れていたが、海水が混じっているため生活用水には利用できない。海水の淡水化は、この時代の技術では蒸留するしかないが、当時1万人の都民に必要な水は1日100万リットル以上になり、飲料だけでも3万リットル近い。それほどの量を処理できるだけの燃料も技術も彼らにはなかった。川水の利用も当然試みられていたが、淡水の確保にはかなり遠方の支流から水源を求める必要があった。また支流から貯水湖を造成することも考えられたが、後述するように川の流路変更は皇室からの許可が下りなかった。そこでククノチは、当然雨水の利用に目を向けた。この地方は温暖で降水量は多く、雨水なら簡単に濾過で飲料水を作り出せるからだ。彼は特殊な雨水槽を街の各所にもうけ、それを飲料水にあて、井戸水の利用を制限した。
更に常世の整備のためには、海水の流入を止める必要があった。しかし海側を完全に塞いでしまうと川が氾濫してしまう。また川の流れの変更は過去に何度も試みられてきたが、その度に大氾濫が起き、多くの命が失われてきた。まるで神の怒りのようであり、帝も川の流路変更は禁じていた。
そこでククノチは、海の島を利用して内海に堰を作成し、川側にも水門を築いて海水と淡水の量の調整を行った。川からの水量が多い場合は川の水門を閉じて海側の水門を開け、川の水量が少ない場合は海側の水門を閉じて調整した。調整には専門の職員を育成し『水読師』と呼ばれた。彼らは、水門の調整以外に、堤防や水門、堰の防衛の任務にもあたった。当時は勝手に小島に家を築く者や、堰を破壊して薪にする者などが後をたたなかったからで、そのような輩には断固とした手段で対抗したため恐れられた。その後の戦乱を経て、『水読師』は門の調整・管理を行う者達と防衛を行う者達に二分されるようになり、後者は『門番』と呼ばれ、現在の師団編成へと繋がって行くことになった。
また常世には古来から多くの川が流れていたが、それらを運河として整備し、汚水を直接流さないように、下水道を整備することで、水質汚濁を最小に食い止める構造を構築した。こうして水の都が完成したが、その維持には多くの労力が費やされているのだ。
更に、常世は防衛地点として優れた要素を多く持っており、ククノチの防勢作戦に対する戦術論の優秀さが伺われた。
防勢作戦は、敵の攻撃力、時間、機会を有利に変化させることを目的とした作戦である。常世の最大の弱点と見られる東西を縦断する河川は、本流の川幅は優に100メートルを超えており、複雑な支流を形成している。またククノチは淡水の取り入れは3つの支流も利用したため、川を全て堰き止めることは実際上、不可能だった。そして先程述べたように、4つある水門は『水読師』に守護させた。『水読師』は『門番』に分派され、4師団に発展して現在に至っている。4師団は水門の名前で呼ばれ、各水門に駐屯していた。それぞれ岩戸師団、高天師団、機屋師団、平坂師団と言う。首都を守る常世師団を含め、5師団が房軍の主要師団であり、ここに地域ごとの軍管区駐屯軍が加わってくる。
また東の海は、自然の島を利用した堰により防御され、中央の最も大きな島は、常世水軍が防衛に当たっていた。元来が狩漁民族だったため、水軍は無敵であると宣伝されていたが、敵性国家である『毛の国』や『匙の国』は内陸国で水軍を持っていないため、水軍に実戦記録は認められない。
また、跳ね橋を上げると、運河が防衛壁の役割を担った。帝宮は3本の運河に囲まれるように建設され、美しさのみならず、防御陣としての堅牢さも備えていた。
このように、常世は難攻不落の都市と考えられているが、歴史上、戦火に覆われたことはない。




