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共生世界  作者: 舞平 旭
幕多羅
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ふるさと

 太陽がやや陰ってきた頃、二人は幕多羅のそばまでたどり着いた。菊池のペースに合わせた為に、かなりの時間がかかっていた。ここから直ぐの所に村の入口があると言うが、森の中からではよくわからなかった。菊池には、彼女がなぜここで立ち止まったのかが理解できていた。

 目の前には小川が流れ、背の高い樹々が空を覆っていた。文明の残滓は存在せず、川のそばに特有の快適な湿度と、川のせせらぎ、樹々のざわめきがあるだけだった。少し肌寒いが快然たる場所だ。


「素晴らしい所だね」


 菊池は小川に手を入れてみた。透明度が高く、メダカのような魚が泳いでいるのがわかった。


「そうでしょ?気にいってくれた?ここ、私がよく来るお気に入りの場所なの」


 角度がつき始めた太陽の光が木々の隙間から川面を輝かせ、まるで宝石を散りばめたようだった。少し考え込んでいた彼女は、すくっと立ち上がると、お尻をはたき始めた。


「それじゃ、ちょっとここで待ってて。私、みんなに相談してくるから」


 レイヨは菊池を待たせておいて、自分一人で戻ることにした。彼をどうすべきか、村長に相談してからの方が良いと判断したのだ。



「ただいま」


 レイヨを見た村の人々は大いにに驚き、そして喜んでくれた。彼女の帰村は瞬く間に村中に広まり、彼女の周りには雲霞うんかの如く村民が集まってきていた。暫くしてナクラやササラそして塩土もやって来た。


「レイヨ!無事だったのね!私、私・・・」


 ササラはレイヨに抱きつくと泣き出した。二人はお互い金髪で、背格好もよく似ていたが、ササラの方が少しエキゾチックな顔つきをしていた。


「ササラちゃん、心配かけてごめんね」


「そうだぞ、レイヨ。ササラはお前のことが心配で、全然寝てないんだ!」


 ナクラは怒っているような口調だったが、顔は喜んでくれていた。しかし、村長は全身から怒りのオーラを発生させていた。


「おい、レイヨ!お前の身勝手な行いのために、皆がどれほど心配し、危険な目に合ったかわかっておろうな?」


 周囲の喧騒は、この村長の言葉で突然静まった。


「・・・はい。すみませんでした」


 レイヨは俯きながら答た。


「・・・うむ。分かっているなら良い良い。よくぞ無事に帰ってきたのお。良かった。本当に良かった」


 塩土の怒りの表情は、愛情と安堵に変化し、彼女の頭を撫でてやると、喧騒は再び爆発した。



 彼女が村に向い、一人取り残された菊池は、小川のほとりに腰掛けていた。川に足を入れてみたが、まだ水は冷たかった。


「気持ちいいな」


 小川に足を入れるなんて、いつ以来なんだろう?幼い頃、実家の辺りにはまだ自然が残っていたので、裏山、そう、怪獣山って呼んでたな、に放課後集まって、友達と毎日暗くなるまで遊んでいた。山の中には小川が流れていて、オタマジャクシが沢山採れた。小川の上流には洞窟があり、そこに基地を造った。宝は山に落ちていたエロ漫画。雨に濡れたのか、紙面は波打っていたが、友達とワイワイ言いながら眺めたものだ。確か中学の時に更地にされたと聞いたが、その時は何も感じなかった。今にして懐かしく感じるのは、この世界で目覚めてから眼にするもの全てが、彼の故郷への距離をドンドン拡げているからかもしれない。


 ふるさとは遠きにありて思ふもの

 そして悲しくうたふもの

 よしや

 うらぶれて 異土の乞食かたいとなるとても

 帰るところにあるまじや

 ひとり都のゆふぐれに

 ふるさとおもひ涙ぐむ

 そのこころもて

 遠きみやこにかへらばや

 遠きみやこにかへらばや


 室生犀星むろうさいせいの詩が思い出された。中学の時に合唱したことがあり覚えていたが、その時は『遠きみやこにかへらばや』が『帰りたい』の意味だとは知らなかった。この詩は『帰るところにあるまじや』で区切れている。前半は、故郷は帰る場所じゃないと言っている。しかし後半は帰郷したけれど、東京で故郷が懐かしいと思えないことに悲嘆しているように彼は感じた。故郷に受け入れられなかった男のやや屈折した郷愁だ。だが犀星は恵まれている。自分には、帰るべき故郷があるのかすらわからないのだ。だが必ず帰る。例えジャングルになっていたとしても、自分の本当の故郷、沙耶の眠る土地、横浜へ。

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