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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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川下り

 幕多羅を出た菊池たち一行は、街道に沿って東に向かった。そして間も無く大きな川に出た。初めは川の両側が堤防のように高くなっているために、川があることに気づかなかったが、堤らしき高台に登ると川全体が一望できた。川幅は優に100メートルはあり、広大な河川敷は丈の高い草に満たされていた。川面は光輝き、時々魚が跳ねているようだ。周囲には高い構造物が何もないため、川を渡る風が気持ちが良かった。

 堤には丈の低い草が生い茂っており、よく見ると所々にアスファルトらしき石が見て取れた。確かにアスファルトだ。菊池は下草を足で踏み倒した。そこには歩行者と自転車のマークがなんとか見て取れた。


「ここは多摩川なんだ」


 自分が目覚めたのが東京感染症研究所なのだから、幕多羅は日野市辺りになるのかもしれない。ならばこれだけ大きな川は多摩川しかない。そうなると、中央自動車道や日野バイパスが見て取れる範囲にありそうだが、辺りには何も見えなかった。森や林が鬱蒼としており、川の周囲以外はまるで富士の樹海にいるようだった。


「そりゃあそうか。200年以上経ってるからな」


 彼は独り言をつぶやいた。幕多羅の方を振り返ると、遠くに山々の連なりが霞んで見えた。


「この辺りは本当にいい土地ですね」


 やや自虐的な菊池に、黄持は爽やかな笑顔で話しかけた。


「古来から幕多羅を含めたこの辺りは『門番の地』と言われています」


「門番の地?」


「ええ。我々常世の民は、代々水の民です。水の民にとって、山は神の住む国に思えたのでしょう。ここらは丁度、その境界なのですよ。軍人にとっては敬うべき土地です」



 そのまま堤を下流に下って半日ほど行くと川の中ほどに、高さの異なる巨大な石の柱が2本突き出しているのが見えた。石は途中で斜めに折れており、上部は何か尖ったものが沢山出ている。鉄筋コンクリート・・・。あれは橋の支柱だ。

 石柱のそばの川岸には小さな集落があった。10戸ほどの小さなみすぼらしい家が並んでおり、そばには船着場が作られ、舟が5~6艘停泊していた。回術師の一人が先に集落に向うと、暫くして帰ってきた。


「一時間程で用意ができるそうです」



 ここからは船旅だった。全長は7メートル弱、幅は2メートルほどの小型ボートで、定員は船頭を含め6名。一行は二艘に分かれて乗船した。黄持、菊池、レイヨが同舟し、エナタと2名の回術師がもう一艘に乗り込んだ。舟は平水用だった。レイヨは初めての船旅に興奮して、はしゃぎ回っていたが、前方の舟では、エナタが青い顔で船縁にもたれかかって、川に向かって嘔吐を繰り返していた。

 舟は川の流れに任せてゆっくりと進んで行った。舟には艪が置かれているので、漕げば少しは速く進みそうだが、船頭は船尾にもたれかかりながら欠伸あくびをしていた。黄持も特に遅いと文句を言う訳でもなく、はしゃいでいるレイヨの話し相手になっていた。

 菊池は周囲に西暦世界の遺物がないか見渡していた。しかし見えるものは、所々で崩れた堤とその先に茂る木々だけだった。堤より高い木々は不自然にこんもりとしている場所もあったので、多分ビルなのだろうが、遠目では判別できなかった。逆に川の中には10キロメートルおきぐらいで建造物の一部が見て取れた。落ちた橋の残骸である。多数の橋があったはずだか、一つとして架かっているものはなかった。


 二時間ほど川を下ると、川岸に朽ち果てて錆びだらけになった橋らしき残骸が見て取れた。レールらしき跡もあり鉄道橋だとわかった。距離的には田園都市線かもしれない。しかしビルなどの構造物は全く判別できなかった。やはり木々に埋まってしまったのだろう。東京感染症研究所は、BSL-4に対応できるように作られていた。細菌の漏出、バイオハザードを防ぐために機密性が高く、強度も核シェルター並みだったのだ。あそこが残っていたとしても、他が残るとは限らないのだ。



 日がやや傾きかけた頃、船頭は岸にある小さな船着場に舟を寄せた。


「旦那がた、今日はここでしまいにしやしょう」


 ここは川下りの中継地として整備されているようで、簡素な小屋があり、風雨をしのげるようになっていた。先客は誰もいなかった。今日はここに宿をとるらしい。黄持の命令で部下たちや船頭が舟から荷物を下ろし始めた。


「今日はもう 終わりですか?」


 菊池は黄持に尋ねた。菊池としてはなるべく早く都へ着きたかった。


「ええ。これ以上進むと次の宿泊地に辿り着く前に日が暮れてしまいますから。それに貴方も疲れたでしょう。舟旅は予想以上に体力が必要なものですよ。焦ると、常世に着いてから何もできなくなりますから」


 黄持は笑いながら答えると、部下たちへの指示を再開した。菊池は岸から離れると、小屋に向かって歩きながら大きく伸びをした。黄持の言う通り、これだけ舟に乗っていると身体中が痛くなっていて、かなり疲れていた。しかしレイヨは元気で、周囲の景色を物珍しそうにキョロキョロと眺めていた。


「レイヨは強いな。身体は痛くないの?」


「私は平気よ。それよりタカヨシの方こそ大丈夫?」


「ああ、OKだ」


 菊池は右手の親指と人差し指で円を作ると、その他の指を立てて、所謂『OKサイン』をした。彼女は珍しそうに彼の指を眺め、ぎこちなく真似をした。だが、彼女は右手の中指と親指で円を作ったため、影絵遊びのキツネに似た形となっていた。


「ははは。そりゃあキツネだよ。ははは」


 彼女は右手のキツネをマジマジとみつめながら、何が違うのか頭を悩ませていた。


「そんなに笑わなくたっていいじゃない。いいの。私のはこの『Okキツネちゃん』で!」


 彼女はキツネの口をパクッと開ける動作をした。

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