首都へ
菊池はそのまま黄持の言うとおりに従ったが、黄持の行っている検査に好奇心を抑えきれなかった。彼の行っている作業は、まるで心エコー(心臓超音波)だ。大きな違いは手に超音波プローブを持っているかいないかだけだった。この男は、手から超音波でも出すというのか。菊池には、まるっきり適当にやっている様には見えなかったし、事実黄持の肩や胸からは青白い光が増減を繰り返しながら発光し続けている。少なくとも何かをやっているのだ。
「息を吸って・・・はい、吐いて。それでは、吐いたまま止めていてください・・・はい結構です」
15分ほど行うと、黄持は検査を終了した。
「やはり軽度の『心臓筋肉の厚化』が起きていますね。動きには問題はありませんが」
菊池は驚いた。心肥大ということか。確かにAELウィルス感染者の心不全の原因の一つだ。
「なんです?何をやったんですか?何でそんなことが分かるんです?超能力ですか?」
菊池が尋常ならざる態度で黄持に詰め寄ったため、周囲の皆は手を止めて彼に注目した。一瞬、嫌な空気が流れたが、黄持は笑いながらそれに答えた。
「ははは。面白い方だな。回術は初めてご覧になりますか?」
「回術?」
「回術をご存知ない?」
黄持はやや眉をひそめた。菊池は興奮してまずい質問をしたことに気がつき、慌てて訂正した。
「あ、いえ、当然知ってますが、私は回術師に診てもらったことがなかったので、実際に見たのは初めてです。私の村では、回術なんか教えてくれません。一体どうしてそんなことが出来るのか教えて下さい」
黄持は微かに微笑むと話し始めた。
「西方人にも渦動師はいると聞いていましたが・・・。そうですね、説明は難しいですが、『アエル』を利用した回療術です。人間の体内には生まれつき『アエル』という物質が存在します。そのエネルギーを利用したのです。我々はそのエネルギーを渦動に変換して様々なことを行います。渦動師は武器として、そして我々回術師は回療器として。アエルのエネルギーは巨大で、伝説の渦動師は山を消失させたと言われています。まあ、所詮は伝説ですが」
黄持は、手を止めてこちらを見ている部下達に、片付けを続けるように手振りで示した。
「渦動で身体の中を見ることができるのですか?」
「はい。訓練は必要ですけど、かなり初歩的な技術です」
渦動は渦運動をするエネルギーであるが、渦運動は流体力学では波と考えることができる。回術師達は渦動波を被験者に当てることで、西暦世界の超音波とほぼ同様の画像診断を行うことができた。波が物体に当たった時の帰ってくる反射波を回術師は手のひらで感じて臓器の位置や性状の違いを確認する。波である以上、空気は伝達を妨げるため、心臓の検査をする時は、左側臥位として左肺と心臓の隙間を広げて肺の空気の干渉を排除して行う。更に呼気時に息を止めてもらい、肺の空気含有量を減らした方が見やすい。
「しかし回術師に診てもらったことがないとは・・・。あなたもアエルを持っているのですが」
「僕も?」
自分にあるのなら、アエルとは、人間が生来持っている力なのかもしれない。サイコキネシスのように、超能力の一種なのだろうか。人類は超能力を取り出すテクノロジーを発見したということなのだろうか。
「この世界の人間は皆そんな超能力を持っているのですか?」
迂闊な質問だが、聞かずにはおれなかった。
「本当に変なことを聞く人だ・・・。まあいいでしょう。当然皆は持っていません。渦動師も回術師も適性がありますので滅多になれません。多くの人々には能力はないのですよ。貴方にも多分ないのでしょう。とにかく今日の診察は終了します。すみませんが、もう少しあなたのことを聞かせてください」
黄持は手を洗いながら話した。
「あなたは西方から何をしにいらしたのですか?」
「いや、何をしに来たわけでもありません。強いて言えば、迷い込んだというか」
「迷い込んだ?そんな遠くから?」
「ええ」
菊池は頭を掻きながら答えた。
「そうですか・・・」
黄持は困惑を浮かべたが、それ以上突っ込んでは聞いてこなかった。
「まあ、いいでしょう。それは大変でしたね。私にできることがあればなんでも言って下さい」
彼の顔は再び笑顔に戻った。屈託の無さそうな笑顔で、菊池には腑に落ちなかった。もっと聞きたいことがあるはずなのに、おくびにも出さずにいられるとは、かなりの役者である。しかし菊池にはかえって好都合だった。
「それでは、過去の歴史に詳しい人はいませんか?」
「歴史ですか?王国の歴史は史録院の記録師が記録をしています。彼らが最も詳しいでしょうね」
菊池はそれを聞くと前に乗り出した。
「その人達に会わせて下さい。なんとかなりませんか?」
黄持は少し考えたが、
「都まで来ていただけるのなら会わせて差し上げますが?」
菊池は黄持らと供に房の国の都、常世に向うことになった。
常世。人口50万人を超える房の国最大の都市である。帝都であり、行政機関が集中している。『水の都』と呼ばれるほど水には恵まれており、水上交通が発達している。
塩土は菊池の希望を聞き、かなり驚いてはいたが、別段反対はしなかった。しかしレイヨは違った。
「いやだ。私も行く!絶対に行く!」
菊池が常世に行くと聞き、レイヨは自分も着いて行くと言い張った。
「遊びに行くわけじゃないんだ。ダダをこねないでくれよ」
「ひ、ひどい。私を散々弄んどいて。あっさりと捨てるのね・・・」
レイヨはうずくまって泣き出した。菊池は慌てふためいた。周囲には回術師達が帰り支度をしていたが、その眼が冷ややかに思えた。
「お、おい、泣くなよ。別に弄んでなんかいないだろ。おい、おい、頼むよ」
黄持は笑いながら近づいてきた。
「ははは。まあいいじゃないですか。別にあなたを連行する訳ではありません。お連れになったらいかがですか?私は別に構いませんよ」
レイヨは突然に立ち上がると、
「おじいちゃん、ほんと?嬉しい!おじいちゃん大好き!」
といって黄持に抱きついた。
「お、おじいちゃん・・・」
エナタを加えた一行は、翌朝早くに幕多羅を出発した。
それを見送る塩土は、険しい顔をしていた。




